無料会員募集中
.国際  投稿日:2023/3/6

中国農民工の厳しい現実と農村の“火薬庫”


澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)

【まとめ】

・第2、第3世代の農民工は、集団賃金未払い請求の試練を経験している。

・農民工が農村に集結すると、日常的に失業に直面することになる。

・農民工が不満を募らせれば、郷鎮政府が揺らぐことになるだろう。

 

中国国家統計局によれば、2021年の農民工(出稼ぎ労働者)2億9251万人で、2020年より691万人(+2.4%)増加した(a)という。他省市へ働きに出る農民工は1億7172万人で前年より213万人(+1.3%)増え、出身地にとどまる農民工は1億2079万人で、478万人(+4.1%)増加した。また、一昨年末、都市に住む農民工は1億3309万人で、前年比208万人(+1.6%)増加している。

さて、昨2022年末、農民工は賃金未払いという深刻な事態に直面(b)した。この問題は、新型コロナ流行下、習近平政権の「ゼロコロナ政策」の結果、深刻化している。

昨年12月29日、李克強首相は国務院農民工賃金滞納撲滅指導グループ全体会議で、二つの祭り(元旦と春節<旧正月>)が近づいているため、「農民工は春節までに自ら稼いだ賃金を受け取りたいという気持ちが強いので、引き続き保障をしっかりすべきだ」と指示した。

一般に、工場で働く若い労働者よりも、都市の建設現場で働く(農民工を含めた)年配の労働者が賃金の未払いを経験することが多い。これは若者がインターネットを使って自分たちの権利を守ることに長けていることと関係があるだろう。年配の農民工だとSNSを上手く活用できていないのではないか。

今年2月13日、中国共産党は「2023年中央委員会第1号文書」を発表し、「3つの農村問題」の解決を最優先課題とし、農村の活性化を進め、農業・農村の“近代化”の加速を強調(c)した。

習政権は、多くの農村出身の青年が農村に根付くことを奨励・支援している。そこで、一部の地方政府は中央政府主導の政策を導入(d)した。

例えば、四川省瀘州市江陽区は、起業のために保証融資をしたり、故郷に戻る農民工に対し職業訓練を推進したりしている。

河北省石家荘市は、農民工が故郷に戻って働く、あるいは起業するために、故郷に近い場所で、農民工の雇用促進権利保護など20項目の政策措置を導入した。

河南省は今年1月から3月にかけて、2023年「春風行動特別奉仕活動を開始し、農民工の就職や起業の支援に力を入れた。

ところで、例年、春節後、農民工の帰省ラッシュとなり、高速鉄道や長距離バスが過密状態になる(e)。沿岸部の大都市では職が見つからず、収入も少ないため、都市生活の重圧に耐えられないのである。

農民工の就職難は、(1)外国人投資家が次々と撤退している、(2)民間企業も受注が途絶え、たとえわずかな受注があってもコスト上昇と販売価格下落で消滅の危機に直面している等からである。

実は、「改革・開放」以降の40年間で、農民工の生活と意識は激変した。彼らは“都市化”し、中には都市で家庭を持つ者もいる。他方、農耕生活を送るという気持ちがない。

農民工はきちんとした服を着て、普通の都会の若者のように振る舞い、ファッショナブルである。現在、彼らの多くは農作業のやり方を知らないし、重労働に耐えることもできない。

第2世代、第3世代の農民工は、都会で“都市化”の洗礼を受け、インターネット情報を入手し、集団賃金未払い請求の試練を経験している。この血気盛んな農民工がいったん農村に集結すると、日常的に失業に直面するだろう。そこで、地方政府に説明を求めるに違いない。これは、いわば地方に大量の火薬庫を建設することに等しく、一つの火花が大規模な爆発を引き起こす可能性がある。

このような状況下では、村の役人が行政をサボり、農民工が不満を募らせれば、郷鎮政府が揺らぐことになるだろう。やがて、地方の火薬庫は次々と爆発し、中国共産党政権の崩壊は地方から始まるのではないか。農民工の故郷への帰還はその前兆であり、郷鎮政府は真っ先に崩壊するかもしれない。

ちなみに、目下、中国の地方政府は未曾有の財政難(f)に陥っている。2022年、地方政府の債務は7兆3676億元(約145兆1400億円)過去最高を記録した。同年の地方政府債務残高は35兆1000億元(約691兆4700億円)、年間支払利息は初めて1兆元(約19.7兆円)を超えて1兆1200億元(約22兆0600億円)となり、年間20.8%の増加となった。

 

〔注〕

(a)『国家統計局』「2021年農民工モニタリング調査報告書」(2022年4月29日付)

http://www.stats.gov.cn/tjsj/zxfb/202204/t20220429_1830126.html

(b)『中国瞭望』「今年の中国農民工の辛さはどれほどか? 賃金の欠配は非常に深刻だ」(2022年12月31日付)

https://news.creaders.net/china/2022/12/31/2562607.html

(c)『中華人民共和国中央人民政府』「2023年中央1号文書公布2023年農村振興重点事業を全面的に推進することを提案」(2023年2月13日付)

http://www.gov.cn/xinwen/2023-02/13/content_5741361.htm

(d)『VOA』「帰郷?職場復帰?パンデミック後、岐路に立った中国農民工」(2023年2月17日付)

https://www.voachinese.com/a/kelly-the-multiple-discissions-faced-by-china-s-migrant-workers-after-the-epidemic-02162023/6965848.html

(e)『中国瞭望』「農民工の大量帰郷は、中国共産党の基層が真っ先に崩壊する前兆」(2023年2月26日付

(https://news.creaders.net/china/2023/02/26/2581647.html)

(f)『菱傳媒』「問題点を見る/中国の債務が暴風に形を変え、危機に陥る! 強く推し進めた『動態的ゼロコロナ政策』が経済の地雷になる」(2023年2月6日付)

https://rwnews.tw/article.php?news=7001

トップ写真:春節のために鉄道で故郷に帰る農民工たち。(中国・チチハル、2018年2月13日)出典:Photo by Tao Zhang/Getty Images




この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長

1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。

澁谷司

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."