インドがミャンマー軍政に武器供給
大塚智彦(フリージャーナリスト)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」
【まとめ】
・ミャンマー軍政にインドが武器の部品を供給していることが明らかに。
・背景には、ミャンマーへの影響力を維持したいインドのナレンドラ・モディ政権の意向がある。
・ミャンマー活動家はインドの武器供与は「間接的にミャンマー市民らの殺害に関与」しているとして非難。
軍事政権による民主政権復活を目指して武装闘争を続ける市民らへの弾圧が続くミャンマーに対して、インドが武器の部品を供給していることが明らかになった。
これはミャンマーの反軍政運動を続ける活動家らのグループ「ジャスティス・フォー・ミャンマー(ミャンマーの為の正義=JFM)」が3月1日に発表した報告書「砲身供給を通じたミャンマー軍の暴虐へのインドの支援」に基づくもので、報告書によるとインドの企業「ヤントラ・インディア・リミテッド」社は2022年10月にミャンマー軍の122ミリ榴弾(りゅうだん)砲に転用される砲身20門を輸出している。
AFP通信によるとこの時ミャンマーに輸入された砲身は計33万ドル(約4500万円)で中心都市ヤンゴンにある「イノベイティブ・インダストリアル・テクノロジー・カンパニー・リミテッド」社が受領していた。
122ミリ榴弾砲は2022年12月のカチン州のバモーやパッカン郡区で起きた市民への無差別砲撃にも使用されている。
こうしたことからJFMでは「インド政府は直ちにミャンマー軍政への武器転用が可能な部品の供給を中止すべきだ」としている。JFMによるとインドは「国際武器貿易条約」の締結国ではないという。
★中国に対抗するインド
またJFMによるとインドの「サンディープ・メタルクラフト」社はミャンマーの警察が関係する民間会社に信管を販売した実績があるという。ミャンマーで信管を受領したのは「クリエイティブ・エクスプロレーション・リミテッド」という民間会社で同社は警戒監視用の製品も扱っており、軍政とは密接な関係にあるとみられている。
さらにミャンマー市民を支援する「ミャンマー特別諮問委員会(SAC-M)」の最近の報告でもインドの「ソーラー・インダストリーズ・インディア・リミテッド」社は2021年までにブースター、起爆キャップ、点火装置、電子起爆装置などをミャンマーに供給したことが明らかになっている。
このようにインドの企業が砲身の部品や信管などの「武器への使用や転用が可能な品」を供給し、それが軍政による武装市民抵抗組織である「国民防衛軍(PDF)」などとの戦闘に使用されている背景には、インド政府とミャンマー軍政の密接な関係があるという。
2021年12月にクーデターで実権を掌握したミン・アウン・フライン国軍司令官と会談するためインドのシュリングラ外務次官が首都ヤンゴンを訪問した。
会談でシュリングラ外務次官は、民主的な政権への復帰や、拘束された民主政府の指導者アウン・サン・スー・チーさんの釈放などを求めた。
こうした動きは軍政を背後で支える中国に対抗してクーデター後もミャンマーへの影響力を維持したいというインドのナレンドラ・モディ政権の意向が反映された結果とみられている。
インドはミャンマー西部のインド洋沿岸に地帯とインド北東部を結ぶ陸路のインフラ整備を進めており、軍政ともその事業の継続を確認して、ミャンマー国内のインフラ整備という経済的関係の維持とともに「武器供与」で中国対抗する姿勢を示しているのだ。
★インドは市民殺害に間接的に関与
JFMはインド政府並びに「ヤントラ・インディア・リミテッド」などの企業に対して武器や部品の軍政への供給は抵抗運動を続ける武装市民や無関係の一般市民への武力行使を続ける軍政を支援することになり「間接的に市民らの殺害に関与」していることになる、として直ちに供給を中止するように求めている。
ミャンマーの民主政治復活を求める人々を支援する国際的な独立組織「ミャンマー特別諮問委員会(SAC-M)」は2023年1月16日に発表した報告書の中でミャンマー軍政に対してライセンス生産を含めて武器や部品、製造技術やノウハウを提供してきた疑い、あるいはそうしたものが密かに転用された、密売された可能性がある国としてイタリア、ドイツ、シンガポール、イスラエル、韓国、北朝鮮、中国、ウクライナを挙げている。
国際的な監視や経済制裁が厳しくなったことから現在でも軍政に武器関連製品を「堂々と」供給しているのは中国とインドに限られているとみられている。
インドの「ヤントラ・インディア・リミテッド」社のツイートなどの情報によると今回の砲身供給は2022年5月に販売委託を受けて西ベンガル州にある「イシャポール・メタルスチール工場」で生産されたといい、今後もさらなる供給があり得ることを「ヤントラ」社は示唆しているという。
タイ・メーソットに本拠を置く人権団体「ミャンマー政治犯支援協会(AAPP)」によると3月1日までに軍政によって不当に身柄を拘束された市民は19954人に上り、殺害された市民は3073人となっている。
この中にはインド企業が供給した榴弾砲による攻撃で死亡した市民も含まれている。
トップ写真:ミャンマーの首都ヤンゴンの路上に見られる装甲車両。
2023年2月15日
出典:Photo by Hkun Lat/Getty Images
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この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。