ウクライナ侵攻 ロシアにも三分の理
清谷信一(防衛ジャーナリスト)
【まとめ】
・ロシアのウクライナへの侵攻は、欧米など西側の責任も小さくない。
・過去の例をみると、西側政府の主張、報道が公平で事実に則したものかは疑わしい。
・戦争や紛争においては、メディアに流れる情報には気をつけるべき。
ロシアのウクライナ侵攻は西側が招いた。
ロシアのウクライナへの侵攻が始まった。筆者は欧米など西側の責任も小さくないと考える。筆者は無論、現在の国際社会において武力によって自国の意志を強要したり、あるいは現状を変更することは許されないと考える。
だがロシアを追い込んだ責任は西側にもある。しかし西側の政府やメディアはロシア=悪、ウクライナ、西側=正義といった単純化された構図で、目先の事象だけを報道しているように思える。
戦争や紛争においては、メディアに流れる情報は気をつけてみるべきで、報道を鵜呑みにするべきではない。ましてやツイッターなどSNSで流れてくる情報を鵜呑みにするのは論外だ。
メディアは以前から目先の情報に飛びつき、近視的な報道が多い傾向にある。現状だけを報道し、歴史的な事実や、これまでの経緯をあまり解説しない。結果、意図するしないに関わらず、政府などの情報操作、世論操作に協力することが多い。そして後になって出し遅れの証文みたいな検証がなされる。
つまり以前から戦争紛争では当事国や関係諸国による意図的なリークやフェイクニュースによる世論誘導がなされてきた。そして今日ではSNSなどが発達し、併せてハイブリッド戦という概念での情報発信も含めた情報合戦が戦争自体を構成するようになっている。このため戦場で勝ってもプロパガンダで負けるなどということは増えている。
バイデン米大統領らは「武力による現状変更は許されない」と批判している。確かにその通りだと思うが、バイデン氏ら西側諸国の指導者にその発言をする権利があるか、大いに疑問がある。
そもそも今のウクライナ政権は2014年に親ロシアの前政権を「武力による変更」で倒して、政権を奪取している。
確かに前の政権は極右、ギャングなどゴロツキの集まりだった、今の政権も同様に「ゴロツキ」が作った政権だ。これを西側諸国は「親欧米」政権ということでその成立を支援し、承認してきた。つまり「武力による変更」を支持し、内政干渉を行った。
写真)キエフ市内の暴動 2014年1月23日 ウクライナ・キエフ
出典)Igor Petrov/GettyImages /
つまりゴロツキでも「親欧米」であれば支持するのであれば、冷戦期にチリのピノチェト政権など南米やアフリカなどの独裁政権を支持、支援したのと同じ構図である。そして米国は独裁国家のサウジアラビアと同盟関係にある。
ロシアにしてみれば、自分の隣国のウクライナがNATOに加盟するということは、NATOに対する緩衝地帯を失うということだ。それは自国の生存権を脅かされるということだ。ロシア人は猜疑心が強く、臆病な国民性を持っており、ウクライナのNATO加盟は容認できないだろう。ロシアの暴発は明らかに予想できたはずだが、それでもロシアを追い込んだ。ロシアが「凶行」に及んだのは欧米に責任がないとはいえない。
たとえは悪いが、長年いじめられっ子にパシリを強要したり、金を出せと恐喝したりしていたクラスメートが、耐えかねたいじめられっ子にナイフで刺されたら、悪いのは刺した方だけなのだろうか、ということだ。
例えばメキシコとロシアが軍事同盟を結んで、メキシコ内にロシアの弾道弾ミサイル基地や、原潜の母港を建設し、何個師団も機械化部隊が駐留するとなったら、アメリカは容認するだろうか。冷戦時のキューバ危機ではキューバにソ連のミサイル基地ができるということで全面戦争直前までいったことを思えば米国の反応は想像できるだろう。
欧米、そして我が国のメディアでも欧米=グッドガイ、ロシア=バッドガイという、単純なハリウッド映画みたいなフレームで報道をしている。その欧米政府やメディアは信じられるのだろうか。
