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.国際  投稿日:2022/7/15

陰謀説の危険 その6 ロッキード事件に関する虚説


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

【まとめ】

・ロッキード事件をめぐっては発端がアメリカ議会での暴露だったことなどから、「アメリカの陰謀説」が渦巻く。

・ロッキード事件がアメリカの陰謀と信じている著名人や有力紙が多くあった。

・毎日新聞のロッキード事件報道の最高責任者牧内節男氏はロッキード事件に関する陰謀説を否定。

日本での陰謀説はアメリカがからむ場合が多いことをこれまで報告してきた。アメリカはなんといっても全世界で最大のパワーを発揮する超大国である。しかも日本にとっては国家安全保障を依存する同盟相手、さらにさかのぼれば、日米戦争の後の日本占領で日本の政治や経済のシステムをすっかり変えてしまった相手国でもある。

 そのアメリカがからむ日本での巨大な陰謀説といえば、やはりロッキード事件を排することはできないだろう。なにしろ日本の元総理大臣を逮捕し、起訴して、裁判にまでかけた大汚職事件である。アメリカの議会で1976年に公聴会での関係者の証言から幕を開けたこの事件は日本を直撃した。日本の政財界を根底から揺さぶった。

 このロッキード事件をめぐっても日本側では陰謀説が広がった。事件後、半世紀近くの歳月が過ぎても、なお陰謀説は消えてはいない。なにしろ石原慎太郎氏ほどの著名な人物たちまでが「ロッキード事件は日本の特定の政治家を倒すためのアメリカ政府の陰謀だった」と主張してきたのだ。

 この場合の「陰謀」というのは、事件がそもそも犯罪の事実や容疑が最初にあって、捜査が始まり、容疑者の犯罪行為が明るみに出る、というふつうのパターンではなく、「あの人物を倒せ」という秘密の政治意思があって、そのために後から「容疑」や「犯罪」が捏造されていった、という経緯を指すといえよう。

 私はこのロッキード事件に関してロサンゼルスやワシントンで取材にあたった。その結果、アメリカの政府や議会が司法当局と事前に組んで、田中角栄氏をつぶすという政治的な意図から刑事捜査を断行した――という陰謀説を証明するような材料はなに一つ、みつけることができなかった

この事件は、当時の権力者の田中角栄元首相が、アメリカの航空機製造会社ロッキード社の代理店である商社、丸紅の請託を受け、全日空にロッキード社の新型旅客機であるトライスターの選定を承諾させ、その謝礼として5億円を受け取ったとされた受託収賄罪事件である。

1976年2月にアメリカ議会の公聴会で明るみに出て、同年7月には田中元首相が逮捕された。その後の裁判では田中被告の有罪判決が出たが、事件は最高裁判所にまで持ち込まれ、結局、1995年2月の最終審判決で田中被告の5億円収受も認定された。有罪が確定したわけだ。

この事件をめぐっては発端がアメリカ議会での暴露だったことなどから、「アメリカの陰謀説」が渦巻くのもある意味では自然だった。日本側からすれば、ある日、突然、夢にもみなかった大疑獄が文字どおり天から降ってわいたように落ちてきたのである。

日本側での多数の陰謀説の実例としては、事件からちょうど40年の2016年2月に私自身が東京で外務省の孫崎亨元イラン大使が「田中角栄氏はキッシンジャーにやられたのです」と語るのをテレビでみた。「アメリカは当時、中国のエネルギー資源を狙っており、日本に先を越されて恨みを抱くようになった」という解説も述べられた。

この陰謀説は広範だった。私が所属していた毎日新聞でロッキード事件の日本側での取材や報道にあたった一線記者や編集委員、論説委員クラスの記者までが「アメリカ側の陰謀」を堂々と主張していた。

ところがそれらの陰謀説は毎日新聞のロッキード事件報道の最高責任者だった人によって明快に否定されていたのである。事件当時の毎日新聞の社会部長だった牧内節男氏が事件後40年の2016年2月に自身が主宰する月刊新聞に以下のような一文を発表したのだ。

その牧内氏の文章の主要部分を以下にそのまま紹介する。

「ロッキード事件の陰謀説を唱える人たち対して私は事実を直視せよ、といいたい。米国の謀略説であれば事件は深みを増しく面白いかもしれない。だが東京地検は米側での暴露より4年も前にロッキード社が日本への航空機の売り込みに暗躍していた事実を知っていた。タプロイド版4ページの日本報道新聞が1972年11月1日号で1面から3面を使って『ロッキードスキャンダル』を報道しているからだ。『未曾有の汚職に発展か 全日空のエアバス問題 ロッキードが勝利する! 一千億円の”空中戦”』、さらに『田中―小佐野―ニクソンーロッキード・丸紅の点と線』とズバリ、ロッキード人脈を暴露したのである。この事実を忘れてはならない」

写真)国会で証人喚問を受け衆議院予算委員会で証言する丸紅元専務伊藤宏氏 1976年2月17日

出典)Bettmann/GettyImages

 

牧内氏はさらに次のように書いていた。

 

「米上院多国籍企業小委員会の情報がなくても東京地検は田中角栄元首相の捜査に乗り出していた。あえて言えばその情報は捜査へのきっかけを作ったに過ぎない。話を資源がらみや外交問題に絡ませると話がもっともらしく謀略的になり知的で面白くなる。新聞記者は事実を持って記事を書くべきである。今年のロッキード事件40周年はまた謀略説がはびこるのであろう」

 

牧内氏は私の毎日新聞時代の上司だった。傑出した事件記者として知られ、ロッキード事件取材の指揮をとり、新聞協会賞まで受けている。その牧内氏が90代となった時点でも健筆をふるい、「陰謀説」を完全に否定する姿勢にはすざましい迫力を感じさせられた。

 

しかしこうした日本側でのアメリカ陰謀説の虚構の指摘にもかかわらず、その後も陰謀説症候群は消えてはいない

トップ写真)フォード米大統領と会談する田中角栄首相(当時) 1974年11月19日 東京

出典)Photo by Yuriko Nakao

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