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.国際  投稿日:2022/6/11

中国漁船百隻、比海域で違法操業


大塚智彦(フリージャーナリスト)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

・南シナ海域で中国漁船百隻が違法操業、フィリピン政府が中国に抗議。

・ボンボン・マルコス氏の大統領就任式という政治日程が関係か。

・アジア太平洋の安全保障を担う日米などの警戒感を高める状況となっている。

 

南シナ海のフィリピンが領有権を主張する海域で中国の漁船100隻が違法に操業していることが判明、フィリピン政府が中国に抗議する事態になっている。

これはフィリピンメディアや米系メディアが6月9日から11日にかけて一斉に伝えたもので、南シナ海南沙諸島にあるフィリピン西部パラワン島に近いジュリアンフェリペ礁周辺で中国の漁船約100隻が違法に操業していたという。

ジュリアンフェリペ礁はユニオン堆にある最大の環礁で干潮時に露出する礁でフィリピンの他に台湾、ベトナムも領有権を主張しているがフィリピンの「排他的経済水域(EEZ)」内にあり、無断で操業することは違法としている。

フィリピン外務省は「同海域への中国漁船の集結は1982年の国連海洋法条約、2016年の南シナ海領有権に関する仲裁裁判所の裁定など国際法に反する行為であり、さらに南シナ海での行動の自制を記した2002年の南シナ海行動宣言第5条にも反する」と指摘したうえで「中国漁船のこうした行動は不法であるだけでなく地域の不安定化の要因ともなっている」と中国に厳しく抗議した。

また4月8日にドゥテルテ大統領が中国の習近平国家主席行った電話会談で「南シナ海に関するいかなる企ても自制し、平和的な相互対話を通じて問題解決に取り組む」としたことをフィリピン側が取り上げ「両首脳の電話会談後も中国は国際法を破り続けた」と非難し、中国の不誠実さを指摘した。

中国は南シナ海の大半を自国の海洋権益が及ぶとする「九段線」を一方的に宣言して実効支配や軍事施設の建設を進めて国際的な批判を浴びているものの一向に意に介さず独自の理屈や方便、いい訳で行動を正当化する事態が続いている。

★ 比の新政権誕生をにらんだ行動か

 今回判明したジュリアンフェリペ礁付近海域への中国漁船の集結は、2021年に同海域で中国漁船約200隻が違法操業し、フィリピン政府が抗議した事案の再来である。

中国側が抗議を受けて漁船の姿が一旦は消えたものの2022年4月には100隻規模の漁船が操業を再開するなど「イタチごっこ」のような状態がつづいている。

 中国側のこの時期の行動には5月9日に投票されたフィリピン大統領選でマルコス元大統領の長男、フェルディナンド・マルコス・ジュニア(愛称ボンボン・マルコス)氏が当選し、6月30日に大統領就任式が予定されるというフィリピンの政治日程が関係しているのではないかとみられている。

 新大統領に選出されたマルコス氏はこれまでのドゥテルテ大統領による南シナ海問題への対応を引き継ぎ、「表向きは強硬だが実際には現状維持」という「あいまい戦略」を貫くものとみられている。

 そのため今回も厳しい抗議を中国に突き付けながらもそれ以上の行動は自制するというこれまでの姿勢を維持する可能性が高い。

 フィリピン経済には経済支援、大規模インフラ整備、投資などの中国マネーが必要なことも背景にあるのは間違いないとの見方が有力なのだ。

 マルコス氏は6月9日に米のウェンディ・シャーマン国務省副長官とマニラで会談してインド太平洋での航行の自由と安全というこれまでの主張を相互に再確認した。

写真)米比合同軍事演習「バリカタン」 フィリピン・カガヤン州クラベリア 2022年3月11日

出典)Photo by Ezra Acayan/Getty Images

★ 米などの「航行の自由作戦

 中国の一方的主張に対し米英オーストラリアなどは南シナ海の国際法上で公海にあたる海域で自国の海軍艦艇、空軍航空機などによる航行である「航行の自由作戦」を繰り返し実施し、「九段線」を侵犯しているとする中国政府が反発する事態となっている。

 最近中国は3隻目の空母建設や南シナ海を超えて沖縄周辺海域を通過して太平洋での軍事演習を行うなど、存在感をアピールしているが、同時にアジア太平洋の安全保障を担う日米などの警戒感を高める状況となっている。

 さらにウクライナに軍事侵攻したロシアの空軍機と中国空軍機が共同で日本周辺を飛行するなど南シナ海だけでなく日本を取り巻く安保環境でも中国による緊張が高まっている。

写真)米比合同軍事演習「バリカタン」 フィリピン・カガヤン州クラベリア 2022年3月11日

出典)Photo by Ezra Acayan/Getty Images

 




この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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