在台米軍人数の拡大と北京の戦争準備

澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)
【まとめ】
・今後数か月に米国は台湾軍の訓練プログラム強化のため、部隊の駐留数を大幅に増加させる。
・米国の役割拡大は、中・露を牽制できる面と、中台関係の『レッドライン』となる面がある。
・中国は戦時体制への備えを進めているが、ジェスチャーに過ぎないのではないかとの見方も。
最近の『ウォール・ストリート・ジャーナル』の報道によれば、米国は今後数ヶ月の間に、台湾に100人から200人の軍隊を配備する予定(a)だという。ワシントンは、中国から台湾への脅威が高まる中、台湾軍の訓練プログラムを強化するため、同島における部隊の駐留数を現在(約30人)の4倍以上に大幅に増加させる。
また、米軍は台湾での訓練に加え、ミシガン州兵が数ヶ国との年次演習の際、ミシガン州北部のキャンプ・グレイリングなどで台湾人部隊の訓練も行う。
米政府関係者によると、台湾駐留軍の数を拡大する計画は数ヶ月前から進められており、2月以降の「中国偵察気球」騒動で米中関係がさらに悪化する前からその調整が始まっていたという。
近年、人民解放軍は台湾に軍用機や艦船を接近させ、侵攻型の演習を行うことが多くなってきた。昨年、ロシアによるウクライナ侵攻を受け、米国防総省は台湾に対し、「ヤマアラシ」戦略と呼ばれる、台湾攻略を困難にする戦術や兵器体系を採用するよう働きかけている。
実は、2021年、『ウォール・ストリート・ジャーナル』は、それまで公開されていなかった米小規模軍事特攻隊による台湾軍訓練を初めて報道した。当時、北京は台湾に対し自らの権益を保護する措置を取ると中国外交部が明言したが、具体的にどのような措置を取るかは明らかにしなかった。
軍事専門家の中には、「米国の大胆な行動だけが習近平主席の計算を狂わせ、自信を揺るがすので、米軍は台湾に少なくとも1500人の部隊の駐留をすべきだ」と主張する者さえいる(b)。
また、ランド研究所の政治学者、郭泓均は、台湾における米軍のプレゼンスが拡大することは、米国が台湾軍を訓練する機会を増やし、ロシアと戦うウクライナの兵士を支援する上でも非常に有効である、と分析した。
だが、郭泓均は、ワシントンが台湾への米軍人の派遣を拡大し、北京が台湾における外国軍人の存在を中台開戦の「レッドライン」と見なす危険性を懸念している。
他方、米国の政治学者、Ian M. Easton(易思安)は「中国共産党のいう『レッドライン』については、国際法上、何の根拠もない。『レッドライン』を主張する北京を過大評価することが、ワシントンにとって一番好ましくない」と考えている。
なお、台湾の「海峡安全保障研究センター」主任の梅復興は、「今まで米軍の台湾での訓練はほとんど特殊作戦部隊や精鋭部隊で行われていたので、“地味”に実行できた。それは、米政府のこれまでの『あいまい戦略』に合致していた」指摘している。
一方、習政権は、昨年10月の第20回党大会で「国防動員体制の改善」を提案して以降、各省市が“国防動員事務所”を設置し、国防動員や予備兵力の増強に取り組んでいる(c)。
昨年12月15日には、中国初の“国防動員事務所”である「福建省国防動員事務所」が開設された。同月28日、北京市では(人民防空弁公室を母体とする)「北京市国防動員弁公室」が設立されている。
台湾の国立政治大学国際関係研究センターの宋国誠によれば、中国共産党が各地に“国防動員事務所”を建設した狙いについて、動員権を地方レベルに委譲する、つまり戦時体制を整えることにあるという。そのレベルとは、物資、人員、装備などの集中的な派遣と管理である。
時事評論家の江峰は、中国共産党のこうした機関は非常に強力であると指摘した。最近、山東省では、すでに防空プロジェクト、防衛管制避難基地、新兵を教育訓練するためのレッスン基地の建設計画が進んでおり、山東省莱蕪市、広東省汕頭市では“国防動員事務所”が生産組織も担当しているという。
また、最近、習政権は「戦時刑事訴訟法」の適用を調整し、司法機能の強化を図っている(d)。北京が戦争準備のシグナルを発する動きは、台湾海峡で戦争が勃発した場合、当局が軍事管制を敷き、国内の軍事・民生不安に対処することが目的だという分析もある。
同法の規定によると、軍隊は戦時中の「刑事訴訟」―強制措置、申告、捜査、起訴、裁判、執行など―で司法機能を発揮することができるという。
ただし、このような北京の動きはいわゆる戦時体制に備えるためのものであり、現状では、実際の戦闘動員ではなく、威嚇やデモンストレーションなどのジェスチャーに過ぎないのではないかと一部専門家は見ている。
〔注〕
(a)『The Wall Street Journal』
「米国は台湾の駐留を拡大し、中国の脅威に対抗するため台湾軍の訓練を強化」
(2023年2月24日付)
(b)『万維ビデオ』
「故意に北京に『秘密を漏らす』 これは米国が行ったトリックである」
(2023年2月25日付)
(https://video.creaders.net/2023/02/25/2581488.html)。
(c)『中国瞭望』
「中国は各地に『国防動員弁公室』を設置し、専門家が内幕を暴露」
(2023年3月1日付)
(https://news.creaders.net/china/2023/03/01/2582625.html)。
(d)『万維ビデオ』
「中国人民は要注意! 北京は『戦時刑事訴訟法』を導入」
(2023年2月26日付)
(https://video.creaders.net/2023/02/26/2581753.html)。
トップ写真:台湾部隊が2日間の防御訓練を行う様子(台湾高雄市、2023年1月12日)
出典:Photo by Annabelle Chih/Getty Images
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この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長
1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。

