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.経済  投稿日:2022/12/12

地銀が直面するゼロゼロ融資の後遺症


佐々木倫子(文筆家/金融アナリスト)

「佐々木倫子の世の中診断 ~人新生を生き抜くヒント~」

 

【まとめ】

・25年前、三洋証券、北海道拓殖銀行(拓銀)、山一証券が相次いで破綻し、世界の金融界に衝撃を与え、日本の金融機関の信用は失墜。

・2016年に日本銀行が導入した「マイナス金利」により、ここ数年、地方銀行を取り巻く環境は厳しい状況。

・地方銀行が地域に密着し海外展開の仕組みを作れば、地域の雇用の創出や後継者育成にもつながり、地方銀行の利益や地方の底力の引き上げ、地域の活性化となるだろう。


1997年11月は日本のみならず世界の金融界にとって忌まわしく、忘れられない月だった。ちょうど今から25年前になるが、日本では三洋証券、北海道拓殖銀行(拓銀)、山一証券が相次いで破綻し、多くの人に衝撃を与えた。拓銀は都市銀行、さらに山一証券は四大証券の一つであったため、日本の金融機関の信用は失墜し、海外の金融市場からお金を借りる(資金調達をする)際の金利が最大で1%増しとなる「ジャパン・プレミアム」が一時的に発生する事態に陥った。他方、海外では韓国が通貨危機に陥り、国際通貨基金(IMF)に救済を求めた月でもある。

当時、山一証券の野澤正平社長は記者会見で涙ながらに「私ら(経営陣)が悪いんであって、社員は悪くありませんから。どうか社員のみなさんに応援をしてやってください。お願いします。私らが悪いんです」と懸命に訴えた姿が鮮明に蘇る方も多いのではなかろうか。

私は地方銀行の秋田銀行からキャリアをスタートさせ、米金融大手・シティバンクに入社したのが1997年だった。私の入社後に続々と拓銀や山一証券からシティバンクに入社してきた人々がいたことは記憶に新しく、あれから25年も経ったのかとしみじみ思う。

そんなことから、私は金融機関を取り巻く環境を定期的に観察してきた。特にここ数年、気になるのは、金融危機への懸念が高まっていることだ。中でも、地方銀行を取り巻く環境は特に厳しい状況に置かれており、私は危惧している。

最大の要因は2016年2月16日に日本銀行が導入した「マイナス金利」だ。金融機関は日本銀行(日銀)に決済用の当座預金を保有しており、金融機関同士や日銀・国との決済、さらに現金(日銀券)の引き出しに用いられる。この当座預金には原則として利息は付かないが、当座預金に預けた一定額以上の残高に対して年率で0.1%徴収されるのが「マイナス金利」だ。導入から6年10カ月あまり経過したが、今年の9月にスイスがマイナス金利を終了したことから、日本は世界の主要国の中で唯一のマイナス金利を実施している国となった。この政策は住宅ローンなどの借入金利の低下や、預金利息がほぼゼロの状態を生み出し、金融機関は収益悪化に苦しんでいる。

さらに、地方の高齢化や人口減少は、借り手の減少に追い打ちをかける。11月22日付の毎日新聞に掲載された、地方都市の人口減少問題に詳しい岩手県知事や総務相を務めた増田寛也氏へのインタビューでは消滅可能性都市に関して厳しい結果が示されている。

増田氏は国立社会保障・人口問題研究所(社人研)が2015年の国勢調査を基に2018年に発表した人口予測から消滅可能性都市を改めて算出。その結果、2014年の公表分より該当する自治体が31増え、合計で927自治体となったという。これは、2014年の公表時に境界線付近に位置した過疎地域となる自治体が、軒並み消滅可能性都市になったことを意味する。