湾岸戦争ではクウェートから逃げてきた少女が「病院でイラク兵が赤ん坊を殺している」と証言してこれがテレビで大々的に報道された。ところが後にこれは嘘で、しかも少女は難民ではなく、在米クェート大使の娘だったことが判明した。これは広告代理店が演出したヤラセだった。恐らく米国の情報筋もそれは掴んでいたはずだ。ところがこのようなフェイクニュースで世論は開戦に傾いた。これによって多くの国が参戦し、多額の戦費が費やされて、戦死傷者もでた。だが事実が暴露されても関係者は「戦争犯罪」で処罰されていない。やり得だった。
コソボ紛争でも「エスニッククレンジング(民族浄化)」という言葉が「発明」されて、セルビアが一方的に「エスニッククレンジング」を行っている悪者、コソボ人=被害者的な報道が主流だった。ところがこれも嘘で、KLA(コソボ解放軍)の方が先に警察署を襲ったり、虐殺行為などを行っていた。やったらやり返すことが繰り返されて、第三者からみればどっちもどっちだったが、西側メディアはセルビアだけを悪者にした。
>『戦争広告代理店』で高木氏は、セルビア人を加害者、ボスニア人を被害者とする内戦の構図が生まれた背景に、アメリカの凄腕PRマンの情報操作があったことを説得力をもって示した。木村氏はセルビア人サッカー選手への取材からユーゴ内戦の報道があまりにも一方的であることを、千田氏はドイツをはじめとするEU諸国の独善的な関与が事態を泥沼化させたことを鋭く告発した。<(引用:ユーゴ内戦でジェノサイド=民族浄化を生み出したバルカン半島の「歴史の記憶」[橘玲の世界投資見聞録])
NATOはコソボに肩入れをしてセルビア側を空爆した。それは非人道的行為を行ってきたKLAを支援することになった。後日KLAの悪逆ぶりが検証されたが、後の祭だった。
筆者は実際にセルビアの首都ベオグラードにいったことがあるが、町中の人たちに当時のこのような話を聞くと、当時は世界中から不当に悪者扱いされたと憤っていた。
3カ月にわたった空爆は熾烈を極め、終結の条件としてコソボに駐留していたセルビア治安部隊は撤退を余儀なくされた。人口で勝るコソボのアルバニア人にとってみれば、確かにこの空爆は福音だったと言えよう。一方、セルビア人にすれば、コソボは中世より栄えたセルビア正教の聖地であり、かけがえの無い土地であった。ここからの軍隊の撤退は屈辱以外の何物でもなかった。
そして世界のほとんどのマスメディアは、あたかもこれで平和が訪れたかのように錯覚し、この時点でコソボ報道を止めてしまった。しかし、実際は反転するかのように、非アルバニア人に対する「民族浄化」や、KLAに服従しないアルバニア人に対する人権侵害がこれより始まったのである。組織的に行われた拉致による殺害や臓器密売など、その具体的な事例は拙著『終わらぬ「民族浄化」 セルビア・モンテネグロ』(集英社新書)や本連載の過去記事を参照して頂きたい。< (引用:空爆から20年後の旧ユーゴスラビアを行く (1)セルビア編 | 木村元彦)
イラク戦もサダム・フセインが大量破壊兵器を所持隠匿していることを理由に開戦された。だがその事実はなかった。それはブッシュ大統領もブレア首相も知っていた。にもかかわらず、開戦した。これは「武力による現状変更」ではないのだろうか。
その結果イラク国内は内戦状態になり、多くの国民が死傷し、難民となった。事態はサダム・フセイン時代よりも悪くなった。そして有志連合の米英はじめとする国々は多大な戦費と戦死者をだした。指導者の「嘘」で多額の戦費が使われ。多くの将兵が生命や手足を失った。そして地域をより不安定化させて、大量の難民が発生した。
歴史を顧みれば米西戦争のメイン号事件、ベトナム戦争介入の理由にしたトンキン湾事件も米国側の捏造策略だった。
このように見てみると欧米、あるいは西側の政府の主張、メディアの報道が公平で、事実に則したものか、大変疑わしい。
