ロシア・ウクライナ戦争に苦しむモルドバ
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2022#46」
2022年11月21-27日
【まとめ】
・モルドバ共和国東部には事実上の「独立国」が存在し、ロシアが支持、ロシア軍がプレゼンスを維持している。
・ウクライナ電力網に対するロシアのミサイル攻撃でウクライナ側電力が不安定となり、繋がっているモルドバで大停電が起きた
・ポーランドやルーマニアだけでなく、モルドバ共和国もロシア・ウクライナ戦争で苦しんでいる。
今週の原稿は3日遅れの24日未明にChisinauで書いている。Chisinauを何と読むか、皆さんはご存知だろうか。Chisinau(キシナウ)とはモルドバ共和国という、ウクライナとル―マニアに挟まれた人口260万の小国の首都だ。なぜ今モルドバなのかって?筆者が外務省を辞めて以来、どうしても訪れたい国の一つだったからだ。
モルドバ東部には、誰も承認はしていないが事実上の「独立国」が存在する。その「独立国」には名称が二つある。一つは「沿ドニエストル共和国」、もう一つが「トランスニストリア」、前者はロシア語のPridnestrovie、「ドニエストル川」に「沿った」地域を、後者はドニエストル川のルーマニア語「ニストリア」を「越えた」地域を意味するそうだ。
前者は明らかにロシア側から見た呼び名であり、後者はルーマニアからの発想である。ロシアはこの「独立国」を事実上支援し、同地に巨大なロシア軍プレゼンスを維持している。今回は、この地を含め、ウクライナ戦争勃発後のモルドバがどうなっているかを、どうしてもこの目で確かめたくなって、駆け足でやって来たという訳だ。
モルドバは近いようで遠い。トルコ航空でイスタンブールへ飛んだが、朝のキシナウ便は欠航となった。次の便までラウンジで待っていたら、全身黒ずくめながらヒジャーブから黒髪を大胆に見せる女子高生の集団に出会った。聞けばイラン人だという。「私たちは自由のため戦っているのよ」と宣った。なるほど、ここは中東なのだ。
到着後は大使館の支援でモルドバ政府高官に会えたが、会見場所は何と大停電、交通信号まで長時間止まり、キシナウ市内は大混乱となった。聞けば本日のウクライナ電力網に対するロシアのミサイル攻撃でウクライナ側電力が不安定となり、そこに繋がっているモルドバで大停電が起きたのだという。戦争の影響はここまで来たか。
モルドバ経済・社会は過去数年間、コロナ禍に始まり、ウクライナ戦争と難民流入で更なる大打撃を受けている。ロシアは対モルドバ・ガス供給を半減させ、価格も大幅に引き上げた。燃料費やガソリン価格は急騰し、電力不足で電力網をウクライナ、続いてルーマニアに繋いだが、それでもモルドバは慢性的な電力不足だという。
会談が終わってから、停電が続く闇の中を「トランスニストリア」との「国境」なるものを見に行った。大渋滞の中でキシナウから一時間半車で走り「検問所」に着いたが、そこから「独立国」は遠くて見えなかった。それでも、この緊張感は確かに「国境」だ。この先に巨大なロシア軍プレゼンスがあるかと思うと、気分は穏やかではない。
戦争当事国ウクライナの隣国というとポーランドやルーマニアのことばかり報じられるが、この戦争はモルドバをも確実に苦しめていることが今回良く分かった。モルドバ高官の「ウクライナはモルドバを守ってくれている」という言葉が忘れられない。幸い日本はモルドバにもきめ細かい援助をしているようで、先方からは大変感謝された。
このまま書いていると夜が明けそうなので、今回はこのくらいにしておこう。明日は早朝からイスタンブールに戻り、乗り換えてベオグラードに向かう。昔はユーゴスラビアの、そして今はセルビアの首都である。セルビアについては来週書こうと思う。今回の出張の詳細は来週のJapanTimesと産経新聞のコラムをご一読願いたい。
トップ写真:モルドバのキシナウで国会議事堂のモルドバ国旗に集まる人々(2015年3月8日) 出典:Photo by Carsten Koall/Getty Images
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。