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.国際  投稿日:2022/4/27

中国「共同富裕」の幻想と挫折


澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)

【まとめ】

・500家族が中国総資産額の大部分を独占大多数は貧しいまま。

・原油高やコロナ規制で投資家の海外流出、外資の“キャピタル・フライト”が始まった。

・かつての「中国製造2025」と同様、「共同富裕」もフェードアウトへ。習近平が自らの権威付けに利用しただけか。

 

昨2021年8月17日、習近平総書記は、中央財経委員会第10回会議を主宰し、「共同富裕」を着実に推進する、という課題の研究を行った(a)。

よく知られているように、かつて鄧小平は「先富論を唱えた。「1985年10月23日、鄧小平は『タイム』誌主催の米国高級企業家代表団に会った席で、次のように述べた。「後進地域を牽引し助けるために、一部の人、一部の地域を先に豊かにさせる方針であり、先進地域が後進地域を助けるのは義務である」(b)と。

確かに、ごく一部の中国人は豊かになった。ただ、今の中国は「500家族が同国総資産額の大部分を独占している」(c)という。そして、大多数の人民が貧しいままに取り残された。

「改革・開放後」、中国ではなぜ「共同富裕」が達成されなかったのか。

以前、本サイトで触れたが、おそらく共産党が相続税や(日本の固定資産税のような半恒久的)財産税を導入しなかったからではないか。北京が相続税や財産税を導入していれば、これほどの格差は生まれなかったはずである。

共産党は「(中国の特色ある)社会主義」を標榜しながらも、本来の「社会主義」的政策を実行しなかった。同党の「社会主義」とは、名ばかりだったのである。

他方、共産党幹部らはしばしば私腹を肥やし、一族で巨額の財産を保有する。彼らの一部は、香港や海外に財産を隠匿している。例えば、「中国共産党のトップ4人のうち3人(ナンバー1の習近平主席、ナンバー3の栗戦書、ナンバー4の汪洋)の親戚が、近年、香港に豪華住宅を購入したが、合計で5,100万米ドル(約65億2,800万円)以上の価値を持つ」(d)という。

周知の如く、中国共産党は、ジャック・マー(馬雲)の「アリババグループ」をはじめ、新興IT起業家らからチャリティと称して強制的に出資させた(e)。一方で、政府は、民間企業への継続的支援を表明している(f)。

▲写真 アリババグループ創業者のジャック・マー(馬雲)氏(2018年) 出典:Photo by Dan Kitwood/Getty Images

しかし、世界的な原油価格の高騰やウクライナ情勢の不確実性に加え、中国ではコロナに対する厳しいロックダウンが行われている(g)。そこで、中国の投資家が海外へ流出(h)し始めた。同時に、外資も中国から“キャピタル・フライト”を起こしている(i)。だから、習近平政権は「共同富裕」を言い出さなくなったのではないだろうか。

今年(2022年)3月、北京では全国人民代表大会が開催された。その際、習近平主席が演説を行ったが、「共同富裕」については、たった1回、言及した(j)だけだった。

けれども、習主席がいきなり「共同富裕」を引っ込めては、格好がつかない。それどころか、習総書記の第3期目就任に反対している「反習近平派」からの攻撃も受けやすくなるだろう。

そこで、「習派」は、「共同富裕」について静かに“フェイドアウト”して行く道を選んだ公算が大きい。結局、第3期目を目指す習近平主席は、自らの“権威付け”のため「共同富裕」のキャンペーンを張ったに過ぎなかったのではないか。

ところで、中国共産党は、たまにこのような事を行う。一例を挙げてみよう。

2015年5月、習近平政権は産業政策「中国製造2025」を発表(k)している。それは、建国100年目に「世界の製造強国の先頭グループ入り」を目指す“野心的な”長期戦略だった。

だが、2010年代末には、なぜか「中国製造2025」という目標がほとんど語られなくなった。たぶん、「共同富裕」もそれと似たような結果に終わるのではないだろうか。

 

<注>

(a) 『新華網』「第一観察:どのように共同富裕を促進するか、総書記はこのように行う」 (2021年8月21日付)

(http://www.xinhuanet.com/politics/leaders/2021-08/21/c_1127782199.htm )

(b)『中国共産党新聞』「鄧小平:一部の人を先に豊かにする」(日付なし)

http://cpc.people.com.cn/GB/34136/2569304.html

(c)『VOA』「習近平の『共同富裕』スローガンはなぜトーンが下がったのか?第20回共産党大会までに習近平と李克強の争いがあるのか?」(2022年3月15日付)

https://www.voachinese.com/a/what-does-a-low-keyed-slogan-of-common-prosperity-imply-to-xi-s-signature-policy-and-monopoly-of-power-20220314/6485725.html

(d)『ラジオ・フランス・アンテナショナル』「北戴河の対決、習近平と栗戦書と汪洋親族の香港大邸宅暴露」(2020年8月14日付)

https://www.rfi.fr/cn/%E4%B8%AD%E5%9B%BD/20200814-%E5%8C%97%E6%88%B4%E6%B2%B3%E8%BE%83%E9%87%8F-%E4%B9%A0%E8%BF%91%E5%B9%B3-%E6%A0%97%E6%88%98%E4%B9%A6-%E6%B1%AA%E6%B4%8B%E4%BA%B2%E5%B1%9E%E5%9C%A8%E6%B8%AF%E8%B1%AA%E5%AE%85%E8%A2%AB%E6%9B%9D%E5%85%89

(e)『共同ニュース』「中国、経済低迷の中、『共同富裕』の推進を中止」(2022年4月18日付)。

https://english.kyodonews.net/news/2022/04/316dccce0e13-china-suspends-promotion-of-common-prosperity-amid-economic-slump.html

(f)『新京報』「共同富裕は(政府の)民間企業への支援が変わるという意味ではない」(2021年9月6日付)

https://news.sina.com.cn/c/2021-09-06/doc-iktzscyx2678975.shtml

(g)『ニューヨーク・タイムズ中文網』「習近平の重要な年に中国では『共同富裕』キャンペーンを棚上げに」(2022年4月13日付)

https://cn.nytimes.com/china/20220413/china-economy-covid/

(h)『アルジャジーラ』「中国、『前例のない』投資家流出の中、投資抑制を緩和」(2022年3月25日付)

https://www.proactiveinvestors.com.au/companies/news/973950/china-cracks-down-on-technosphere-as-beijing-seeks-to-create-common-prosperity-973950.html

(i)『ブルーバーグ』「中国債券市場の流出は3月にペースを速める兆しを見せる」(2022年3月25日付)

https://www.bnnbloomberg.ca/china-bond-market-exodus-shows-signs-of-gathering-pace-in-march-1.1742850

(j)『人民日報』「中国の特色ある社会主義は、中華民族の偉大な復興を実現するために必ず必要な道である」(2022年3月11日付)

http://www.npc.gov.cn/npc/c30834/202203/d5c775792d994f7c95b7e98ed007d673.shtml

(k)『新華網』「国務院『中国製造2025』を発表」(2015年5月19日付)

http://www.xinhuanet.com//politics/2015-05/19/c_1115331338.htm

トップ写真:習近平国家主席(2022年4月8日 北京) 出典:Photo by Kevin Frayer/Getty Images




この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長

1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。

澁谷司

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