NY初「娯楽用マリファナ販売店」オープンの裏側 その2
柏原雅弘(ニューヨーク在住フリービデオグラファー)
【まとめ】
・「無許可大麻販売店」の営業は違法ではない。
・取り締まりの管轄は警察から保安官事務所に移った。
・無免許店で売られている大麻成分含有食品は安全性に問題ありとの指摘も。
「NY嗜好用大麻合法化で初の販売店開店」は日本でも、割と広く報道されたらしいので、そのニュースに触れた方は「NYで大麻販売が合法化されたという報道からずいぶんと経ったけれど、やっと1軒目の店がオープンか」と思われた方も多いと思う。
実際にはとんでもないことになっているのでその実態をご紹介したい。
市内を数分も歩くと、街角の至るところに「Smoke Shop」と書かれた店舗があることに気が付く。本当に至るところにある。そして、この「Smoke Shop」のほぼ全ては「無許可大麻販売店」なのである。
感覚的には多くが、ここ1年あまりで次々と開店し、それが、私の住む、小さな地元商店街にだけでも、徒歩7〜8分圏内に6軒も存在する。NY市の中心から外れた、私が住む地域の商店街でこういう具合なので、ニューヨーク市全体ではどのくらいの「無許可販売店」が存在するのか。
100軒?200軒?おそらくそれどころではないだろう。想像もつかない。
ただし、ややこしいのだが、それらの店は合法的な販売許可こそ持っていないが、店舗の営業そのものは違法ではない。
無免許ということで、当局による摘発も可能だが、現在は、マリファナに関すること、そのものは合法なので、無許可販売だけでは刑事罰もなく、相当な数の犯罪事実でも無い限り、経営者の逮捕、店舗の閉鎖、ということにはなりにくい。
実際に、法執行機関は取り締まりに消極的だ。
ニューヨーク市内で取り締まりに当たるのは、以前は警察(NYPD、ニューヨーク市警)の仕事であったが、マリファナ関連の事柄が合法化して以降、ニューヨーク市では、免許の監視を行う保安官事務所(NYCSO、シェリフ)に管轄が移った。
バーや酒類の販売、営業に関する取締も、シェリフの管轄で、マリファナの販売に関しても同様になった、というわけである。以前とは違い、無免許営業であっても、警察はもはや、取り締まりに動けない。
摘発しても、当局ができることは、販売不適切商品の没収、違反チケットの発行、裁判所への召喚状の発行などに限られ、取り締まりに当たる執行官は、警察官同様の制服を着、手錠をもち、武装しているものの、摘発の妨害にあった場合の時に備えているだけであって、警察が行う摘発とは大きく行動が異なる。
取り締まりは実際に行われてはいるが、メディアに公開するための見せしめ程度、にしか映らない。
テレビ局も同行した、とある日の取り締まりでは、赤灯を点けた多くの捜査車両で堂々と乗り付けたため、その日に摘発を予定していた何軒かの店舗側には先に感づかれ、摘発できなかった、と、同行した地元メディア、NY1は伝えている。
▲写真 ニューヨーク保安官事務所による無免許大麻販売店摘発の様子(NY1のキャプチャー画面から)出典:https://www.ny1.com/nyc/all-boroughs/public-safety/2023/01/06/nyc-sheriff-s-office-ride-along-seizing-illegal-smoke-shops
要は、「その程度の気分」の摘発なのである。
というのも、州当局にはすでに900以上もの販売許可申請が出されており、今、免許なしで営業している店舗は間もなく、ほぼ全てが合法的店となる見通しだからだ。
それでも今、摘発をしているのはそれまでの間、立場上「やらざるを得ないから」であろう。
当局が消極的なのは、苦労して無許可営業を摘発しても、抑止力としても、結果としても、大きな成果に結びつかないからだ。報道によればすでに40件近くの販売許可が下りた、とあり、無許可販売店は今後次々に、合法的なライセンスを取得していくのは確実である。
加えて、取り締まりに消極的な理由には、NYで、マリファナ合法化に至った背景が大きく影響している。
現在、無免許店舗の営業を、当局がほぼ黙認している状態であるのは、マリファナが違法だった時代、所持、使用で摘発されたのは圧倒的に有色人種が多かったことも影響している。
マリファナが違法だった時代、大麻関連で逮捕された人の90%以上が黒人、ラテン系、であり、それ以外の人種、特に、逮捕された人のうち、白人は10%未満であった。
大麻使用者のうち、白人が全体の1/10以下、という人種的偏りがあるはずもなく、警察の取り締まりには恣意的な人種偏見があったことが伺える。
現在、無許可店舗を営業している人たちの多くは有色人種で、それらの店舗がいずれは合法となるのがわかっている状態で、あえて、当局は問題を再燃させるようなことに首を突っ込みたくないのだろう。
また、販売免許取得には「社会的公正申請(Social equity licenses application)枠」という、過去にマリファナ関連で逮捕歴がある人々が優先的に販売免許を申請できる制度があり、販売免許申請の50%はその枠が優先的に扱われる(また、それらの人々は合法化によって、過去のマリファナ関連の「犯罪歴」はすべて抹消される)。
