陰謀説の危険 その8 日本の反ユダヤ主義の解剖
古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・「露ウクライナ侵略は米などのユダヤ勢力がバイデンやプーチンを操った結果」との言説が横行。
・日本の反ユダヤ主義について徹底検証した本「日本人の心の中のユダヤ人」がある。
・日本でかなりの同調者を得ているともいえるユダヤ陰謀説はアメリカなどではきわめて否定的な反応が圧倒的。
日本にユダヤ陰謀説が存在してきたことはまちがいないだろう。ユダヤ陰謀説とは「ユダヤ人が結束して、大国の政府や国際関係をひそかに動かしている」という種類の主張である。あるいは「ユダヤ人は秘密裡に世界を乗っ取ることを意図している」というような言説でもある。あえてこれを「陰謀説」と呼ぶのはその主張に証拠がないからである。
2022年の現代の日本でも「ロシアのウクライナ侵略は実はアメリカなどのユダヤ勢力が背後でバイデン大統領やプーチン大統領を操った結果なのだ」という言説が横行している。日本国の在外駐在の大使を務めたような人物によっても堂々と述べられているようだ。
この種の言説は日本では過去にも目立っていた。このユダヤ陰謀説はユダヤ人を危険視、敵視しているのだから反ユダヤ主義とも呼べるだろう。その日本の反ユダヤ主義について徹底検証した本がある。アメリカ人と日本人の学者とが共同の調査と研究を長年、重ねた結果の著書である。
この本は「日本人の心の中のユダヤ人(Jews in the Japanese Mind)」と題され、アメリカの大手出版社、ニューヨークの「フリープレス」社から1995年1月に刊行された。出版の時期は20数年前と、かなり古いが、現在にいたるまで日本の内部のユダヤに関する言説や態度をこの書ほど広範に、実証的に調査して、分析した集大成はまずみあたらない。約360ページの内容は日本の学界、言論界、出版界は反ユダヤの傾向に満ちているとし、その具体例を多数、あげていた。
同書の副題は「文化的に陳腐な定型の歴史とその利用」となっていた。著者はイリノイ大学のデービッド・グッドマン教授と同志社女子大の宮沢正典教授である。この2人の共同研究論文はこの「陰謀説の危険」の前回の「その7」で紹介した。この2人の共同研究の報告書がこの膨大な本へと発展したわけである。
日本の内部の反ユダヤ主義とそこから生まれるとみられるユダヤ陰謀説に国際的な光をあてるためにこの本の内容をもう少し紹介しよう。
この書「日本人の心の中のユダヤ人」は日本でのユダヤに対する著作や発言を第一次大戦にまでさかのぼって分析し、「日本人の間にはユダヤ民族に対するきわめてゆがめられた反感や誤解がある」との基本認識を打ち出していた。
同書は「その一方、日本にはユダヤを称賛する向きも一部あるが、大方はすでに偽造が証明されている『シオン賢人の議定書』などの虚偽のユダヤ攻撃文書を基に、『ユダヤの世界制覇』とか『ユダヤの国際陰謀』という反ユダヤ言辞をあおる場合が多い」と非難していた。
同書はさらに日本でのユダヤ問題研究家とされる宇野正美氏、作家の小田実氏、NHK中東問題専門家の平山健太郎氏、アラブ研究学者の板垣雄三氏らを日本での反ユダヤ主義者の実例としてあげて、それぞれの人物について詳しい理由を述べていた。
同書はとくに冒頭で宇野正美氏の一連の「ユダヤ陰謀」書に触れ、「この種の根拠のないユダヤ陰謀説は読売、日本経済各新聞やテレビ東京などの大手マスコミでも広告掲載や特別番組の形で大きく取りあげられた」と述べていた。そのほかフォト・ジャーナリストの広河隆一氏をあげ、いずれも「ユダヤ民族の苦闘や権利を認めず、パレスチナ側の主張を全面的に支持している」として、それぞれの著作や発言を細かく紹介していた。
日本のマスコミに対しても、同書はNHKの平山氏について、湾岸戦争時のコメントやその後に出版した著書の内容から「ユダヤ民族の歴史的存在を認めず、イスラエルを狂信的な右翼国家とみなす」反ユダヤ主義者と断じていた。
アメリカで最初に出版されたこの本は日本では1999年4月に翻訳版が出た。日本語のタイトルは「ユダヤ人陰謀説」とされ、副題は「日本の中の反ユダヤと親ユダヤ」となっていた。出版社は講談社だった。
同書の日本語版が出ると、その内容が一部のメディアによって報じられ、同書で「反ユダヤの日本人」とみなされた人たちの多くが強い否定や反論を発表した。とくにNHKの著名な記者だった平山氏は具体的な根拠を数々あげて、同書の批判を否定する論文を公表した。
ただしアメリカで出版されたこの本、「日本人の心の中のユダヤ人」は「アメリカ・ユダヤ委員会」や「ユダヤ研究センター」というアメリカ国内のユダヤ系団体からの推薦を得ていた。またニューヨーク・タイムズなどのアメリカの主要メディアが前向きの評価に基づく紹介の報道をした。
日本ではかなりの同調者を得ているともいえるユダヤ陰謀説はアメリカなどではこのようにきわめて否定的な反応が圧倒的なのである。
(つづく)
トップ写真:プーチン露大統領とバイデン米大統領(イメージ) 出典:Photo by Drew Angerer/Getty Images
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。