「ゼロコロナ政策」で落ち込む中国経済
澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)
【まとめ】
・新しい“節約志向”「ローコスト・ライフスタイル」は、中国経済への更なる脅威。
・極端な「ゼロコロナ政策」が消費低迷を招いた原因と言えるのではないか。
・医療、住宅、教育、交通への補助金による社会的セーフティネットを確立し、国民の貯蓄を減らす方向を目指す必要があるのでは。
周知の如く、習近平政権は、依然、都市部で厳しい「ゼロコロナ政策」を実施している。そのため、経済が回らない。
ここでは、いくつかの具体的な事例を挙げて、中国経済の現状を見てみよう。
第1に、中国の16歳~24歳の若者の失業率は8月に18.7%に達した(a)。特に、小売業や電子商取引業では多くの若者が“賃下げ”を余儀なくされている。主要38都市の平均賃金は今年第1四半期に1%減少した。そのためか、多くの若者は消費よりも貯蓄を優先する。
例えば、インフルエンサーのYang Jun(28歳。15万人以上のフォロワーを持つ)は、2019年にSNSで「低コスト研究所」を立ち上げた。Yangは支出を抑え、持ち物を中古品サイトで売って現金化しているという。また、Yangは、1日1杯のスターバックスコーヒーを飲む習慣をやめたと話している。
この新しい“節約志向”は、「ローコスト・ライフスタイル」を推奨するインフルエンサーによって増幅された。中国のSNSでは、最も生活費の高い上海で「1600元(約3万2000円)で1ヶ月暮らす方法」など節約術の議論で溢れている。
しかし、専門家によれば、こうした“節約志向”は、景気後退の一歩手前まで来ている中国経済(今年第2四半期の成長率が0.4%)への更なる脅威だという。
香港大学金融学科の陳志武教授は中国では「就職難と景気下押し圧力で、若者達はかつて経験したことのない不安感と不確実性を感じている」と指摘した。
第2に、中国経済の象徴とされる上海「陸家嘴」(未来的な高層ビル群で知られる上海の金融街)の現況で、経済の実態を垣間見ることができる(b)かもしれない。
特に、「正大広場」は「陸家嘴」の中心部に位置し、東方明珠タワーや大型ショッピングモールなどがある。だが、その中国1と称されるショッピングモールでは、3分の1の店舗が閉店してしまった。

▲写真 歩道橋に佇む上海市民(中国・上海、2022年6月6日) 出典:Photo by Hugo Hu/Getty Images
「ブルームバーグ」の最新調査によると、中国経済の減速は、コロナの流行が始まった2020年よりも深刻で、今年の成長率は過去40年間で2番目に低くなると予測されている。
第3に、9月10日の中秋節を迎え、本来なら商戦のピークを迎えるはずだった(c)。ところが、今年は商売が不調で、誰も月餅を買ってくれない。倉庫はあらゆる種類の月餅のギフトボックスでいっぱいである。
月餅だけでなく、ワイン市場も賑わう雰囲気はなかった。「杭州酌量国際」によると、今年の中秋の販売は昨年より少なくとも20%〜30%減少し、全国的にワインの販売は芳しくないという。
石家庄の酒家「悦酒軒」の創業者も「今年の中秋は早かったが、商売は遅れてやって来た。だが、基本的に動きがない」と話し、昨年と比べ、売上が50%以上減少するだろうという悲観的な見方を示した。
極端な「ゼロコロナ政策」が消費低迷を招いた原因と言えるのではないか。
10月16日開催の第20回党大会が近づくにつれ、地方政府は“ゼロコロナ”に全力を傾注している。8月下旬から少なくとも74都市、3億1300万人以上が完全または部分的にコロナ抑制管理下にあるという。
さて、9月7日、米ブラウン大学のシニア・リサーチ・フェローであるメーガン・グリーンは『フィナンシャル・タイムズ』に、中国経済は3つの「D」―負債(debt)、病気(disease=コロナ)、干ばつ(drought=食糧不足)―に脅かされている(d)という論考を寄稿した。
グリーンによれば、これらの要因は中国に壊滅的な影響を与える恐れがあるという。以下は、グリーンの説明と主張である。
中国では不動産部門がGDPのおよそ20~30%ほど寄与し、家計の富の70%、地方政府の歳入の60%、銀行融資の40%を占める。ところが、住宅価格は11ヶ月連続で下落した。また、住宅購入者は未完成物件の住宅ローン支払いをボイコットしている。そのため、30社以上の不動産会社がデフォルトに見舞われた。
中国は投資や不動産売買ではなく、消費によって成長を促進する。医療、住宅、教育、交通への補助金による社会的セーフティネットを確立し、国民の貯蓄を減らす方向を目指す必要があるのではないか。
一方、干ばつにより長江の水位は1865年の記録開始以来、最低となった。中国の電力供給の90%近くは大規模な水資源を必要とする。停電により工場の一時的な閉鎖が発生し、国内および世界のサプライチェーンが更に混乱する事態が起きている。
また、干ばつに見舞われた6つの地域は、昨年の米生産量の約半分を占めるため、今後、食糧供給への影響は大きいだろう。
〔注〕
(a)『中国瞭望』「若者はお金を使わないので、中国経済は瀕死の状態にある」(2022年9月19日付)
(https://news.creaders.net/china/2022/09/19/2527120.html)
(b)『万維ビデオ』「信じられない! 中国一の繁華街で3分の1の店舗が閉店」(2022年9月15日付)
(https://video.creaders.net/2022/09/15/2525963.html)
(c)『中国瞭望』「中国経済は3つの“D”の脅威にさらされている」(2022年9月8日付)
(https://news.creaders.net/china/2022/09/08/2523564.html)
(d)「中国の悲惨な“3D”を無視することは、世界的なリスクになりかねない」(2022年9月7日付)
(https://www.ft.com/content/87625ca1-e848-4a1e-9906-343a537ce9ea)
トップ写真:マスクを着用してバイクを運転する上海市民(中国・上海、2022年7月8日) 出典:Photo by Hugo Hu/Getty Images
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この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長
1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。

