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.社会  投稿日:2022/3/5

華の都パリで「置き引き」被害 ~仏旅行・出張者は注意!~


 

【まとめ】

フランス・パリのレストランで知り合いの記者が置き引きにあった。

・パリ警察は盗難を真剣に捜査をしてくれなかった。

・パリではスリや置き引きは日常茶飯事なので自己責任が徹底している。貴重品は肌身離さず持つことが基本中の基本。

 

それは華の都、パリでのあっという間の犯行だった。筆者もその場に居合わせた者として、未然に防げずに悔いが残っている。今後パリに旅行や出張に行く人が同じような被害に遭わないためにも、事の顛末と犯行の手口をぜひここに記させていただく。近い将来、日本でも起きるかもしれない犯行手口として警鐘を鳴らしたい。

 

■ コロナ禍、そもそもなぜパリに行ったのか

筆者は先月21日から26日にかけ、フランス外務省の招へいでパリに取材に行った。欧州連合(EU)とフランスのインド太平洋戦略が取材テーマで、日本、韓国、オーストラリア、ニュージーランド、インドネシア、マレーシア、シンガポール、タイ、ベトナム、インド、UAE、南アフリカから1人ずつの計12人の記者が参加した。

 パリ到着3日目の23日夜のフリータイムに、2019年度日本政府主催の青年国際交流事業「世界青年の船」で一緒だったアレックス・アマンさん(以下、アレックス)と2年ぶりに再会し、食事をする約束をしていた。同事業では、アレックスはフランスの青年たちを率いるフランスのナショナルリーダー、筆者は日本のナショナルリーダーをそれぞれ務め、同事業中に起きた様々な事柄に対処するため、客船「にっぽん丸」で苦楽をともにした仲だ。

 同日午後8時すぎ、筆者が宿泊するパリ南部の繁華街モンパルナスにあるホテル前で、フランス首相官邸での取材を終えて戻ってきた筆者とアレックスはおちあい、近くのレストランにでも行こうとしていた。ちょうどそこにマレーシアから参加していた30代の男性記者(以下、A記者)が居合わせ、どうせなら3人で仲良く食事をすることになった。

 ところが、筆者は12カ国からの参加記者の中で唯一、3回目の新型コロナワクチン接種から1週間以上経過していないとの理由で、EUで導入されているスマホアプリ版「デジタル・ワクチンパスポート」を持っていなかった。筆者が3回目のワクチンを日本で受けたのはフランス渡航1日前の2月20日だったからだ。フランスでは通常このワクチン接種パスポートがないと、レストラン店内での食事を拒否される。このため、筆者はパリに来てからは21日と22日の連夜、せっかくのパリ滞在なのにフランス料理も堪能できず、マクドナルドなどでのテイクアウトで夕食を済ませていた。

 しかし、23日夜は地元出身のアレックスという強力な友がいることから、筆者がこのワクチンパスポートを持っていなくとも、なんとか店内で食事ができるレストランはないかと、ホテル近くを散策。5分ほど歩いた後、モンパルナス駅近くのフランス料理店で、日本語で書かれた筆者のワクチン接種証明書の用紙を見せると、入店を許可してくれた。入店を許してもらった身分で言うのもおかしいのではあるが、このレストランのこうしたいい加減さが犯行を呼んでしまった面もある。

■ 手慣れた「置き引き」の手口

入店後、入り口に割と近い4人用のテーブル席に筆者ら3人は座った。筆者1人が入り口から一番遠い壁側の奥の席、筆者と向かい合うようにアレックス、そして、その右隣にA記者が座った。

 簡単な店内の見取り図は以下のようになる。

図)置き引きに合ったレストラン店内の見取り図

筆者作成)

3人で飲食しながら雑談し、30分から40分ほど経ったころだろうか、A記者が突然、「Where is my bag?」(僕のバッグはどこだ?)と青ざめた表情で何度か叫んだ。テーブル席の下に置いていたリュックサックが消えていたのだ。周囲をいくら見渡しても見当たらない。

写真)A記者は手前のテーブルの下にカバンを置いていた。写真にある筆者のカバンは、体のすぐそばの隣の椅子の上に置いていたため、幸いにも無事だった

筆者撮影)

店員に聞くと、スペイン語を話し、アラブ人風の若い2人が筆者らの隣のテーブルに座り、食事メニューをしばらく見た後に「いい食事メニューがない」との理由ですぐに退店していったという。他の客はこのうちの1人がA記者のバッグを持っていった様子を目撃したと証言した。

 実は3人で飲食している間、A記者はリュックをテーブルの下に置いたまま、席を2度離れた。1度目は店内のトイレに行くため、2度目は電子たばこを吸いに舗道に行くためだった。その一方、筆者とアレックスは一度も席を離れなかった。

 筆者は残念ながらA記者がテーブルの下にリュックを置いているのを知らなかった。筆者の席からはちょうどリュックがテーブルの下に隠れ、死角になっていたからだ。また、アレックスとの「世界青年の船」の思い出話に花を咲かせていたためか、犯行に気づかなかった。ただ、後から振り返ると、フラッシュバックするかのように、1人の男性が一回前かがみで少し筆者らのテーブルに近づいてきたシーンが脳裏に浮かんできた。

