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.国際  投稿日:2022/4/21

戦争の帰趨決める「ドンパスの戦い」


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2022#16」

2022年4月18-24日

 

【まとめ】

・ゼレンスキー大統領が19日からの戦いを「ドンバスの戦い」と名付けたのは、ロシア側大攻勢を食い止める期待を込めている。

・「ドンバスの戦い」はウクライナ戦争の第二段階の始まりを示し、その結果が戦争全体の帰趨を決める。

・ロシアが負ければ、プーチンは政治家としての退路を絶たれる恐れがある。

 今週は「ドンバスの戦い」から入ろう。19日、ロシア軍がキーウ攻略を(一時的にせよ)断念し、残存兵力の集積・再編成を経て、ウクライナ東部に対し本格的な攻撃を開始した。これに対し、ウクライナの大統領は「ドンバスの戦い」が始まったと述べたという。「ドンバスの戦い」と聞くと、軍事マニアは「へえっ」と思うのではないか。 

 

英語表現で「Battle of XXX」という言い方が定着している訳ではないが、筆者の経験則で申し上げれば、Battle of Donbasと聞くと、筆者は「The Battle of the Bulge」「The Battle of Britain」を思い出す。前者は第二次世界大戦の激戦の一つ、後者はドイツ空軍がイギリス攻略を狙った大航空作戦である。 

「バルジの戦い」とは1944年12月から1945年1月までベルギー・ルクセンブルグのアルデンヌ高地をめぐるナチス・ドイツ軍と連合軍との戦闘。「ブリテンの戦い」と同様、連合国側がナチス・ドイツの快進撃を食い止め、その後の戦況に大きな影響を与えた激戦だった。いずれも映画化され、子供の頃、父親と見た覚えがある。

写真)第二次世界大戦のバルジの戦いでベルギーのアルデンヌ地方を通過する戦車部隊(1945/1/1) 

出典)Photo by Tony Vaccaro/Getty Images

以上を念頭に、ゼレンスキー大統領は今回の戦いがロシア側大攻勢を食い止める歴史的な激戦となる期待を込めて「ドンバスの戦い」と命名したのだろう。いずれにせよ、この戦いの結果が今回の戦争全体の帰趨を決める重要な戦闘になることは間違いなかろう。 

ゼレンスキー大統領は「ロシア軍がどれだけ動員されようと我々は戦う」「我々は国を守る。決して何も渡さない」と徹底抗戦の構えを表明、また、ウクライナ大統領府高官も「戦争の第二段階が始まった」と述べ、重大局面に突入したことを強調していると報じられている。 

 プーチンはこの戦いに「敗北する」ことはできない。負ければ、政治家として退路を断たれる可能性があるからだ。一方、ゼレンスキーも安易な妥協はできない。このロシアの大攻勢を食い止めなければ、ウクライナに有利な形での停戦は不可能となるからだ。停戦交渉は当分動かないのではないか。 

 

〇東アジア 

 コロナ感染拡大が続く上海で、同地の日本総領事が現地の副市長に対し、「一カ月以上に操業停止等に起因する損害や従業員に与えている悪影響に加え、今後の先行きの不透明感が企業活動にとって大きな制約になっていることをご理解」頂きたいとする書簡を発出したそうだ。損害を賠償しろという内容ではないので、念のため。 

 

米韓両軍が半島有事を想定した共同作戦能力を高める毎年恒例の合同軍事演習を始めた。でも、内容はコンピューターシミュレーションを用いた指揮所訓練だけなのに、それでも北朝鮮が反発するというは、どういうことか。「緊張が高まる可能性がある」と報じられたが、緊張が高まって困るのは北朝鮮の方だろうに。 

 

〇欧州・ロシア 

  日本を代表する通信社の一つがこう報じた。「4月中にドイツなど3カ国の首脳が、5月にはバイデン米大統領らが来日する予定。岸田文雄首相は外遊も調整している。国際秩序の根幹を揺るがすウクライナ危機の中、外交面で実績づくりを狙う。」もうこんな国内政局を基準にした外交関係記事は止めにしたらどうか。 

 

〇中東 

 4月2日から断食月間(ラマダン)が始まったが、今年主食のパンの供給は大丈夫なのだろうか。ラマダンといっても一カ月間断食する訳ではなく、あくまで日中だけ。だから、日が沈めば一日分(場合によってはそれ以上)の食事を一回で、しかも一族郎党と、爆食いする。これが健康に良い訳はないが、小麦価格の高騰でパンがなかったら、今年のラマダンは、さぞ荒れるだろうなぁ。 

 

〇南北アメリカ  

 フロリダ州の連邦地裁が、バイデン政権による公共交通機関でのマスク着用義務を「違法」「無効」とする判断を下したそうだ。同連邦地裁の判事は、「CDCが法的権限を逸脱し、マスク着用を義務付けている」と指摘したという。うーーん、いかにもアメリカらしい話ではないか。 

 

〇インド亜大陸  

 特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。 

トップ写真)キーウ近郊の町で発掘された集団墓地やその他のロシアの残虐行為(2022/4/18)

出典)Photo by Alexey Furman/Getty Images




この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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