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.国際  投稿日:2022/7/4

「ロシアは歴史的な選択ミスをしたというくらいに追い込まないと、侵略に対するペナルティにならない」慶応義塾大学総合政策学科神保謙教授インタビュー


安倍宏行(Japan In-depth編集長・ジャーナリスト)

Japan In-depth編集部(藤澤奏太、黒沼瑠子、村田莉菜、田邉創士)

今、あなたの話が聞きたい

【まとめ】

・ウクライナ戦争、プーチンにとって「致命的な読み違い」、中国にとっては「番狂わせ」。

・台湾問題で、バイデン大統領の認識とアメリカの公式の立場が少しずれてることが「新しい戦略的曖昧性」といえる。

・ロシアは今回歴史的な選択のミスをしたのだというくらいに追い込まないと、侵略に対するペナルティを与えたことにならない

 

Japan In-depthでは、「今、あなたの話が聞きたい」のシリーズとして、これまで様々な立場の人からロシアのウクライナ侵攻について意見を聞いてきた。

(これまでの記事:

「ウクライナに留まり、情報発信し続けるわけ」ある日本人の決意、②「香港人から見たウクライナ紛争」各国メディアのイメージ操作

「アイデンティティを守りたい」ウクライナ人アーティストの訴え、④「日本は国際情勢に対し当事者意識持つことが大事」 国際政治学者グレンコ・アンドリー氏

今回は、安全保障問題に詳しい慶応義塾大学総合政策研究科の神保謙教授に今後の戦争の行方とグローバルな安全保障体制への影響、そして日本の立場などについて話を聞いた。

▲写真:慶応義塾大学総合政策学科神保謙教授 ⓒJapan In-depth編集部

■ ロシア・中国の思惑

安倍: 戦況が膠着状態になっています。

神保: しばらく続きそうです。今回、(プーチンにとって)相当致命的な読み違いだと思います。自分をどうやって正当化するか、目標を次々と変えている感じがします。

安倍: カギとなってくるのは、中国とロシアの関係ですね。中国がロシアを表向きは支援していないと言っているが、実質的には武器を送っている。中国のこうした外交戦略をどう見ますか?

神保: 今年の2月4日に中露首脳会談でプーチンがわざわざ北京オリンピック開会式に入り、共同声明を出しました。その時点では中国はロシアに対して新しい世界を切り開いていくためのパートナーであるという世界観を共有することを強く打ち出して、その関係構築のための協力は無制限だと言い方をしました。

▲写真 人民大会堂での2022年冬季オリンピックとパラリンピックで活躍した選手らを称える式典で拍手する習近平中国国家主席(2022年4月8日、中国・北京) 出典:Photo by Kevin Frayer/Getty Images

まさにこれはNATOの拡大とか、アジア太平洋における同盟の強化とか、太平洋と大西洋双方の関係についてアメリカの影響力が拡大するといったことについては反対し、多極化世界を目指すため中露が基軸となって協力する話だったと思います。

そこでロシアがウクライナ侵攻をしてしまった。ということはおそらく中国にとっては番狂わせで、余計なことをしてくれたな、という気持ちだったと思います。それは昔のジョージア侵攻と2014年のクリミア戦争の時にも原理的には同じことです。

基本的に中国は台湾問題を見透かして、領土の一体性と主権の尊重については実は譲れない原則なんだということを本来であればロシアと共有したかったのです。この原則はウクライナに対しても例外ではないという言い方を中国の外交部もしていたので、実は今回の件は中国に都合がよくなかったと思います。

ただ、中国がどう対応していくかという選択肢は、ロシアを全面的に支えるところから、ロシアと距離を取ってむしろG7と歩調を合わせて行くところまで幅広くありましたが、中ロ関係の発展が既に中国共産党の中では新たな世界を構築する上での既定路線となっており、首脳外交の中でも確認事項ですから、その路線を変えるわけにいかないというのが出発点でした。

だとするとロシアを全面的に支持するわけではないが、アメリカやNATOにとって完全に有利な形でロシアが弱体化することは避けなければいけない。だから、ロシアを支え続けるわけです。

