ミャンマー本格的な内戦に突入
大塚智彦(フリージャーナリスト)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」
【まとめ】
・反政府の「国家統一政府」、国民に軍に対し一斉蜂起呼びかけ。
・反軍政活動をする市民への弾圧でこれまでに1000人超の市民が犠牲に。
・ミン・アウン・フライン国軍司令官の排除、軍政の打倒が反政府組織の最終目標。
2月1日に起きたクーデターで実権を民主政府から奪った軍政による強権的な支配が続くミャンマーで、民主勢力が国民に武器を持って軍と戦うように指示を出したことで本格的な「内戦」状態なっている。
これまで軍政に対抗して民主勢力がアウン・サン・スー・チーさんの与党「国民民主連盟(NLD)」の幹部らがクーデター後に新たに結成した「国家統一政府(NUG)」傘下の国民防衛隊(PDF)が武装市民組織として軍と戦ってきた。
国境周辺では各地の少数民族武装勢力が軍と対決しており、ミャンマーはすでに実質的には「内戦」状態だったといえる。
ところがそうした状況に加えて9月7日にNUGのドゥワ・ラシ・ラー副大統領がオンラインで国民に武器を取って「一斉蜂起」して軍と対決するように呼び掛けたのだった。
ラー副大統領は「軍事政権に対し人民の防衛戦を開始し、軍部のテロリストに反旗を翻し国の隅々で反撃する」「この革命は正義の革命であり、平和な国を作るために必要な革命である」としてPDFをはじめとする武装市民組織、メンバーに「反撃の戦闘開始」を指示したのだった。
これは民主勢力側から軍への「宣戦布告」ととらえられ、実際に7日夜から8日にかけて各地で軍や軍が関連する企業の通信施設、通信塔等など約10か所が爆破などによって破壊される様子がSNSで相次いで伝えらえた。
■ 市民も戦いに備え生活防衛
ラー副大統領はさらに一般市民に対して外出を控え、食料や医薬品など生活必需品を確保するようにも呼びかけた。これにより中心都市ヤンゴンなどではスーパーや商店に市民が詰めかけ食料品などの買いだめをする様子も伝えられた。
ヤンゴン在住の日本人によると「買いだめ騒動は起きていないが、トイレットペーパーや医薬品は確かに品薄状態になっている」とし、市民が生活防衛を行いながら軍への武装抵抗に協力する姿勢を見せているという。
市民生活は表向き平静を保っているものの、街中には各所に軍や警察、さらに市民にまぎれこんだ「ダラン(密告者)」が警戒の目を光らせていることから、緊張を強いられる生活となっているという。
■ 混迷の度増し出口の見えない状況
ミャンマーの人権団体「政治犯支援協会(AAPP)」によると2月1日のクーデター以降、軍による反軍政活動をする市民への実弾発砲を含む強権的弾圧でこれまでに犠牲となった市民はすでに1000人を超えているという。
▲写真 スー・チー・氏の肖像画を掲げる反クーデターデモ参加者(2021年3月2日) 出典:Photo by Hkun Lat/Getty Images
NUGによる「宣戦布告」以降、通信施設などの破壊に加えて銃撃戦や爆弾事件も各地で発生しており、ミャンマーの治安は悪化の一途をたどっているという。さらに少数民族武装勢力とPDFによる挙動作戦で軍の車列や詰所を攻撃する事例も報告されており、各地で戦闘が激化しているという。
対抗する軍は主要都市などで検問の強化や関係者の家宅捜索、身柄拘束を強めている。
また9月8日にはエーヤワディー地方域の村でスー・チーさんの「国民民主連盟(NLD)」関係者の自宅で爆弾が爆発し、関係者とその家族が負傷する事件も起きている。
地元メディアなどの報道によると、正体不明の男がバイクで小包を届け、しばらくして小包が突然爆発したといい、軍政側の人物による犯行とみられている。
NUGは今回の「宣戦布告」の中で「ミン・アウン・フラインを排除し、ミャンマーから独裁政治を永久に根絶し、平等が完全に守られ、国民が待ち望む平和的な民主主義を設立することを目指す」として最後に「私たちの革命は勝利する」と力強く宣言している。
▲写真 ミャンマー大使館の前でミン・アウン・フライン将軍の写真を燃やし軍のクーデターに抗議する群衆(2021年2月4日 タイ・バンコク) 出典:Photo by Lauren DeCicca/Getty Images
このように「ミン・アウン・フライン国軍司令官の排除、軍政の打倒」を最終目標に掲げていることから、国際社会や東南アジア諸国連合(ASEAN)などによる和平仲介、調停工などの各種働きかけも、実効性を持たせる道筋がより探りにくくなっているのは事実で事態はさらに複雑な局面になってしまったといえる。
各地で軍と武装市民、反軍政関係者、少数民族武装勢力との対立、衝突、事件が相次いでおり、ミャンマー情勢はますます混迷の度を深め、出口が全く見えない状況に陥っている。
トップ写真:ミャンマーのヤンゴンで起きた反クーデター抗議活動(2021年4月3日) 出典:Photo by Getty Images/Getty Images
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この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。