その一方で、コロナ禍により思わぬことで収益が改善する事態が起こった。それは、売り上げが減少した企業に実質無利子・無担保で融資する「ゼロゼロ融資」の実行だ。

この融資は、低金利に喘いでいた地方銀行をはじめとする金融機関を一時的に救うことになった。「ゼロゼロ融資」とは、利子を各都道府県が負担し、融資先の返済が行き詰った場合には信用保証協会が肩代わりする仕組みで、政府がそれぞれを財政面で支えている。

読売新聞が今年秋に帝国データバンクと共同で行なった調査によるとコロナの感染拡大が本格化する前の2020年3月期、上場する地方銀行の70%以上が減益・赤字決算だったが、融資が拡大した2021年3月期では減益・赤字の地銀の割合が50%弱にまで低下した。さらに2022年3月期には、減益・赤字が16%にまで減る一方、増益や黒字に転換した地方銀行が84%を占めたという。

これは、企業の倒産を一時的に助けた良い側面がある一方で、業績が回復しなければ過剰な債務を抱え、さらなる苦境に追い込まれる可能性もあるのだ。東京商工リサーチが9月30日付で発表した企業の借入金に関する調査では、すでに過剰債務の状態が続いている厳しい現実が明らかとなっている。 

「ゼロゼロ融資」は借り主が返済できなくとも債務が弁済されるため、通常の融資審査が通らないような企業でも融資が実行されたケースが多いようだ。昨年から元本の返済が本格化しているが、新たな借り換えを申請するも、融資が通らないケースが出てきている。

今後、返済が履行されず信用保証協会が肩代わりすることは、その銀行が企業に貸している「プロパー融資」の返済が出来ず、倒産に追い込まれ不良債権化する可能性が高まる。それは、最終的に銀行が貸倒引当金を増加させ、収益悪化につながることを意味する。現在、特に地方銀行ではアメリカを中心とした金利上昇から外国債券(外債)を中心とした含み損が増加しており、経営がさらに厳しい状況に追い込まれることにもつながるのだ。

このように地方銀行を取り巻く環境はかなり厳しいものがあるが、25年前の悪夢が再び起きないためには早急に対策を講じることが重要だ。何といっても地元の情報収集能力の高さと、取引先のネットワークを築いていることは地方銀行の強みである。

海外には日本の安心・安全な食品や製品に魅力を感じている人も多く、かなり高い価格であっても購入している。地方銀行が音頭をとって、地域に密着しつつ海外展開の仕組みを作り組織化すれば、その地域にしかない特産物や伝統工芸品を高値で販売することができ、雇用の創出や後継者の育成にもつながるのではないだろうか。最終的に、その地方銀行の利益や地方の底力の引き上げ、さらなる地域の活性化となるだろう。

トップ写真:山一証券の金融危機(1997年11月25日)

出典:Yamaguchi Haruyoshi/Sygma via Getty Images




この記事を書いた人
佐々木倫子文筆家/金融アナリスト

日系銀行、シティバンク、日興シティ信託銀行の勤務や、ITベンチャー企業でのIR・広報などを経て、金融に強みを持つライターとして活躍。過去の歴史や経緯を含めた執筆を得意とし、食等幅広い分野の執筆も手掛ける一方で、政治、経済を中心としたコラムに関わる仕事やキー局のラジオ番組制作にも従事。さらに、日本ウズベキスタン協会理事として中央アジア・ウズベキスタンと日本の友好にも尽力しており、ウズベキスタンの国営放送に出演した経験もある。



これまでのキャリアで培った金融の知識と、企業経営の視点、ニュースを複合的に織り交ぜたファンダメンタルズ分析を得意とし、最先端の取引環境を提供するFXブローカーを表彰するGlobal

Forex Awardsを連続で受賞しているFXブローカーのアナリストとして金融マーケット分析コラムの執筆経験あり。



また、銀座の老舗商店主の方々と共に、古き良きものの継承にも携わっている。

趣味は、読書、おいしいものを食べる、着物、日本の伝統音楽(一中節など)、銀座散策など



Twitter: https://twitter.com/Nolita21

佐々木倫子

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