そういう選択肢を取っているのが第一なのですが、では第二に何をどうやったらこれをよりよく結果としてもたらして、どうなると悪いのかについて。

現在中国はいろいろな計算をやっていると思うのですが、おそらくこうなったらいいという選択肢の一つは、今回の戦争の結果、アメリカの弱さが明らかになることです。例えばアメリカが直接軍事介入できなかったとか、ウクライナを十分に支え切れなかったといった対外的な介入の弱さにつながるといいのではないかと考えました。

もう一つはアメリカがヨーロッパにコミットした結果、インド太平洋に対するリソースの配分が出来なくなって、インド太平洋への関心が薄れること。その間に彼らの影響力が拡大するようなことができれば結果としてはすごくいいことだと考えたのだと思います。

では何を避けたいのかというと、このウクライナ戦争の結果、NATOが拡大してヨーロッパが結束し、その流れに多くの国々が乗ってしまうような流れになることです。

さらにこの結果、台湾に対するアメリカの影響力が同盟や台湾のコミットメントのような形で強まり、台湾を統合する流れが遠のいてしまう結果をもたらすこと、ロシアが本当にオウンゴールどころかアシストをしてしまうということになれば非常にマイナスです。全体の中国の考えているリスクと利益の計算がこの100日間で変化したのではないかというのが今の私の見方です。

安倍: 中国にしてみるとロシアとの間に結んだ既定路線を変えるわけにはいかない、3期目の国家主席が誰になるかは置いといて、それを180度変えるわけにはいかない。しかし過度に加担するとまたおかしなことになるから距離を保ちつつも、ロシアを見捨てるわけにはいかない。かと言ってアメリカもバイデンは中間選挙を前に下手を打ちそうにない。このような状況を見ると中国は難しい舵取りを迫られているのではないでしょうか。

神保: 今回の件については基本的にはマイナスの方が大きいと思います。本来であれば、ロシアがアメリカとの戦略的核削減交渉を延長して、戦略的安定性に関する協議をやっていたはずです。ロシアとの問題についてアメリカが十分にエネルギーを割いて、その中でアメリカといろんなところで協調して向き合うという関係をじわじわとやり続けるというのが中国の考え方でした。この構図が変化してしまったのが中国にとっては非常に大きな問題なのではないか。

私も北京大学、復旦大学や清華大学など色んな大学の会議に呼ばれて、その際にウクライナについてのコメントを(中国側に)当然求めるのですが、「その件については語りたくない」、と皆さんとても慎重なんです。つまり方針があまり決まってないのではないかと思います。ここで失言して報道されたりすると自分の職のリスクになるような関係があって、今回の問題をどう指導部が定めるか明確に分かるまでは口を開けないみたいな雰囲気があります。中国の人は既定方針があればペラペラ喋るじゃないですか。それがあれほど慎重になるというのは相当緊張感のある立場の取り方を模索している時期なのではというのが私の推測です。

▲写真 NATO首脳会合に出席するバイデン米国大統領と他の国の指導者ら(2022年6月29日、スペイン・マドリッド) 出典:Photo by Stefan Rousseau – WPA Pool/Getty Images

■ 日本の立場

安倍: NATOの結束が強まり、アメリカの支援などもあり、軍事力も物資的に増強されている。新規加盟国も増えている。あろうことか日本もNATOに接近し始めて閣僚並びに総理まで顔を出す。こうした動きを考えると、これもロシアと中国にとって全くよろしくない動きということですか。

神保: そうです。ですから、ウクライナ紛争が起こる前から防衛費の拡大とか日米同盟強化というのはずっと言われていましたが、今回のことで日本が更にアクセルをふかすような状態になったと中国が評価しているのです。当然、日本がG7と歩調を合わせて全面的なロシアに対する経済制裁に参加するということは中国にとっては想定を超えたところに来た気がしますし、問題の切迫感をどう感じているかによってこのコアリションの組み方は変わりました。

