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.国際  投稿日:2023/1/21

タイ、外交官宅で中国などの旅券偽造


大塚智彦(フリージャーナリスト)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

・タイで居住実態がない外交官宅で、中国人らのパスポート偽造行われる。

・バンコクは捜査機関への賄賂が横行、「偽造のメッカ」と呼ばれる。

・外交特権を隠れ蓑にした犯罪グループが摘発されたことで、今後監視強まる。

 

タイ・バンコクの高級住宅街の一角にある、外交官が賃貸契約を結んでいる家屋の内部で中国人ら外国人がパスポートの偽造に関わっていた事件がこのほど明らかになり、タイのマスコミを賑わせている

タイ捜査当局と特別捜査局(DSI)は2022年12月22日、バンコク市内の高級住宅街の1軒の住居を急襲、家宅捜査を実施した。この家には中国人2人ら外国人がいて、偽造旅券の作成に関わっていた疑いが持たれている。この中国人2人は中国当局から指名手配されていた人物という。

2023年1月に捜査関係者15人が旅券偽造の容疑での捜査を受けた容疑者の逃亡を手助けしたなどの容疑で逮捕、起訴されたことで事件が明るみになった

今回の偽造旅券事件が世間の高い関心を集めているのは、現場となった住宅が南西太平洋にある小国ナウルの総領事名義で賃貸契約が結ばれた物件だったからだ。

つまり外交特権を隠れ蓑にした偽造旅券の犯罪グループが摘発されたことになり、タイ当局は他にも同様のケースがある可能性があるかもしれないとして今後捜査と監視を強める方針という。

■ナウル総領事の名義、居住実態なし

この事件の現場となった問題の住居は2022年9月に在タイのナウル総領事オナシス・デイム氏の名義で契約され、領事とその家族の3人、スタッフ2人が居住することになっていた。

しかし居住実態は一切なく昼夜分かたずに未登録の車両が出入りすることに不信を抱いた警備員や隣接住居の住民からの訴えが捜査当局に寄せられていたという。この情報を下係に警察が周辺捜査を進め、最終的に家宅捜査に踏み切った。

家宅捜査時に住居内にいた中国人を含む外国人とナウル総領事との関係は明らかになっていないが、総領事が全く知らなかったとは考えられずナウル総領事の黙認という立場での関与の可能性が強くなっている

地元紙「バンコク・ポスト」などによると家宅捜査で押収された偽造旅券の大半が中国とナウルの旅券だったことからもナウル関係者の関与は濃厚と捜査当局はみている。

偽造旅券の現場となった住宅街は3ベッドルーム仕様で賃貸料が月100,000バーツ(約3036ドル)、最高レベルの8ベッドルーム仕様では月430,000バーツ(約13000ドル)となる高級住宅で一角には共同のスイミングプール、テニスコートも設置されている。

■賄賂で逃走幇助の疑いも

家宅捜査とその後の捜査で特別捜査局の捜査官が中国人から賄賂を受け取って逃亡を助けた疑いも浮上し、捜査当局と中国人犯罪者、犯罪組織との癒着が新たな問題として浮上する事態となっている。

このためソムサック・テープスティン法相は特別捜査局のトライヤリット・テマヒウィン長官を更迭する方針を明らかにしている

事件に関わった捜査員が犯人の逃亡幇助の容疑で逮捕されたことで一連の旅券偽造事件がマスコミに明るみになったという。

この件に関して少なくとも捜査員15人が汚職容疑で起訴されているとの報道もある。

事件の現場となった住居の名義人であるナウルのオナシス・デイム総領事は2019年10月に総領事としてバンコクに赴任し、2022年9月に当該の住居の賃貸契約を不動産会社と結び11月には任期を終えて本国に帰任しているという。

このためバンコクの捜査当局はナウル総領事館に捜査協力を求めているが、領事館側は旅券偽造事件に関して「デイム総領事とその住居物件に関する情報収集で忙しい」として事実関係についてコメントしておらず、ナウル本国の情報局も「そのような事案に関する情報はない」と主張しているという。

■旅券偽造のメッカとされるバンコク

バンコクはフィリピンのマニラなどと同様に以前から外国旅券の偽造や在留証明書、ビザ、身分証明書など各種書類の偽造が横行する「偽造のメッカ」といわれている。

その背景には取り締まりに当たる捜査機関が賄賂で犯罪を見逃す「賄賂天国」であるという実態や、街中に違法な銃器や麻薬が多く存在するという治安の低さも指摘されている。

タイの捜査当局は他にも中国人ら外国人による旅券偽造がバンコク市内で行われている可能性があるとみて捜査を進めているが、外交特権を持つ外交官が関与している場合は慎重な捜査が求められるため難しい捜査となるという。

今回のナウル総領事の事案は12月初めに副総領事から「デイム総領事が契約した住居が不審だ」との情報が捜査当局に書簡で伝えられたことが捜査の端緒となっていたとされ、

こうした内部や関係者の協力が不可欠となる。

トップ写真:タイの警察(タイ・バンコク 2021年8月20日)出典:Photo by Lauren DeCicca/Getty Images




この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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