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.国際  投稿日:2023/5/8

東欧、ウクライナ産穀物に反発


村上直久(時事総研客員研究員、学術博士/東京外国語大学)

村上直久のEUフォーカス

【まとめ】

・露禁輸妨害に対抗し、EUはウクライナ産穀物の輸入関税免除など優遇措置実施。

・穀物一部がEU域内で安価に売りさばかれることにより、域内農民が窮地に追い込まれている。

・一部国家がウクライナ産農産物の輸入を一時的に停止。

 

ポーランドやルーマニアなど欧州連合(EU)加盟の東欧諸国は、ロシアに侵攻されているウクライナに連帯し、軍事、経済面などで支援している。ロシアの矛先はウクライナの次には東欧に向かうのではないかとの恐れも背景にある。

しかし、ここに来て厄介な問題が生じて来た。欧州の穀倉地帯とも呼ばれるウクライナはロシアの侵攻以前から中東、アフリカ諸国に大量の穀物を輸出してきたが、ロシアが黒海経由の輸出を妨害し始めたので、多くのウクライナ産穀物はポーランドやルーマニアなどを経て中東、アフリカに輸送されるようになった。

そしてこうした穀物の一部がポーランドなどEU域内で安価に売りさばかれ、域内農民が経済的に苦境に陥るという事態が生じた。EUはウクライナと東欧諸国の間で板挟みとなった。EU欧州委員会はとりあえず、被害を受けた東欧諸国の農民に対して損害を補填するため緊急補助金を許与する

◇支援の代償

ウクライナから中東、アフリカへの穀物輸出はロシアの妨害で昨年の一時期、全面的にストップし、エジプトなどウクライナ産穀物の輸入国は主食用の小麦などが十分確保できず、食料事情が大幅に悪化した。

こうした中で、国連やトルコの仲介もあり、黒海経由の穀物輸送が再開した。しかし、ロシアによる事実上の禁輸以前の水準は回復できなかったので、トラックや列車を利用した陸路やドナウ川のバージなどを使った東欧経由ルートの重要性が増してきた。

しかし、そこに落とし穴があった。EUはウクライナへの経済支援の一環として域内への同国産穀物の輸入関税を免除するなど優遇措置を講じたので、販売価格が低下。わざわざ中東、アフリカまで運んで販売しなくてもEU諸国で売れば、輸送費などのコストを節約でき、その分儲けが膨らむ。

ただ、ポーランドなどの国内産穀物はその分だけ売れなくなる。東欧諸国の農民はこうした事態に怒り、抗議デモが頻発するようになった。ポーランドとハンガリーは4月15日、穀物をはじめとするウクライナ産農産物の輸入を6月15日まで一時的に停止すると発表。スロバキアやブルガリアもあとに続いた。

ウクライナ支援でEU諸国は団結してきたが、その余波で、東欧の農民が窮地に追い込まれ、生き残りがかかる問題となってきたので、団結にひびが生じかねない状況となった。

米紙ニューヨーク・タイムズは、こうした状況は東欧諸国において、ロシア寄りの姿勢を示す極右グループの伸長につながるかも知れないとの見方を報じている。ポーランドでは来年、議会選挙が予定されおり、ルーマニアとスロバキアでも選挙が迫っている。EU内で、東欧諸国はこれまでウクライナ支援で先頭に立ってきたと言っても過言ではないだろう。

ポーランドルーマニア、スロバキアはこれまでウクライナに対して武器の供与に加えて、兵士の訓練も行ってきた。こうした中で欧州委は、東欧諸国における政治的緊張を和らげるために損失補填目的でポーランドなど東欧5カ国に1億ユーロを供与するが、実効性は不透明だ。

◇ロシアの出方も注目

ロシアの動向からも目が離せない。黒海を経由する輸出の今後が見通せない。国連とトルコが仲介したウクライナ産穀物のための取り決めはこれまで2回延長されたが、早ければ5月中旬にも期限が来る。ロシアはこの問題を政治化し、外交的取引材料として使っている。ロイター通信によれば、ロシア外務省は欧米がロシアの農産物輸出への制限を見直さない限り、5月18日以降の延長はないと主張しているという

たとえ取り決めが延長されても、中東、アフリカなどにおける食料品不足は解消しない。ウクライナからのと穀物船の出港回数は昨年、取り決めにもかかわらず、前年から半減したと国連貿易開発会議(UNCTAD)は報告している。

春が到来し、トウモロコシなどの作付け時期が迫っている中で、東欧諸国の農家では穀物エレベータ―には昨年収穫分が大量に売れ残っており、山積みになっているという。

こうした中で、欧州委関係者は、ウクライナ産穀物輸出問題が解決しなければ得をするのはロシアだとして危機感を強めている。

(了)

トップ写真:小麦をコンバインで収穫する様子(2022年8月5日 ウクライナ フメリニツキー)出典:Photo by Alexey Furman/Getty Images




この記事を書いた人
村上直久時事総研客員研究員/学術博士(東京外国語大学)

1949年生まれ。東京外国語大学フランス語学科卒業。時事通信社で海外畑を歩き、欧州激動期の1989~1994年、ブリュッセル特派員。その後,長岡技術科学大学で教鞭を執る。


時事総研客員研究員。東京外国語大学学術博士。

村上直久

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