ペロシ米下院議長の訪台
澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)
【まとめ】
・中国で第20回党大会を控える微妙な時期に、ペロシ米下院議長が訪台。
・習主席の第20回党大会再選を支持しないことを暗に示す動きとの見方も。
・ペロシ訪台は、米国が中国に投げた”クセ玉”だったのではないか。
今年(2022年)4月、ナンシー・ペロシ米下院議長(82歳。米大統領・副大統領に次ぐ米国のナンバー3)は、台湾を訪問する予定だった(現役議長としては25年ぶり)。しかし、コロナ再流行のため、ペロシ議長は訪台を断念したが、近頃、再びペロシ議長に、訪台の話が持ち上がった。
中国では、夏に北戴河会議、そして秋には、重要な第20回党大会が開催される。この微妙な時期に、議長は訪台を計画したのである。
本題に入る前に、中国での出来事に言及しておきたい。7月26日・27日、北京では習近平主席主宰の「第20回党大会を迎えるための特別セミナー」(ペン、紙、紙コップ、垂れ幕のない「4無」会議)が半年ぶりに開催(a)された
習主席は、自らの政権10年間の成果を「一里塚」とし、とりわけ2期目が「極めて異例で非凡」と自画自賛した(b)。そして、今後5年間は重要だと強調している。この演説は、次期任期のためのマニフェストと見る事ができよう。
翌28日夜、習主席はバイデン米大統領と電話会談を行った(c)。その中で、ペロシ議長のアジア歴訪、特に、訪台についても話し合われている。その際、習主席は大統領に「火遊びをすれば火傷する」と警告した。
ただ、両首脳とも台湾問題について、緊張感を高めるようなレトリックを避けた。これは、両国が国内の経済問題に苦しんでおり、台湾海峡の緊張に拍車をかけたくないという思惑があったからだろう。
時事評論家の秦鵬は、「習主席が先に退き、台湾問題については口を閉ざした」と指摘している(d)。また、習主席はバイデン大統領に「1つの中国」の原則を遵守するよう伝えたという。
一方、中国共産党の機関紙『人民日報』は、7月30日付第3面に、2本の論文を掲載した。一つは「米中関係を処理するためには、誤算を避けるようコミュニケーションを強化する必要がある」(e)だった。
米中は、両国民の基本的利益、世界の平和と安定、発展と繁栄を何よりも優先し、相互志向を堅持し、対話とコミュニケーションを維持し、互恵協力を強化し、相違を効果的に管理し、人為的に新しい矛盾と困難を作り出すことを避けよう、と主張した。
もう一つは、「両国関係を正しい軌道に沿って発展させる」(f)である。
この記事でも「世界が混乱する中、国際社会とすべての人民は、米中が世界の平和と安全を維持し、世界の発展と繁栄を促進するために主導的な役割を果たすことを期待する」と述べている。
両論考とも、穏やかな論調である。
さて、8月1日、米国家安全保障会議のジョン・カービー戦略広報調整官は、CNNとのインタビューで、ペロシ下院議長の台湾訪問は「(特別)珍しくない」し、最近の中国による周辺への脅威について「その理由がない」と語った(g)。
結局、ペロシ議長は、シンガポール・マレーシア訪問後、8月2日深夜、台北に到着した。
実は、ペロシ議長は、1991年、訪中した際、「6・4天安門事件」で「中国の民主化のために命を落とした殉教者に捧ぐ」という横断幕を掲げ、一時、警察に拘束されている(h)。
今回、ペロシ議長は「民主化」された台湾を訪問し、今秋の中間選挙で民主党の票獲得につなげたいという思惑が見え隠れする。
米在住の評論家、陳破空(i)によれば、ペロシ議長の訪台は、米国が習主席の第20回党大会再選を支持しないことを暗に示す動きだという。
実際、習主席は「ハード路線」も「ソフト路線」も採れない。
もし、習主席が「ソフト」路線を採れば、任期中に台湾を取り戻すと明言しているのにもかかわらず、中国の力を示せず、どうして台湾を奪えると言えるのか、という批判を浴びる。
一方、習主席が強気に出て、台湾海峡で戦争を始めても、今の中国の軍事力では、米主導の「反中国連合」に対抗できないだろう。
ひょっとして、ペロシ訪台は、米国が習主席に投げた“クセ玉”だったのではないだろうか。
〔注〕
(a)『中国瞭望』
「党の歴史上、前例がない!習近平の『四無会議』呼びかけのシグナルは?」
(2022年7月30日付)
(https://news.creaders.net/china/2022/07/30/2509879.html)。
(b)『rfi』
「自称第2期は並外れたものとする習近平の異例の演説、第20回党大会再選に向けての基調とする」
(2022年7月27日付)
(c)『中国瞭望』
「ロイター:バイデンと習近平、実はどちらも冷静になりたい、国内問題に苦悩」
(2022年7月28日付)
(https://news.creaders.net/us/2022/07/28/2509480.html)。
(d)『中国瞭望』
「言葉は厳しいが実際にはソフト 習近平が先に手を引く」
(2022年7月28日付)
(https://news.creaders.net/us/2022/07/28/2509488.html)。
(e)
(http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2022-07/30/nw.D110000renmrb_20220730_4-03.htm)。
(f)
(http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2022-07/30/nw.D110000renmrb_20220730_2-03.htm)。
(g)『阿波羅新聞』
「ペロシの台湾訪問は確実か? ホワイトハウス、初の支持表明」
(2022年8月2日付)
(https://www.aboluowang.com/2022/0802/1783713.html)。
(h)『中国瞭望』
「米メディアから高い評価:ペロシ氏の台湾訪問は政治人生の頂点になる」
(2022年7月28日付)
(https://news.creaders.net/us/2022/07/28/2509459.html)。
(i)『rfi』
「陳破空:ペロシが台湾を訪問するかは外交問題、中国共産党は軍事的脅威を与えるべきか」(2022年7月31日付)
(https://www.rfi.fr/cn/专栏检索/公民论坛/20220731-陈破空-佩洛西是否访台属于外交事务,中共军事威胁该不该)。
トップ写真:2022年8月3日、台北の総統府に到着し話すナンシー・ペロシ米下院議長(中央左)と、蔡英文総統(中央右)。
出典:Photo by Chien Chih-Hung/Office of The President via Getty Images
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この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長
1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。