日本にとってはアメリカがどうウクライナに関与するかはアメリカがどう台湾に関与するかとミラーのような形で見えています。ここでしっかりしてもらわないとアメリカのコミットメントは低下するし、逆にしっかりしすぎて向こうにばかり兵力を入れてインド台湾に割けないというのも避けたいので、ここは同盟国はしっかりするしかないという選択肢になってくる。そういう流れをまさに作ってしまって、日本は今や共産党や社民党を除き、与党だけではなくて野党でさえもはや防衛費の増額を否定できないナショナルコンセンサスになっている。かなり幅広い同意ができてしまうというのはおそらく戦後初めてです。こうなった原因はロシアの動きが大きいので、中国にとっては何してくれてんだということになります。

▲写真 ジョンソン英首相とウクライナ問題について話し合う岸田文雄首相 (2022年3月24日、ベルギー・ブリュッセル) 出典:Photo by Henry Nicholls – Pool/Getty Images

安倍: 日本政府はNATOへの接近とか、QUADなどでも主体的に動いている。一方でアメリカは本当に100%助けてくれるのか、核シェアリングですら議論が出来ないと安倍晋三元首相が声をあげたときには言っていたのだけれども、そうも言ってられないというような話になっていますから、ある程度参議院選が終わったら日本政府も独自に軍備強化の方向に世論形成していくのではないかという見方もあります。

神保: その通りだと思います。今回の骨太の方針でも岸田さんはいろいろな予算項目を立てたがあまり色がないと言われているが、防衛費増は明確に打ち出しているように思います。

向こう5年間でどの程度伸ばすかということについてはまだ具体的な数値目標は設定されていないが、可能な限り2%という目標に近づけていく形での相当な増額を官邸は念頭に置いており、これまで5兆円台中盤から後半であった防衛費がいよいよ10兆円近くまで拡大するというような振れ幅があるかもしれません。

そうなれば、この中で変えるものは何か、これから自衛隊の能力という点でもどのように変化していくべきなのかという選択肢が大きく広がることになるので、予算額をベースに防衛計画の大綱と中期防衛力整備計画を作れるということは、かなり前のめりな防衛政策を展開する素地ができるということになります。

■ 台湾問題

安倍: バイデン大統領は、「台湾を防衛しますか?」と聞かれ、「イエス」と大見えを切りましたが、米中関係に変化はあったのでしょうか。

神保: まず、台湾防衛の言及についてはバイデン大統領の失言じゃないかと思っていたんです。バイデンも議員を50年やっていて外交委員長も務めていたため台湾の関係や地位に関して詳しいと思っていたので、それにしては気軽に台湾防衛について記者に言っていて意外でした。今回の発言の前に2回ほど同じようなパターンがあったが3回目となると意図的ではないかとまで思い始めています。

台湾関係法は基本的には台湾防衛のために必要な能力を提供するというアメリカの国内法で、それに基づいた台湾への武器の供与は今までの政権がやってきたことであり、バイデン政権もこれを進めるとしていました。問題は有事に関して防衛をするかどうかは時の米大統領が決めることである程度しか踏み込めなかったことです。これを明言すると公式な同盟のような形になって、上海コミュニケ以来の「一つの中国原則」を踏みこえたことになってしまい、中国が以後様々な協力を期待できなくなるという大きな変動になります。国務省や国防省としてはそういうことを意図しているのではない、ということを言いたいのだと思います。

つまりアメリカの言うOur One China Policy”、一つの中国政策には変化がないというわけですが、アメリカ軍の最高司令官である大統領が、その都度どうコミットメントをするかという意思については彼があの場で言った通りです。アメリカ政府とバイデンをどう分けるか議論はあるものの、バイデンが大統領である場合、アメリカには台湾防衛の意図があるということを、バイデン個人として中国に対して示したのです。それを読み違えるなということをバイデン大統領自身は言いたい。

つまり、アメリカは今回の情勢でウクライナにもコミットできない、第三次世界大戦を避けたい、核のエスカレーションは嫌だ、というような姿勢ばかり示してしまったため、仮に中国と争うことになったら、中国は核を持っているし通常戦力も強いので、第三次世界大戦と言うかどうかは別にしても、強烈な通常戦争になる。

