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.国際  投稿日:2023/1/29

クーデターから2年 ミャンマー


大塚智彦(フリージャーナリスト)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

 

 

【まとめ】

・ミャンマーはクーデターから丸2年。絶えない虐殺や人権侵害事案のような不安定な治安状況が続いている。

・軍政は民主化勢力を排除する「総選挙」を通して、内外に正当性をアピール。

・ミャンマー問題を巡りASEANは分断の危機を迎えて「お手上げ状態」。

 

東南アジアのミャンマーが2月1日で軍によるクーデターから丸2年を迎える。軍事政権による強圧的支配に市民は武装するなどして必死の抵抗を続けており、実質的な「内戦」状態にあり、一般市民の犠牲は増え、人権侵害も深刻になっている。

にもかかわらず軍政は2024年8月までの総選挙実施を画策している。民主化勢力の総選挙参加を実質的に制限することで軍と軍政を受け入れている政党だけによる総選挙実施で「民主的な選挙」を実施して内外に正当性をアピールする狙いが見え隠れしている。

クーデター前まで民主政府を率いていたにノーベル平和賞受賞者でもあるアウン・サン・スー・チーさんはクーデター当日に身柄を拘束され、その後19件の身に覚えのない容疑で訴追を受け、2022年12月に全ての裁判が結審し禁固合計33年の判決を受けて刑務所生活を強いられている。77歳のスー・チーさんにとって禁固33年はまさに「終身刑」と変わらず、軍政の「スー・チーさん憎し」が如実に表れているといえる。

★不安定が続く治安状況

クーデター直後に軍による拘束を免れて地下での活動や外国に逃れて活動する民主政府関係者、スー・チーさんが率いていた政党「国民民主連盟(NLD)」の関係者らによって組織された民主勢力組織「国民統一政府(NUG)」は国際機関や東南アジア諸国連合(ASEAN)に対して軍政の違法性とNLDの正当性を訴えて制裁や介入を求め続けている。

しかし反軍政を掲げる学生デモや集会などに対する軍や警察の弾圧、暴力が相次ぎ負傷者や犠牲者が増えるという現実に直面したNLDにより武装市民組織「国民防衛軍(PDF)」が組織された。反軍政の学生や若者が国境地帯で武装抵抗を続ける少数民族武装勢力の軍事キャンプで戦闘方法、武器弾薬の使い方、応急手当などを習得して都市部に戻り軍との対決姿勢を強め、ミャンマーの治安は泥沼化した。

PDFは組織も脆弱で武器も不十分ながらも少数精鋭で軍の車列や駐屯地へのゲリラ攻撃や民生用ドローンを使った爆弾投下による攻撃が軍を悩ます状況となっている。これに対し軍は圧倒的な空軍力で戦闘機やヘリコプターによる空爆でPDFメンバーやシンパが潜んでいるとする村落を破壊、無実、無関係、非武装の一般住民多数の犠牲を出している。

★絶えない虐殺や人権侵害事案 

各地で住民への令状なしの拘束、暴力、拷問そして虐殺が反軍政の立場から報道を続ける複数のミャンマー独立系メディアによって連日伝えられている。クーデターから2年を迎えるにも関わらず一向に改善しない治安状態に軍政には焦燥感が募っているとの見方もあり、それが各地での軍による虐殺や人権侵害に結びついているとみられている。 

学校や仏教寺院への攻撃や集会、コンサート会場への空爆で多くの子供、住民、芸能人までが犠牲となっている。未成年の少女らに対する性的暴行、その後に殺害して全裸の遺体を遺棄したり逃げ遅れた高齢者が残る住居に放火したりして焼殺、拷問の末の斬首など軍兵士による暴虐はモザイクをかけたとは言え生々しい写真を添えて独立系メディアは伝えている。

こうした独立系メディアの記者は軍政のブラックリストに載せられており、国内では地下に潜伏しながらあるいは軍政のスパイが暗躍しているとされる隣国タイなどから遠隔取材をするなど命懸けでの活動を続けている。

★行き詰るASEANの和解交渉

ミャンマーも加盟する地域連合であるASEANはクーデター直後から事態の収拾に向けた和解調停に乗り出し、クーデターから2か月後の2021年4月にインドネシア・ジャカルタで緊急首脳会議を開催し、軍政トップでクーデターの「張本人」であるミン・アウン・フライン国軍司令官も参加して善後策を協議した。この会議で議長声明の形で「5項目の合意」に全会一致で達し、以後ASEANによる交渉の基本線となった。

 

しかし軍政は「5項目の合意」のうち「武力行使の即時停止」と「関係者全員とのASEAN特使との面会」の2項目で一切妥協せず、交渉は実質的に行き詰まる状態が続いている。2022年の首脳会議など一連のASEAN会議はミャンマー抜きで開かれているが、反軍政勢力のNUG代表をASEAN会議に招待するべきだとするマレーシアのような強硬意見が出る一方で、ミャンマーの「外相格」を招いてインドネシアやマレーシア、フィリピン、シンガポールといった対ミャンマー強硬派が参加しない非公式外相会議をタイが主催するなどASEAN分断の危機を迎えている。

★鍵は中国しかいないという実情

こうした状況の中で迎えるクーデターから2年、反軍政抵抗組織による治安悪化にも関わらず軍政は総選挙を強行しようとしており、ミャンマーの民主化は遠のく一方だ。最近ミャンマーでは総選挙に向けた選挙人登録作業に関わる地方行政府の担当者の殺害や事務所の放火など選挙妨害の動きが活発化している。いずれも選挙実施を阻もうとする反軍政組織によるものとみられている。

欧米や国連などの国際社会はロシアが軍事侵攻したウクライナ問題に大きな関心を寄せている中、ミャンマー問題はASEANも「お手上げ状態」となり、残るはミャンマー軍政の最大の後ろ盾である中国・習近平国家主席の「胸三寸」というのが実情だ。しかし習近平国家主席がミャンマー問題で和平に向けて積極的に動こうとしている兆候は今のところ一切ない。混迷の中で総選挙を迎えようとしているミャンマーではさらなる治安悪化の懸念が高まっている。

トップ写真:米大使館の外でクーデターを抗議する人たち(2021年2月16日、ミャンマー・ヤンゴン)

出典:Photo by Hkun Lat/Getty Images




この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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