尹錫悦公約実行で文在寅と「共に民主党」に衝撃走る
朴斗鎮(コリア国際研究所所長)
【まとめ】
・韓国の大統領官邸が経済的利益も鑑み青瓦台から龍山へ移転。
・尹錫悦の国民との意思疎通強化公約実行。
3月20日、尹錫悦(ユン・ソクヨル)韓国次期大統領は記者会見を開き、帝王的大統領の象徴である青瓦台(チョンアデ)を国民に返すとの公約実行のため、大統領府を龍山(ヨンサン)の国防部庁舎に移すと発表した。この決定には、金正恩が最も恐れていた金寛鎮(キム・グァンジン)元国防長官の「移転しても安保に心配はない」との進言が影響したと言われている。
これに対してネロナンブル(私が行えばロマンスだが他人が行えば不倫)の2重基準で、国政を行ってきた文在寅(ムン・ジェイン)大統領は、またもやネロナンブルで待ったをかけた。
過去、大統領府の青瓦台からの移転を最も強く主張していたのは文在寅大統領自身だった。2012年の第18代大統領選挙時、「統合民主党」候補だった文氏が12月12日に発表した署名入りの公約文を見ると、文在寅の名前を尹錫悦に変え、光化(クァンフア)門を龍山に変えれば、尹氏と文氏の公約は何一つ変わらない。それが今、文氏はその公約を忘れたかのように、尹次期大統領の青瓦台からの移転に猛烈に反対している。
■ 尹錫悦次期大統領、「国民との公約」実行に固い決意
李承晩時代に景武台(キョンムデ)として出発し、尹潽善(ユン・ボソン)大統領時代の1960年12月に名称変更した「青瓦台」は、高麗時代には離宮として「南京(ナムギョン)」と呼ばれていた。そして日本の植民地時代には総督府中央庁舎があった所だ。
尹次期大統領は大統領選挙期間中、光化門に執務室を移すことを公約にしてきたが、安保、警護、市民生活への悪影響などを考慮してそれを変更し、代案として出されていた国防部庁舎への移転を決めた。記者会見では、光化門への移転公約が守れなくなったことに対して謝罪するとともに、鳥瞰図を示しながら移転計画の内容を一つ一つ具体的に説明した。
写真)尹錫悦氏が記者会見にて鳥瞰図を示しながら移転計画を説明。2022年3月20日。
出典)Photo by Jung Yeon-Je – Pool/Getty Image
国防部庁舎への移転後は、大統領執務室を2Fの国防長官室に、同じ階に秘書室長室、安保室長室、政府広報機能関係を配置し、国民との意思疎通をスムーズにするためのプレスルームを1Fに配置するとした。これは米国のホワイトハウスを見習ったものと言える。
また大統領官邸は国防部庁舎南側に新築することとし、それが完成するまでは国防部庁舎から3-5分ほどの距離にあるハムナム洞の陸軍参謀総長公館を大統領官邸として使用することも明らかにした。官舎の中で使用頻度が最も少なかったからだ。
移転費用は、500億ウォン程度だとし、1兆ウォンの費用がかかるとして反対していた文在寅政権と「共に民主党」の「移転プラン」とは全く異なる案を提示した。移転費用は政府の予備費から支出するとしたが、青瓦台を国民に返還することで得られる経済的利益は、それをはるかに上回ると見られる。
記者からは、警護や安保上の問題もあるので、まずは青瓦台に入った後、じっくりと準備して移転してはどうかとの意見が出されたが、尹次期大統領は、青瓦台に一度入ってしまえば帝王的大統領の象徴から出られなくなる可能性が高くなるとし、青瓦台を国民に返す約束と国民との意思疎通強化公約実行を優先するために、安保上の問題も考慮して国防部庁舎への移転を急いだと説明した。
この決定に対して軍では意見は分かれている。3月22日、国会国防委員会の緊急懸案報告で、韓国国防相は「性急な国防部庁舎への大統領執務室移転は危険」と述べ、与党「共に民主党」の主張を擁護した。しかし現場の現役合同参謀本部次長は「問題なし」と移転を容認する答弁を行った。
■「青瓦台開放公約履行」に怯える文在寅と共に民主党
写真)第103回三一節式典で演説をする文在寅氏。2022年3月1日。
出典)Photo by Jeon Heon-Kyun – Pool/Getty Images
尹次期大統領の公約実行決定に対して、文政権の朴洙賢(パク・スヒョン)国民疎通首席秘書官は、3月21日に開催された国家安全保障会議(NSC)拡大関係閣僚会議で「新政権発足までいくらも残っていない差し迫った期間中に国防部、合同参謀本部、大統領執務室と秘書室など補佐機関、警護処などを移転するという計画には無理がある」と結論づけた。この日の会議は文大統領が直接主宰していたことから、この結論が文在寅の意思であることは明らかだ。
また「共に民主党」非常対策委員長の尹昊重(ユン・ホジュン)も、国家安保をないがしろにし、市民の財産権を侵害していると非難し、移転計画を即刻撤回せよと主張している。同党の高溶振(コ・ヨンジン)首席報道官は、先制攻撃、サード追加配置など、力に基づく安保を強調していた尹当選人が、安保問題をこのようにおろそかにすることは、非常に二律背反的だと批判した。
報道機関では、尹次期大統領関連の誤報で告訴された左派系「ハンギョレ新聞」が先頭に立って攻撃している。「大統領執務室を国防部に移せば、大統領ヘリ機飛行を駐韓米軍が統制」とのフェイクニュースまがいの「トクダネ記事」なるものまで掲載し(誤りを指摘され後に削除)尹次期大統領を揺さぶった。
金正恩の挑発に断固たる対応を行わず、安保をおろそかにしてきた文在寅政権と共に民主党が、「安保」を口実に龍山移転に反対しているが、なぜここまで強硬に反対するのだろうか?
そこには野党に転落した立場や、文在寅が果たせなかった(嘘をついた)公約を尹次期大統領が実行したことへの妬みがあると思われるが、何よりも6月1日に実施される地方選挙への決定的影響が指摘されている。
約束通り5月10日に青瓦台が国民に開放されれば、「共に民主党」が「シンガポール米朝首脳会談」を利用して2018年の地方選挙で圧勝した効果を超えるかもしれないとされている。
2006年に李明博元大統領が、ソウル市長時代に高速道路を壊して復元した清渓川(チョンゲチョン)を想起すれば、開放直後の5月14、15日の週末、青瓦台でどのような大祭典が繰り広げられるかは十分に予測される。すべてのマスメデイアは当然大々的に報道するに違いない。この事態は地方選挙に決定的影響を与えることになるだろう。文在寅と「共に民主党」はこの大津波のように押し寄せる事態に今震えているのである。
トップ写真)記者会見で移転計画の演説を行う尹錫悦氏。2022年3月20日。
出典)Photo by Jung Yeon-Je – Pool/Getty Images
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この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長
1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統