筆者はロシアの肩を持つわけではないが、報道されていることが「事実」であるかよく吟味することが必要ではないか。無論ロシア側も自分に都合にいい情報をリークしたり、フェイクニュースを流している。また中国はロシアの行為を侵略ではない、自国民の保護だと主張している。ロシアの行為がお咎めなし、となれば同じようなことを中国が台湾やその他の国々に行うことにお墨付きを与えることになる。その視点からもロシアの行為は許されるべきではない。
だが、だからといって単純な善悪のレッテル貼りの報道を鵜呑みにしていいわけでもない。今回のウクライナに関する報道もそういう視点をもってみるべきだ。そうでないと政府やメディアに踊らされて間違った選択をすることになりかねない。
トップ写真)ロシアのミサイルに被弾したアパートの瓦礫 2022年2月26日 ウクライナ・キエフ
出典)Photo by Anastasia Vlasova/Getty Images
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この記事を書いた人
清谷信一防衛ジャーナリスト
防衛ジャーナリスト、作家。1962年生。東海大学工学部卒。軍事関係の専門誌を中心に、総合誌や経済誌、新聞、テレビなどにも寄稿、出演、コメントを行う。08年まで英防衛専門誌ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー(Jane’s Defence Weekly) 日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関「Kanwa Information Center 」上級顧問。執筆記事はコチラ。
・日本ペンクラブ会員
・東京防衛航空宇宙時評 発行人(Tokyo Defence & Aerospace Review)http://www.tokyo-dar.com/
・European Securty Defence 日本特派員
<著作>
●国防の死角(PHP)
●専守防衛 日本を支配する幻想(祥伝社新書)
●防衛破綻「ガラパゴス化」する自衛隊装備(中公新書ラクレ)
●ル・オタク フランスおたく物語(講談社文庫)
●自衛隊、そして日本の非常識(河出書房新社)
●弱者のための喧嘩術(幻冬舎、アウトロー文庫)
●こんな自衛隊に誰がした!―戦えない「軍隊」を徹底解剖(廣済堂)
●不思議の国の自衛隊―誰がための自衛隊なのか!?(KKベストセラーズ)
●Le OTAKU―フランスおたく(KKベストセラーズ)
など、多数。
<共著>
●軍事を知らずして平和を語るな・石破 茂(KKベストセラーズ)
●すぐわかる国防学 ・林 信吾(角川書店)
●アメリカの落日―「戦争と正義」の正体・日下 公人(廣済堂)
●ポスト団塊世代の日本再建計画・林 信吾(中央公論)
●世界の戦闘機・攻撃機カタログ・日本兵器研究会(三修社)
●現代戦車のテクノロジー ・日本兵器研究会 (三修社)
●間違いだらけの自衛隊兵器カタログ・日本兵器研究会(三修社)
●達人のロンドン案内 ・林 信吾、宮原 克美、友成 純一(徳間書店)
●真・大東亜戦争(全17巻)・林信吾(KKベストセラーズ)
●熱砂の旭日旗―パレスチナ挺身作戦(全2巻)・林信吾(経済界)
その他多数。
<監訳>
●ボーイングvsエアバス―旅客機メーカーの栄光と挫折・マシュー・リーン(三修社)
●SASセキュリティ・ハンドブック・アンドルー ケイン、ネイル ハンソン(原書房)
●太平洋大戦争―開戦16年前に書かれた驚異の架空戦記・H.C. バイウォーター(コスミックインターナショナル)
- ゲーム・シナリオ -
●現代大戦略2001〜海外派兵への道〜(システムソフト・アルファー)
●現代大戦略2002〜有事法発動の時〜(システムソフト・アルファー)
●現代大戦略2003〜テロ国家を制圧せよ〜(システムソフト・アルファー)
●現代大戦略2004〜日中国境紛争勃発!〜(システムソフト・アルファー)
●現代大戦略2005〜護国の盾・イージス艦隊〜(システムソフト・アルファー)