ウクライナ巡るプーチンの思惑と米の対応
植木安弘(上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科教授)
「植木安弘のグローバルイシュー考察」
【まとめ】
・ロシアは危機を作り出すことで、米国の政治的譲歩と、国際政治舞台での復権を目指す。
・米国は情報戦や経済制裁の圧力をかけつつも、交渉に応じる姿勢。
・米国との継続的交渉によって、ウクライナのNATO非加盟とロシアの安全保障への政治的言質を取りにいくと考えられる。
ウクライナ情勢を巡る緊張の中で、2月14日、ロシアのプーチン大統領は、ラブロフ外相とショイグ国防相との対話をテレビ中継で流したが、この意図的操作で、プーチン大統領の戦略がより明確に見えてきた。
ロシアは、当初10万人規模の軍事力をウクライナやベラルーシの国境沿い、黒海に展開して軍事演習を行い、ウクライナへの軍事侵攻の構えを見せていたが、これをさらに15万人規模に拡大し、米国は、いつ侵攻してもおかしく無いとして警告を発していた。2月16日に侵攻といったニュースも流れ、ウクライナは、この日を「国民統合の日」として抵抗を呼びかけるといった事態にまで発展していた。
テレビ中継では、ラブロフ外相が、まだ対話を継続して解決の道を探る余地がある旨進言し、ショイグ国防相は、軍事演習は終わりに近づいており、一部は撤収を始めたと報告した。これがロシアのテレビで放映されることによって、プーチン大統領は、ウクライナへの軍事侵攻を最終目標としていたのではなく、ウクライナに最大限の軍事的圧力をかけて危機を作り出すことにより、米国からの政治的譲歩を引き出すとともに、自らの国際政治舞台での復権を目指したことが分かる。このテレビ中継は、自ら作り出した危機を引っ込めるための道具に使った。予め想定したシナリオである。
▲写真 ラブロフ外相(左)からの報告を受けるプーチン大統領(右)(2022年2月14日) 出典:ロシア大統領府
プーチンは、今回の危機で、NATOのウクライナへの拡大阻止やNATO軍の1997年ラインへの撤退(その後にNATOに加盟した国々ーポーランド、バルト三国や他の東欧諸国ーからの撤退)、ロシアの安全保障の法的確約、NATOの更なる不拡大(ウクライナの非加盟)、ロシアの事前承認なくウクライナや東欧、コーカサス地方などでの軍事演習を行わないことなどを要求した。
これらは、当然ながら米国や他のNATO諸国にとっては受け入れられない要求だったが、プーチンとしては、最大限の要求を掲げることによって、それらが拒否されることを理由に、自らを被害者として写し、国内での支持を高めるという政治的意図もあった。
さらにプーチンにはさらに別な狙いもあった。それは、ウクライナ南東部のドンバス地方を第二のクリミアにしようというものである。2月15日、ロシア議会は、ドンバス地方のいわゆる『ドネツクとルハンスク人民共和国」独立を認めることを要請する決議を採択して、プーチン大統領に送った。これらの地方は、クリミアのように多くのロシア人が居住しており、クリミアのロシアへの併合後、ロシアの力を借りて独立運動を行い、武力抗争を続けているところである。
独立の承認はその後ロシアへの併合の口実になる。ロシアの言い分は、2015年に合意したミンスクII合意が遵守されていないというものである。ドンバス地方の併合は、これまでの危機を作り出さなくても可能な選択だという見方も強かったが、危機によって一定の成果が見られない時には、政治的面子を保つ上で残しておいた手段だった。
今回の危機で米国をロシアに引き出して交渉の場につかせ、西欧諸国の政治リーダーがクレムリン詣でを行うことによって、ロシアの威信回復をも狙った。プーチンの賢い政治的戦略だった。
これに対し、米国もかなり巧妙に対応を練っていると言える。それは、一つには情報戦である。米国は、冷戦時代からロシアの軍事情報は十分持っており、現在でも衛星や空中写真、通信、その他の手段を使って詳細なロシアの軍事情報を得ている。通常は、そのような情報は機密扱いされるが、今回は、ロシアの足を引っ張るように公表し続けている。常にロシアの先手を取っているのである。
ロシアが、ウクライナ国境沿いに大規模な部隊を集結させている写真を公開したり、ウクライナ国内であたかもロシアを挑発するような行為をしているとか、侵略した場合には、多数の文民が犠牲になるといった反ロシア感を増長させるような情報を流すことである。こうした心理作戦は、プーチンの一連の心理作戦の逆をつくことになり、プーチンに侵略の意図はないと言わせざるを得なくなる。侵略の意図はないと言って侵略すれば、プーチンは自らの信頼性を国際的に失う事になるのである。
米国は、さらに、侵略があった場合には、SWIFTという銀行の金融取引のツールを使わせなくしたり、ドイツに圧力をかけて第二のノードストロームというガスパイプラインの使用を認めないといった一連の経済措置を取り、ロシア経済に甚大な損失を与えると警告してきた。
これは、単に米国だけの制裁だけではなく、EUや日本を含めた西側諸国の連帯した措置になる。ロシアとしては、背後に中国がいるとは言え、資源輸出に頼る経済が大きなダメージを受けることは間違いない。経済が長期的に停滞すれば、今回いくら国内の支持を高めても、いずれはプーチン自身への政治生命の危機が訪れる可能性が出てくる。ロシアの全面的なウクライナ軍事侵攻は、プーチンにとっても極めて危険な賭けとなる。
バイデン大統領は、ロシアは敵ではないとしてロシアに政治交渉の手を差し伸べている。プーチンにとっては、米国との継続的交渉によって、ウクライナのNATO非加盟とロシアの安全保障への何らかの政治的言質を取りにいくのではないだろうか。これが現実的な危機の回避になるように思われる。
トップ写真:新たに制定された「統一の日」に独立広場に集まるキエフ市民ウクライナ・キエフ(2022年2月16日) 出典:Photo by Chris McGrath/Getty Images
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この記事を書いた人
植木安弘上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科教授
国連広報官、イラク国連大量破壊兵器査察団バグダッド報道官、東ティモール国連派遣団政務官兼副報道官などを歴任。主な著書に「国際連合ーその役割と機能」(日本評論社 2018年)など。