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.国際  投稿日:2022/7/27

ミャンマー、民主派政治犯を処刑


大塚智彦(フリージャーナリスト)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

・軍政下で、アウン・サン・スー・チーさんの側近の元与党国会議員を含む民主化運動の政治犯4人の死刑が執行された。

・死刑執行は1976年以来、昨年のクーデター後117人に死刑判決が出ている。国際社会が非難するが、軍政は意に介さず。

・死刑執行で、むしろ民主派武装組織や反軍政の少数民族武装勢力との衝突、戦闘が激化する懸念も高まっている。

 

 

ミャンマーで軍事政権の強い影響下にある裁判所は、中心都市ヤンゴンの刑務所で民主化運動の活動家である政治犯4人に対する死刑を執行したと7月25日に発表した。

これは軍政寄りの国営メディアや反軍政の立場から独自の報道を続ける独立系メディアなどが一斉に伝えたもので、死刑は23日にヤンゴンのインセイン刑務所で執行されたとしてる。

死刑が執行されたのは民主派指導者アウン・サン・スー・チーさんが率いていた与党「国民民主連盟(NLD)」の元国会議員ピョ―・ザヤル・ゾー氏(41歳)と1980年代からの民主化運動の著名な活動家チョー・ミン・ユー(愛称コー・ジミー、63歳)の2氏、それに軍政の女性スパイをヤンゴン市内の鉄道車内で殺害したフラ・ミョ・アウン氏とアウン・トゥラ・ゾー氏の計4人の政治犯だ。

このうちピョ・ゾー氏はスー・チーさんの側近で2021年11月に当局に逮捕され、2022年1月に反テロ法違反の罪で死刑判決が下されていた。

またコ・ジミー氏は1980年代当時の軍事政権に対する民主化運動で活躍した学生リーダーだった人物で広く国民に知られる著名な活動家だった。

2021年2月1日のミン・アウン・フライン国軍司令官をトップとする軍によるクーデター以後は再び反軍政の立場から民主化運動に邁進していた。

写真)軍事クーデターに抗議する人々に踏みつけられるミン・アウン・フライン国軍司令官のポスター。(2021年2月 韓国・ソウル)

出典)Photo by Chung Sung-Jun/Getty Images

コ・ジミー氏はピョ・ゾー氏と同時期に逮捕され、同じ罪で1月に死刑判決を受け、控訴していたが却下されて刑が確定していた。

報道によるとコ・ジミー氏の家族は23日にインセイン刑務所内で「Zoom」を使ってオンラインでコ・ジミー氏と面会することができたというが、家族によるとコ・ジミー氏は健康そうに見え「人には誰しもカルマ(運命)がある。どうか心配しないでくれ、ここ数日私は瞑想してダルマ(真理)と共に生きる」と気丈に話したという。

その後家族は「今後食料や医薬品を届ける必要はない」と刑務所側から言われたという。

インセイン刑務所内の絞首台で処刑された4人の遺体は市内のティン・ビン墓地に埋葬された。

4人の家族らが弁護士と共に遺体の引き取りを刑務所側に申し入れたが「法により許されない」と拒否されたとしている。

裁判所やゾー・ミン・トゥン国軍報道官などは死刑判決後に繰り返し「法に従い死刑は執行されなければならない」と再三にわたって執行の方針を強調していた。「死刑制度を維持している国は世界に多い」とも発言していた。

今回の死刑執行は法に基づく処刑としては1976年以来となるという。人権団体などによるとミャンマーでは昨年のクーデター以後、117人が死刑判決を受けている。この中には未成年2人が含まれ41人は欠席裁判で判決が下されているという。

 

■ 国際的非難にさらされる軍政

4人の処刑に対しミャンマーの民主派は「暗黒の日となった」と軍政への批判を強め、ブリンケン米国務長官は25日に声明を発表し「最も厳しい言葉で非難する。軍政はクーデター以降国民に暴力を振るい2000人以上を殺害している」と批判した。

また国連のグテレス事務総長も同日報道官を通じて「死刑の執行はミャンマーの人権状況がさらに悪化していることを示している」と軍政を厳しく非難した。

写真)国連のグテレス事務総長(2021年9月)

出典)Photo by John Minchillo-Pool/Getty Images

このほか国際的な人権団体などからも軍政を非難する声が一斉に上がっているが、軍政側は意に介する様子もなく、さらなる死刑執行に踏み切るおそれもある。

司法が軍政の強い影響下にあるミャンマーでは、公正、公平な裁判は不可能で、複数の罪で訴追され、現在も被告の身であるスー・チーさんにもこれまでに4つの罪で禁固11年の実刑判決が下されており、今後も厳しい前途が待ち構えているといえるだろう。

軍政としては今回の死刑執行で反軍政の動きを牽制、鎮静化を意図したものとみられるが、むしろクーデター後に軍政に対抗して組織された民主派の地下政府ともいうべき「国家統一政府(NUG)」傘下の武装市民組織「国民防衛隊(PDF)」や国境付近で反軍政の立場で活動する少数民族武装勢力との衝突、戦闘がさらに激化する懸念も高まっている。

タイ・バンコクに拠点を置くミャンマーの人権組織「政治犯支援協会(AAPP)」によると7月25日までに軍政当局に逮捕・拘留された市民は1万4870人で、殺害されたのは2120人にのぼるという数字を明らかにしている。

トップ写真:アウン・サン・スー・チーさん(2018年11月)

出典:Photo by Suhaimi Abdullah/Getty Images




この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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