バイデンが通常戦争を避けたい人だと中国が理解すると、台湾に本当に侵攻してしまうかも知れない。侵攻をほのめかすような脅しがあったとしてもアメリカは戦うと是非言わなければならないと私は思っていたので、それをイエスとシグナルしたことは非常に重要でした。したがってこの大統領の認識としてのイエスと言う発言は依然として有効だと思っています。

安倍: その意味ではダブルスタンダードは生きていると言うことですね。

神保: はい。そのダブルスタンダードこそが「新しい戦略的曖昧性」だと思います。ambiguityというのは、公式声明としてのambiguityとは別に大統領の認識とアメリカの公式の立場が少しずれてると言う意味での曖昧性が、新しい曖昧性だと私自身は解釈していて、そのレベルにしておかなければ中国に対する抑止は難しいと判断してるのではないかと思います。

■ 米中関係の今後

安倍: 中国はアメリカに融和のシグナルを送っているとの見方もあります。

神保: それはわかりませんが、ただ中国は結構大枠を大事にする国だと思います。例えばトランプ大統領が蔡英文に接近しようとした経緯は、大統領就任後ということが結構あるわけです。しかし習近平がマ-ルアラーゴにいって初めての米中首脳会議をした時に最初に中国が確認したかったことはアメリカの「一つの中国」が変わっていないかどうかでした。トランプはそれを理解していたかどうかは別にして、「ワンチャイナポリシーは続いている」と言いました。これは中国にとっては満額回答です。ということはもし台湾をディフェンドする事にイエスと応えても、アメリカから依然として一つの中国という政策は変わっていない、と言ってさえいればこれは中米関係にとっては大事だということになるので、そこを確認すること自体はアメリカは今までもやってきたし、それが台湾を防衛しないということにもなるので、そういった広い解釈の原則であるならばいくらでも中国に対して示してあげればいいと思います。

安倍: アメリカは中国と事を構える気はなくて、ある程度良好な関係を中国と築こうといったニュアンスで臨んでいるということでしょうか?

神保: それも違う気がします。中国とのengage関与という言葉については、ワシントンの中ではほとんど死語になってしまうほどに、大国間の競争関係にあるという捉え方をしているのだと思います。もちろんこの競争関係は相手を完全に追い詰めて無くしていくということではなく、中国の影響力の拡大が地域とグローバルな秩序の中で主導的な地位になってしまうことを防いで、アメリカと同盟国との関係が秩序をリードしていく世界を、どう作り出すかという競争だと捉えています。

そう考えると例えば経済分野で見れば、サプライチェーンのレビューを積極的にやって、その中で中国に過度に依存するような戦略物資についてはできるだけ組み替えて、同盟国友好国の間でのサプライチェーンのダイナミクスを作ろうということもあるし、トランプ政権でできた例の投資規制とか輸出管理とか機微技術の移転防止といった枠組みはむしろバイデン政権の中では強化されているので、自由に中国が経済活動してくださいといったことは全然言っていません。

そう考えると中国との協調関係を第一に考えているとはとても言えないのがバイデン政権の特徴として挙げられていて、緊張感はおそらく解けていないと思います。さらにいうとトランプ政権とバイデン政権を隔てるもう一つの物はやはり人権とか価値の問題だと思います。

依然として新疆ウイグルとか、中国の人権とか香港の問題に関して、民主党の左派も含めて、厳しい見方をしている方が多い事を考えると、価値の問題をやりすぎると、ガバナンスの話になってしまう可能性があることを中国も重々わかっているので、そのように考えると、中国もバイデン政権に対して協調しすぎ、接近しすぎによるガバナンスの危機というのは結構大きいと思っています。例のブリンケンのアンカレッジ会見から続いている、中国のアメリカへの強烈な不満が表れているのではないかと思うので、私は依然として米中関係の見通しについてはかなり悲観的です。

▲写真 戦争で負傷した兵士を救助する訓練の様子(2022年6月18日、台湾・新北市) 出典:Photo by Annabelle Chih/Getty Images

■ ウクライナ戦争 米の目的

安倍: ブリンケンとオースティンがウクライナに行ってゼレンスキーに会った時に、明確にアメリカの意図は(ロシアを)「二度とこのようなことをしないように弱体化させる事である」と明言したことに驚きましたが、戦争の目的が明確になったということであって、あれはロシアに対するメッセージでもありますが、中国に対するメッセージということも言えますか?

