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.国際  投稿日:2022/5/26

比、南沙諸島周辺にブイ設置


大塚智彦(フリージャーナリスト)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

・フィリピンが、中国と領有権を争う南沙諸島周辺海域に、自国権益を明示する航法ブイや警戒監視拠点を設置した。

・中国は「九段線」を一方的に宣言しており、他の東南アジアの国とも領有権争いが生じている。

・当選を確実にしたボンボン・マルコス氏による新政権の対中政策に注目が集まる。

 

 フィリピンの沿岸警備隊は2022年5月24日までに中国が一方的に海洋権益を主張して領有権争いとなっている南シナ海の南沙諸島周辺海域にある「フィリピン領」の島や環礁周辺に自国権益が及ぶ海域を示すブイを新たに設置するとともに、3カ所の島に警戒監視の拠点を設けたことを明らかにした。

 これまでのところ中国は公式に反応していないが、今後フィリピンに対してさらなる圧力がかかることも予想されている。南シナ海では中国が一方的に自国権益の及ぶ範囲として「九段線」を宣言し、島に軍事施設を建設、環礁には埋め立て工事を行うなどして実効支配を拡大し続けておりベトナム、ブルネイ、マレーシア、フィリピン、台湾との間で領有権争いが生じている。

 こうした状況にインド太平洋の安全保障問題に深いコミットメントを表明している米や豪などは海軍艦艇や航空機による国際海域である「九段線」海域内への「自由な航行作戦」として航行を続けるなどして中国を牽制し続けている。

★ブイに加えて監視拠点も設置

 比海保のアルテミオ長官によると、5月20日に海保は12日から14日にかけて南沙諸島周辺に位置するラワック島(ナンシャン島)、リーカス島(西ヨーク島)、パローラ島(ノースイースト島)、パグアサ島周辺海域など5カ所に航法用ブイを設置したことを明らかにした。

航法ブイは長さ約9メートルでフィリピン国旗が表示されているといい「これらの航法用ブイ設置によりフィリピンの主権を内外に示すことができる」と海保では評価している。

 また17日にはラワック島、リーカス島、パロール島に警戒監視の拠点を新たに設けたことも明らかにし、周辺海域での外国船舶の動きや海難事故、捜索救難支援などの警戒監視の任務を負うことになったという。

 こうした動きに対してこれまで中国をはじめとする周辺国からの公式の反応はないとしているが、今後中国がこうした島への接近やブイの排除などの妨害行為に出ることも十分に予想され、比海保では当該海域での警戒を強めているという。

★中国海警局船舶による妨害事例

 これまでフィリピンが実効支配する最大の島であるパグアサ島周辺海域には中国やベトナムの漁船、中国海警局艦船などが異常接近して「フィリピンの領海に侵入」してきた事案が複数報告されているという。

 また2021年11月にはアユンギン礁(第2トーマス礁)にあるフィリピンが座礁させた艦艇に駐在するフィリピン軍海兵隊兵士らに生活物資を補給しようとしたフィリピンの一般船舶2隻に対し、中国海警局船舶が接近して放水銃で礁への接近を妨害し、2隻は礁に接近できず引き返すような実力行使の事例も実際には起きている。

 この時はフィリピン政府が中国に対して厳重な抗議を行ったが、中国側は「自国の管轄内での法の執行」と放水による妨害を正当化するのみだった。

★対中警戒だけではない航法ブイを強調

 今回のフィリピンによる航法ブイの設置について比海保は「この航法ブイには特殊な係留装置が備えられ、夜間のランプ、衛星経由のモニターシステムが搭載され、ブイが収集したデータはマニラの海保本庁に送信できるようになっている」と高性能の装置が装備された航法ブイであることを強調。

 そのうえで「この航法ブイは周辺海域での一般商船などの航行安全、海難事故の際の捜索救難、海洋の環境保全に資することができる」として対中警戒だけが任務ではないことも明らかにして関係国の理解を求めている。フィリピン人権委員会はブイや警戒監視拠点の設置に関して「いかなる国もフィリピンの漁民による自国権益のある海域での操業を妨げることはできない。今回の航法ブイ設置はフィリピンが関係周辺国に対して自国権益を保護し、自由の島を守り抜くという強い意志を表したものである」とその意義を強く示した。

写真)選挙前の最後の選挙集会で支持者に訴えかけるボンボン・マルコス候補 22022年5月7日フィリピンマニラ パラニャーケ

出典)Photo by Ezra Acayan/Getty Images

5月9日の大統領選投票で開票率99%の時点で次期大統領への当選を確実にしている独裁者マルコス元大統領の長男フェルディナンド・マルコス・ジュニア(愛称ボンボン・マルコス)候補はまもなく任期が切れる現職のドゥテルテ大統領による対中融和策を継続する可能性が高いといわれている。

 だが、それはあくまで経済面での融和であり、南シナ海の領有権問題は「表向きは強硬だが、その内実は現状維持」という、いってみれば優柔不断な立場にドゥテルテ大統領は終始してきた経緯がある。今回の航法ブイや警戒監視拠点の設置がフィリピンの新たな対中姿勢を示すものなのか、今後のボンボン・マルコス氏による新政権の舵取りが内外からは大きく注目されている。

トップ写真)南シナ海沖での米比軍事演習(2022.3.31)

出典)Photo by Ezra Acayan/Getty Images




この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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