習近平主席の中央アジア歴訪
澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)
【まとめ】
・習近平主席は中央アジアを歴訪し、カザフスタンのトカエフ大統領やロシアのプーチン大統領と会談を行った。
・上海協力機構の首脳晩餐会には代役の王岐山国家副主席が参加した。
・習近平主席の不在中、中国国内では「ゼロコロナ政策」がらみの事件が起きており、本来“余裕”な時期のはずの渡航が“異例”の事態続きとなった。
既報の通り、今年(2022年)9月9日、中央政治局会議が開催された。
普通、同会議は、月の下旬に開かれる。前回、8月30日に開催されたが、今回、そのわずか10日後だった(a)。
政治局会議が上旬に行われるのは異例である。ただし、習近平主席渡航のため、時期が前倒しされたとも言えなくもない。
更に、共産党ナンバー3の栗戦書が外遊に出ていて、会議を欠席した。これも異例である。
さて、習主席の中央アジア歴訪時、様々な出来事が起きているので、紹介したい。
9月14日、習主席がカザフスタンを訪問した際、CCTVはそのニュースを単に読み上げただけだった。主席はテレビ映像に全く登場(b)していない。これは、国家元首の重要な対外行事として極めて異例で、主席就任以来、CCTVによる前例のない対応だった。
次に、習主席はマスクを着用して、カザフスタン側の出迎えを受けた(c)。トカエフ大統領をはじめカザフ側は、主席に敬意を示し、全員、マスクを着けていた。
けれども、トカエフ大統領は、習主席以外の首脳と接見する際、マスクを着けていなかった。同様に、同大統領と面会した海外首脳も、一切、マスクを着けていなかったのである。
翌15日、習主席はロシアのプーチン大統領とウズベキスタンのサマルカンドで会談を行った。プーチン大統領は冒頭で、「ウクライナ危機に関する中国の友人たちのバランスの取れた立場を高く評価する」(d)と述べた。一方、習主席は、中国はロシアと協力して「大国としての責任を果たし、激動する世界に安定をもたらす」考えがあると語った。
両首脳は、ロシア・ウクライナ戦争で生じた世界経済の不確実性の中、「激動する世界に安定を吹き込む」事を約束したという。
今年2月に行われた両首脳の会談で「無制限」のパートナーシップ開始が宣言された。だが、今度の会談を見る限り、将来、それが本当に実行に移されるのか、疑問符が付く。
同日、上海協力機構(SCO)の首脳晩餐会が開催されたが、習主席は欠席した(なお、インドのモディ首相も欠席している)(e)。
仮に、習主席がマスクなしで晩餐会に参加したら、主席自身が決めた防疫方針を覆し、「ゼロコロナ政策」の看板をおろす事態となる。
反対に、他の誰もマスクを着けず、習主席だけマスクを着けて参加していたら、笑い者にされ、マスクなしで過ごさなければならなくなっただろう。
また、習主席はどこででも威厳を保たねばならず、首脳間のリラックスした雰囲気の中に溶け込めなかったに違いない。
今回、習主席の渡航で重要なイベントと言えば、トカエフ大統領とプーチン大統領に会う事だった。ならば、王岐山国家副主席が主席の代役を務めれば十分だったとも考えられる。
さて、習主席の外遊中、国内で“事件”が起きた(f)。
第1に、かつて(2020年4月)、復旦大学付属華山病院感染科主任の張文宏医師(ウイルス学が専門)が、大規模なPCR検査は無意味だと言った事がある。習主席が推し進める「ゼロコロナ政策」の“全面否定”だった。ところが、主席不在中、なぜか、その動画がネット上に出回った。
第2に、第20回党大会後も「ゼロコロナ政策」を国家の基本方針として長期に維持するというニュースがいくつもの地方新聞で取り上げられた。しかし、それは“デマ”だった事が確認されている。おそらく「反習近平派」が偽情報を流したのではないだろうか。
そのためか、習主席は上海協力機構会議終了後、すぐにサマルカンドから北京へ戻った(g)。16日深夜である。ひょっとして、主席が急遽、帰国したのは、何か別の重大事案が発生したからかもしれない。本来、この“微妙”な時期の習主席渡航は“余裕”なはずではなかったか。
ところで、次期党大会後の11月8日、李克強首相がカンボジアを訪問し、同国で開催されるASEAN首脳会議に出席予定(h)だと伝えられた。これは、一体、何を意味するのだろうか。
〔注〕
(a)『中国瞭望』「10日後に開催された政治局会議:習近平の去就は隠された暗号か?」(2022年9月12日付)
(https://news.creaders.net/china/2022/09/12/2524813.html#comment)
(b)『万維読報』「決して空虚な話ではない 第20回党大会の謎が解けそうだ」(2022年9月17日付)
(https://video.creaders.net/2022/09/18/2526644.html)
(c)『中国瞭望』「習近平のカザフスタン訪問、CCTVは映像を出さない:なぜなら飛行機から降りる時…」(2022年9月14日付)
(https://news.creaders.net/china/2022/09/14/2525572.html)
(d)『The Washington Post』「習近平とプーチンが会談し、世界に『安定を注入する』ことを誓う」(2022年9月15日付)
(https://www.washingtonpost.com/world/2022/09/15/china-xi-jinping-putin-meeting-russia-ukraine/)
(e)『中国瞭望』「習近平、SCOサミット首脳晩餐会欠席 世論が逆転」(2022年9月16日付)
(https://news.creaders.net/china/2022/09/16/2526172.html)
(f)『万維ビデオ』「習総書記が裏庭を出るや否や『事故』…」(2022年9月15日付)
(https://video.creaders.net/2022/09/15/2525906.html)。
(g)『中国瞭望』「習近平は北京でのトラブルを恐れている? SCO会場から空港に直行し、深夜に帰国」(2022年9月16日付)
(https://news.creaders.net/china/2022/09/16/2526376.html)
(h)『中国瞭望』「何のシグナルか?第20回党大会後、李克強がこの国を訪問すると伝えられる」(2022年9月15日付)
(https://news.creaders.net/china/2022/09/15/2525850.html)
トップ写真:2019年9月11日に中国北京の人民大会堂で行われた会談冒頭の歓迎式典。習近平主席とカザフスタンのトカエフ大統領が閲兵している様子。 出典:Photo by Andrea Verdelli/Getty Images
あわせて読みたい
この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長
1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。