神保: その通りだと思います。勿論、第一義としては戦争をどう終わらせるか、どういう状態にしていくかということで、アメリカの中でもこの議論は十分に煮詰まっていないと思います。バイデンも今回は失言だと思いますが、プーチンを政権から引きずり下ろす、というような発言をしているのですが、これ自体は確か即座に修正してるはずです。つまりロシアのレジームチェンジを目指すことがこの戦争の終わり方などと言い始めると、ロシアは核兵器を使いかねない追い込まれ方をしてしまうかも知れないが、そのようなリスクをもたらすことはおそらくアメリカの目的ではないと思います。

ただし、2月24日以前の状態ほどには押し戻して停戦しないと、結局ロシアが得るものを得て戦争が終わってしまうので、その場合侵略によって結局ロシアはプラスを得た、となってしまうことはアメリカは避けたい。だとするとしっかりとロシアは今回歴史的な選択のミスをしたのだというくらいに追い込まないと、侵略に対するペナルティを与えたことにならないと思います。

このようなことを最終的には中国に対して示していく。ペナルティが弱かったり、経済制裁が弱かったりしてロシアが、普通に5年後経済が戻ってしまったとなると、結局侵略行為をしたとしても、国際社会ができることはこの程度なのかなどという教訓を中国にもたらすことは、極めて良くないと思います。

▲写真 インドネシア、ジョコ・ウィドド大統領と会談するプーチン露大統領 (2022年6月30日、ロシア・モスクワ) 出典:Photo by Contributor/Getty Images

 日本の安全保障戦略

安倍: 翻って日本の安全保障戦略です。インド太平洋に軸足を置いていますが、NATOにもアプローチしたい等いろいろあります。尖閣を中国に占領された時に必ずアメリカが兵を出すのか出さないのかという論争もあります。そのような中で、日本の安全保障戦略がもう少し独自性を増していく方向に行きますか。

神保: そう思います。アメリカのコミットメントを担保するには、アメリカがコミットメントを発揮する場所に集中できる環境を作るというのがとても大事です。

2010年代前半であれば、日本を取り巻く安全保障上の問題は、尖閣などの所謂グレーゾーンの問題で、アメリカにもコミットメントを求められる状態でした。日米防衛協力のガイドラインの焦点も、武力紛争に至る前の段階から日米同盟は全部のフェーズに作用させるべきであると言っていました。2014年のクリミアの件もあって、中国に対して尖閣をグレーゾーンやハイブリッドな手法で取らせないための牽制をしたかった、だからその点は非常に重視されたと思います。

ところが、2010年代後半から現在に至るまで、台湾に問題意識が向けられるようになると、尖閣程度の問題は自分たちで解決してほしい、というアメリカの思いが非常に強くなったように思います。あれほど小さな島を守ることに対してまで比較的早期の段階で、防衛費を1%しか使ってない国が「同盟を機能させろ」「コミットメントをしっかりさせろ」と言わないでほしい、というのがアメリカのフラストレーションの元になってしまった。それを明確に言ったのがトランプ政権です。

安倍元首相への個人的な信頼から大変厳しい事は言っていないのですが、「フェアシェアがない」「NATOに対して2%しか使わないのはおかしい」等と言っていて、在日米軍駐留費に関しては何倍増といったことを言いかねない時期があった。日本政府は否定しましたが、ボルトンの回顧録でそのようなことが書いてあります。

同盟関係に対する同盟国のリスクとその責任への負担を、アメリカはこれまでよりも厳しい状態で推移するでしょう。これに応えられなければ、同盟の信頼性という基盤が弱くなる、ということで日本も相当意識するようになったと思います。

そのため日本が防衛費を増やすのは、日本の防衛を取り巻く環境が厳しくなっているだけではなく、そうしなければ同盟がちゃんと成り立たないのではという危機意識もある。この2点が大事ではないかと思います。