合法化の背景には、人種偏見で不当な扱いを受け、社会的に不利益を得た人々へ、優先的にライセンス獲得のチャンスを提供する事によって、権力からの贖罪的意味合いもある。
当局が摘発に積極的になることにより、今回の合法化が、本末転倒にならないよう、慎重になっている、というわけだ。「無免許店」が「合法的な販売店になるまで待っている」状態なので、あえてことを荒立てることもない。
だが、そうは言っても、そういう店舗がひしめき合う状態になってしまい、大麻に否定的な住民を中心に、それぞれの地元の反発は大きい。
▲写真 Smoke Shopの一例。看板には「THC(大麻の有効成分)」「Hemp」などと書かれ、大麻の絵が描かれている。この店舗は我が家の子供達の通学路の途中。Ⓒ柏原雅弘
私の地元商店街では、コロナ禍で潰れたレストランがかつて営業していた建物で、急に工事が始まり、何の店ができるかと思えば、 Smoke Shopだったというケースが多すぎる。自分が参加しているローカルのSNSには、「新規に開店した店がまたSmoke Shopだった」という話が苦情に近いレベルで書き込まれている。
大麻の無許可販売の店舗は、どうやって大麻販売で利益を上げているのだろうか。
▲写真 無許可販売店の内部。大麻関連商品の棚の中身はスモークガラスで見えない。右のケースにはジュース類、左の棚には喫煙具などが置いてあり、販売免許が必要な商品は見えるところにはおいていない。Ⓒ柏原雅弘
以下は、人に聞いた話なので、それをご承知でお読みいただきたい。だが、複数のひとから同じような内容の話を聞いているので、ほぼ、事実と思われる。
客は店に入ると、バドテンダー(Budtender)と呼ばれるマリファナの「薬剤師」に「どういったものをお求めですか?」と尋ねられる。
一口にマリファナ、と言ってもその効果や品質など、大麻の種類は多岐にわたる。プリロール、と呼ばれる紙巻きは品質が高い「花(Flower)」が使われ、さらに濃縮液が噴霧されているものもある。店側はそれらの購入に関して「相談に乗る」という形で客から「相談料」を徴収する。
▲写真 マリファナ販売トラックのブランド別「Flower」。写真があるだけでここで売ってる、とはかかれていない。Ⓒ柏原雅弘
店からは「来店してくれたお礼」などという名目で、大麻が「お店からのプレゼント」が「無料」で手渡される、というわけだ。
建前として、客からは、相談料としてお金を払ってもらったのであり、大麻は「無料で、客にあげただけあって、売ったわけではない」という理屈であるが、こういう屁理屈で、どの程度、保安官を相手に通用するのかは知らない。実際には前述のように摘発の可能性が低いことから、こういった営業をしているらしい。
▲写真 無免許で大麻を売るトラック。窓には「(商品は)販売用ではありません」との表示が。Ⓒ柏原雅弘
無免許店舗で販売されている大麻製品はマリファナの他に、マリファナ濃縮オイル、マリファナ成分が含まれているグミ、マリファナ含有食品(エダブル)、器具などだ。
グミなどは、見た目は子供用に販売されている可愛らしいデザインのグミと同じものがほとんどだ。大人が買ってきて、家庭で子供が食べてしまった、というケースがあとを絶たないという。
マリファナ成分を含有する食品は、成分などの規制がまだ特に決められておらず、その効果は人それぞれで、結果、効果を感じにくいとたくさん食べて過剰摂取になってしまうこともあるという。そういった理由などから安全性にはかなりの問題がある、との指摘もある。
▲写真 堂々と販売の値段を出している店。ただし、値段表が何を指しているか明記されてはいない。Ⓒ柏原雅弘
アメリカの州が大麻解禁、連邦政府が大麻使用の現状黙認、という「非犯罪化」を推し進める背景には、摘発が人種差別の温床になってきたことの反省や、犯罪として取り締まることが、もはや時代背景にそぐわなくなってきている、という「現実的な判断」がある。
言うまでもなく、日本では大麻の使用は禁止されている。
在ニューヨーク日本国総領事館は、「ニューヨーク州及びニュージャージー州における娯楽用大麻の合法化に関する 注意喚起」という日本人向けの通達を出している。
この通達は、今回のNYの大麻使用合法化について「日本国内の規定が海外においても適用されることもある」と海外での大麻使用であっても、罪に問われる可能性もある、と注意を喚起している。
アメリカで、あるいは日本で、これからどういう展開になっていくのか注視していきたい。
(終わり。その1)
トップ写真:コロナ禍で閉店したグロッサリーの跡地に出来た販売店の立て看板。「Flower」は大麻の花の部分。「Prerolls」はすでに巻かれている大麻のこと。駅前の一等地にあるⒸ柏原雅弘
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この記事を書いた人
柏原雅弘ニューヨーク在住フリービデオグラファー
1962年東京生まれ。業務映画制作会社撮影部勤務の後、1989年渡米。日系プロダクション勤務後、1997年に独立。以降フリー。在京各局のバラエティー番組の撮影からスポーツの中継、ニュース、ドキュメンタリーの撮影をこなす。小学生の男児と2歳の女児がいる。