建設費1兆円超!NYに巨大地下駅誕生
柏原雅弘(ニューヨーク在住フリービデオグラファー)
【まとめ】
・1月、NYのグランド・セントラル駅地下に「グランド・セントラル・マディソン」駅が誕生。
・1950年以降に誕生した全米の駅で最大のもの。
・新ターミナルの開設は、通勤時間の短縮以外に観光客にも恩恵をもたらすだろう。
ニューヨーク市には、観光名所としても有名な、グランドセントラル駅(マンハッタン東側)とペンシルベニア駅(ペン駅、マンハッタン西側)という2つの巨大鉄道ターミナル駅がある。どちらも郊外から列車が到着する終着駅だ。
東京で言えば、グランドセントラルは東京駅、ペンシルベニア駅は昔で言えば上野駅のような存在だと個人的には思ってるのだが、日本を離れて久しいせいもあって、適当な例えが見つからない。
ちなみにグランドセントラル駅は、東京駅と姉妹駅関係を結んでいる。姉妹駅関係締結時の2013年は、互いに駅舎誕生から100年の節目だった。
写真)平日朝のグランド・セントラル駅。コロナ禍前に比べればまだまだ通勤客はすくない。ⓒ柏原雅弘
1月25日、グランド・セントラル駅の地下に、新しく鉄道ターミナルがオープンした。その名も「グランド・セントラル・マディソン」駅という。1950年以降に誕生した全米の駅で最大のものとなる。
コロナ禍前まで、ニューヨークは年々増え続け、中心部への通勤客への対応に頭を悩ませてきた。その数、鉄道利用者だけで、1日あたり1,100万人。ニューヨーク市の人口はおよそ880万人程度なので、単純な比較はできないものの、郊外からの通勤客もかなりいたことが伺える。
1990年代の調査で、マンハッタン島西側のペンシルベニア駅の利用者の半数以上が、グランドセントラル駅がある、島の東側エリアにオフィスがある通勤客であることが明らかになった。通勤客の流れの過剰なバランスの悪さが大きな問題となり、1995年に工事が始まり、以来、17年かかってようやく開業にこぎつけたというわけだ。
だがもともとの計画・工事は1969年に始まっており、地元メディアは、完成まで半世紀以上かかった今回のプロジェクトの完成を「歴史的な出来事」というニュアンスで報じている。
今回の開業により、マンハッタン東側で働く利用者は、通勤時間を往復で40分短縮、通勤客の利便性も、40%以上も上昇する、と鉄道を管轄するMTA(ニューヨーク州都市交通局)は胸を張る。
その開業日に様子を見に行ってきた。
110年前に建てられた古い駅舎のさらに地下へ潜ると、いきなり、時空を飛び越えたかのように新しい世界が広がる。地下世界へは、「ニューヨークで一番ながいエスカレーター」がいざなう。その長さ、大きさゆえに、遊園地のアトラクションに乗るがごとくのワクワク感があること、うけあいである。
写真)地下に延びるニューヨークで一番長いエスカレーターⓒ柏原雅弘
とにかく、駅の場所は地下深い。
新ターミナルは、既存のグランドセントラル駅の下に作られたため、地下53メートル、という大深度にある。地上部分から駅のホームまで、最短距離での移動で4分以上かかった。
日本で一番深いと言われる、東京・大江戸線の六本木駅でさえ地下42メートル、というからとんでもない深さである。調べた範囲では、人が出入りできる場所としてはNYで一番深い場所のようだ。駅そのものの構造とすれば、地下5階程度だが、一般的なビルの階数に換算すると16〜18階程度に相当する。
深い場所への建設となってしまったのは、新規に今ある建築物の下に何かを作る場合は、すでにある地下建造物のさらに下につくらなければいけないからだ。それはいわば宿命でもある。
マンハッタンは、数メートルも掘れば、その下は土ではなく、マンハッタン片岩(Manhattan Schist)と呼ばれる岩盤がどこにでもあり、この1枚の岩盤に「マンハッタンが全部乗っかっている」という。これは極めて硬く、掘削は容易ではない。工事は困難を極めただろうと、想像に余りある。
よって、これまでにかかった建設コストは実に111億ドル〜114億ドル(およそ1兆4,400億円〜1兆4,800億円)とも言われる。連邦資金も投入され、ほぼ国家プロジェクトだ。1950年代以降に建築された最大の鉄道旅客ターミナルであるとのことだが、建設コストも、この手の工事では世界最大、とのことだ。
新ターミナルの広大なコンコース部分にはこれから多くの店舗が開業するであろうが、今、一番目を引くのは、なんと言っても30メートル以上にも及ぶ、草間彌生氏のタイル壁画だ。
もうこの人を知らない人はいないだろう、と思えるくらいニューヨークには草間氏の作品が溢れている。作品展が行われれば、どこでもチケットは完売、最近で言えば、ルイヴィトンとのコラボで街角のショーウィンドウに立つ草間氏のロボットは相当な話題で、行き交う人はみな、足を止める。
写真)フランスのルイヴィトンに現れた草間彌生氏の巨大モニュメント(2023年1月12日 フランス・パリ)
出典)Photo by Edward Berthelot/Getty Images
この日、鉄道を管轄する、ニューヨーク州のキャシー・ホークル知事は、開業初の一番列車(川崎重工製M9車両)で意気揚々とターミナルに到着し、草間氏の作品の前で記者会見を行った。
「ここに来るのは大変な旅でした。今日この駅に到着するまでの22分のことを言っているのではありません。(プロジェクトが計画されてから)私の前任には8人の知事がいました。9人の知事がこれを達成しようと努力したことで始まったことなのです。(中略)ここはニューヨークだから、想像できないことは何もありません。ここニューヨーク州でできないことは何もありません。ですから、このプロジェクトに関わったすべての人に感謝したいと思います。」
駅の目玉となった、草間氏の作品にも言及した。
「そして、これが新しいターミナルである、という事実が大好きです。90代の草間さんという世界的アーチストが、愛するニューヨークの街への贈り物として私たちに才能を貸してくれたのは驚くべきことです。」
新しいターミナルの開設は、通勤時間の短縮以外に、観光客にも恩恵をもたらす。
ここから22分でジョン・F・ケネディー国際空港に行けるようになった。公共交通機関を使って空港に行くのに、今までは地下鉄を使って行くのが主流だったが、大幅に状況は変わるだろう。
写真)新ターミナルに向かう、川崎重工M9型新型車両でのホークル・ニューヨーク州知事(2023年1月26日 アメリカ・ニューヨーク)
州知事は終始上機嫌だった。
コロナ禍でリモートワークが定着し、通勤客が一時期激減したが、徐々に戻ってきている印象はある。この先完全に戻ることはなさそうだが、常に動き続けているNYのこと、何か新しいことが起きるだろう。
新ターミナルのオープンも、すべてコロナ禍以前に作られた計画をやり抜いたに過ぎず、現状を反映する結果につながるかどうかは、まだまだわからない、といえる。
(開業日の模様はこちらから動画をご覧ください)
トップ写真:「グランド・セントラル・マディソン」駅(2023年1月25日)ニューヨーク・マンハッタン
出典:Photo by Roy Rochlin/Getty Images
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この記事を書いた人
柏原雅弘ニューヨーク在住フリービデオグラファー
1962年東京生まれ。業務映画制作会社撮影部勤務の後、1989年渡米。日系プロダクション勤務後、1997年に独立。以降フリー。在京各局のバラエティー番組の撮影からスポーツの中継、ニュース、ドキュメンタリーの撮影をこなす。小学生の男児と2歳の女児がいる。