安倍:  そういった風に考えると、期せずして起きたこのウクライナの戦争というものは、日本を含めた世界全体の軍事的パワーバランス、地政学的なポジショニングが大きく変化するという意味で一つの号砲だったということも言えますね。

神保: そのとおりです。台湾も、ウクライナと同じような戦い方、つまりアメリカが直接戦わないで武器を支給する、という状態を続けられるか、ということを考えたと思います。

たぶん答えはYes、but…でしょう。台湾は安定した民主主義ですから、ウクライナ人ほどの人的犠牲を払うような状態だとはとても思えない。ですからウクライナよりも早期にギブアップする可能性があります。

そうなると、アメリカは比較的早期に台湾に軍事介入をしなければならない状態になると思います。

同様に日本が、自分たちがどれほどリスクを払うのか、つまり自衛隊員や日本国民がどの程度犠牲を強いられるのか、というところまで覚悟して防衛力整備というのを考えていくことが、アメリカを本気で関与させるためにはかなり重要な部分です。我々が全く知らない、何もしないという状態でアメリカに頼るだけであれば、こういった同盟関係はもう耐えられないだろう、というのは国民も徐々に感じている所かと。

 ウクライナ戦争の落としどころ

安倍: ロシアのウクライナ侵攻問題について、東部を侵攻前に戻すと言うことが前提だと先ほどおっしゃっていましたが、更にたくさんの武器を送る必要がありますし、長期化は避けられないですね。

神保: 残念ながらそうだと思います。今このインタビューを受けている時点でですが、所謂東部のセベロドネツクという所で大攻防があって、ゼレンスキー大統領は、この戦いがドンバス地方の運命を決める戦いだと言っています。

このセベロドネツクが完全に制圧されると、ルハンスク州の全域支配にほとんど王手がかかるような状態になり、目標目的は完全に変わっているとはいえロシアが勝利宣言する可能性があるんです。そうすると、もうその地域が取り戻せないような形で停戦交渉をせざるを得なくなってしまいます。国際社会がしょうがない、とそれを認めてしまったら、ウクライナの抵抗の根拠が失われてしまう可能性があるんです。

セベロドネツクでロシアを膠着させ押し返すことができれば交渉の前提が変わります。東部を完全に支配させない状態で停戦交渉に持ち込めるか、という意味でウクライナにとって重要な戦いなのです。

2月24日に戻すというのは、必ずしもウクライナ軍が全域を取り戻すという意味ではありません。例えばルハンスクとドネツクの独立意思を認めるかどうか、という問題も2月24日時点でありますが、今はその状態まで戻していくことがとても大事なポイントです。

そのためにもやはりもう数ヶ月、しっかりと支援をしていかないといけないと思います。今後も犠牲がたくさん出てしまいますが、将来のウクライナの地位を決めるための戦い、という感じがします。

安倍: 過去の歴史を見ても、台湾と比べてウクライナの人たちは戦争慣れしていますよね。絶えず他国に蹂躙されたり、内戦があったりしています。戦争が身近にあるという印象があります。

神保: そうですね。ただ、今回は異様な規模だと思います。東部ドンバスも内戦状態にあったとはいえ、その主要都市のインフラはしっかりしていましたし、文化も栄えていました。本当に戦争をしようとする国というのは、あんまりきっちりとしたインフラを形成しないような気がします。いつでも街を捨てる覚悟があるからかもしれません。

そう考えると、やはり今回の事態は未曾有の規模の変化だったと思います。例えばマリウポリの海岸にはヨットがあり、それを楽しむ人がいた。その場所が完全な焦土となってしまったのはウクライナの人にとっても想定外でしょう。

安倍: プーチン自身も振り上げた拳の下ろしどころが分かっていないようですね。

神保:そうですね、なのでどんどん目的を変えていて、今はかなりミニマムなものになっています。東部ドンバスを取り返すということに焦点をおいて攻撃を集中させているのだと思います。

(インタビューは2022年6月10日に行われた)

トップ写真:ロシア軍の攻撃を受けているセベロドネツクの様子(2022年6月16日、ウクライナ・リシチャンシク) 出典:Photo by Scott Olson/Getty Images




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