写真)左側にある2人用のテーブルに犯人グループは座っていた

筆者撮影)

A記者は、バッグの中に現金で600ユーロ(約7万5000円)、パスポート、財布、クレジットカード、アップルの M1プロセッサ搭載の最新ラップトップ(約20万円相当)など貴重品の数々を入れていた。リュック自体も高級ブランドだった。それらが全部盗まれた。被害総額はなんと3800ユーロ(約48万円)だった。

 店員に聞けば、以前にも同じような犯罪が店内であったという。ならばなぜ対策を強化しないのか。店内には防犯カメラもなかった。また、入店時のワクチンパスポートのチェックも、人物を特定できるほど情報が得られていなかった。筆者が「店にも責任があり、一部を賠償すべきだ」と店員にただすと、「貴重品の管理は顧客に責任がある」として一歩も譲らなかった。

写真)真ん中右奥の4人席が筆者ら3人が座っていたテーブル。犯人グループは舗道から窓越しに、獲物となるバッグを物色していたのかもしれない。

筆者撮影)

 

■ 警察はけんもほろろ

パスポートをはじめ、重大な品々が盗まれたことや被害金額が大きいことから、筆者ら3人は最寄りのモンパルナス駅ビル内にある警察署に直行した。しかし、この警察署は駅構内の犯罪しか担当していないとの理由で、数キロ離れた別のパリ15区の警察署に行くように言われた。

 その2つ目の警察署に徒歩で向かっている途中、みんなで意気消沈しながら盗まれたマックの最新版ラップトップの話をしていたら、A記者が突然、このPCがGPS装置を備えていることを思い出した。スマホのアイフォンで、盗まれたラップトップの現在位置が確認できたのだ。

 ラップトップの移動をスマホで追跡しチェックしながら、同日午後10時過ぎに15区警察署に到着。夜勤の警察官に一部始終を話すと、担当警察は「今は夜勤シフトの人員不足で対応できない。翌朝9時以降に改めて署に来てほしい」などとあまりにもそっけない官僚的な対応だった。スマホで盗まれたラップトップの現在位置を目印に、それを持参して動いているだろう犯人2人組を至急捕まえてほしいと要望しても、まさに暖簾に腕押し状態で、警察の答えはノーだった。

パリ市警のつれない対応に、筆者ら3人はタクシーでラップトップが発するGPSを手がかりに追跡を開始した。GPSが示す位置に着くと、どうも6階建ての建物の一室にラップトップはあるようだった。しかし、ビルの門は閉ざされていて、入ることはできない。

 午後11時を過ぎていた。仕方なく、この日はこれ以上追跡せず、A記者が翌24日朝、パリのマレーシア大使館に行き、警察への対応を含め、協力を求めることになった。この間、犯行グループは4度にわたってA記者のクレジットカードを使用し、合わせて100ユーロほどを使っていた。

 24日に大使館や警察署に行ったA記者によると、今回の犯行手口を担当捜査官に説明した途端に、「それは南アメリカのプロの犯行集団によるものだ」と指摘されたという。この犯行集団は、欧州の主要都市を周回しながら犯行を繰り返しているという。

その後記者は3時間にわたり、警察署で事情聴取をされた。PCのバッテリーはもって4日程度なので、位置情報を得ることもできなくなり、結局、犯人は捕まっていない。ちなみに、A記者はマレーシア大使館が臨時パスポートを発行し、無事マレーシアに帰国した。お金は全額盗まれたが、いとこがパリに送金してくれたので工面できたとのことだ。

 

■ 荷物は体から離すな!

今回の事件の教訓は何か。

 1つ目は、カバンやリュックはできれば持参せずにホテルに置いて出掛けたほうがいいこと。

2つ目は、たとえ財布など貴重品を持参するにしても、バッグには入れず、ズボンの前ポケットなど絶対に盗まれない場所に保管すること。筆者はいつもそうしている。後ろポケットに入れれば、盗まれる可能性があるからだ。

3つ目は、海外といった慣れない土地では、常に周辺に注意を払って警戒を緩めないこと。

 パリ在住のジャーナリストの吉田理沙さんは「パリではスリや置き引きは日常茶飯事。そして、どのような場面でも自己責任が徹底しています。持ち歩く貴重品は最低限にすること、バッグはもちろん、携帯電話なども貴重品として肌身離さず持つことが基本中の基本。逆にその点を押さえていれば、極度に心配することなく、快適なパリ滞在を送れるでしょう」と注意を呼びかけている。

トップ写真:モンパルナスの街並み(今回の事件とは関係ありません)

出典)Photo by Frédéric Soltan/Corbis via Getty Images




この記事を書いた人
高橋浩祐国際ジャーナリスト

英国の軍事専門誌『ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー』東京特派員。1993年3月慶応大学経済学部卒、2003年12月米国コロンビア大学大学院でジャーナリズム、国際関係公共政策の修士号取得。ハフィントンポスト日本版編集長や日経CNBCコメンテーターを歴任。朝日新聞社、ブルームバーグ・ニューズ、 ウォール・ストリート・ジャーナル日本版、ロイター通信で記者や編集者を務める。

高橋浩祐

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