過去から素敵な贈り物〜NY地下鉄「ホリデー・ノスタルジア・ライド」
柏原雅弘(ニューヨーク在住フリービデオグラファー)
【まとめ】
・NY地下鉄の年末恒例「ホリデー・ノスタルジア・ライド」。
・ビンテージ車両「R1」が毎週土曜日1日4回往復、12月最後の土曜日まで運行される。
・古き時代に思いを馳せる時間を与えてくれるこのイベントは素敵なホリデープレゼント。
ニューヨークの人々の日常の足、地下鉄。
NYの地下鉄は、コロナ禍で一気に利用率が減り、その後、コロナ禍以前より犯罪が増えたなどの理由で、利用率はなかなか戻らないでいたが、徐々に回復、去る11月14日、2023年に地下鉄に乗った10億人目の乗客を記念する式典が行われた。(参考記事:Governor Hochul Announces New York City Subway Hit One Billion Rides This Year)
昨年2022年に10億人目の乗客が乗ったのは12月26日だったと言うから、今年は一月半も早く、乗客10億人目が達成されたことになる。利用率は、昨年に比べて8%上昇したという。一時的に利用率が落ちたとは言え、ニューヨークの地下鉄は人々の重要な足であることには変わりない。
ニューヨークの地下鉄は、120年あまり前の1904年に開業した。
日本の地下鉄は、その昔「ニューヨークの地下鉄を大いに参考にした」ということであるが、現在、ニューヨーク市内を走る地下鉄のほぼ半分は、川崎重工製造の車両であることはご存知であろうか。
写真)宇田川氏デザインによるNY地下鉄の最新車両R211。車両内のデジタル表示、乗客の乗降効率を上げるために、次の駅で開く側のドアが光る、などの工夫がある。歴代のNYの地下鉄車両の中でドア幅が一番広い
筆者提供)
最新のR211型と呼ばれる車両は、日本人工業デザイナーの宇田川信学(うだがわ・まさみち)氏によるもので、20年あまり昔から製造されていた数種類の地下鉄車両のデザインは、すべて宇田川氏によるものである。宇田川氏は、地下鉄車両のデザインのほか、地下鉄の券売機始め、多くの市内の公共物のデザインを手掛けて、日米から多数表彰されている。
宇田川氏デザインの日本発祥の地下鉄がたくさんニューヨークを走る中、この冬、恒例のニューヨークの地下鉄でのイベントが行われた。
「ホリデー・ノスタルジア・ライド」というこのイベントは、何十年も前のビンテージ車両が、現役の地下鉄車両に混じって通常ダイヤを走る、という企画で、地下鉄の利用客なら誰でも乗れる。コロナ禍の2年間を除いて毎年行われ、2007年からNYでは年末恒例の企画としておなじみになってきた。
写真)1932年から1970年代までニューヨークの地下鉄で運行していたR1型車両。復活して走る。
筆者提供)
毎年11月から12月の最終週まで、土曜日のみ。今年に限っては、1930年代の地下鉄車両が、通常の路線を走る。
今年のイベントを走る車両は、1932年に運行が開始されたR1型と後継機のR9型と言われる車両で、1932年から現在のA Line(A線)を走り、R9は1970年代まで運行されていた。
動画)
https://youtu.be/mL6gkGeQ-30?si=E_WKvBPW4-HTkm3r
写真)裸電球、扇風機、バネのつり革。なんともレトロな雰囲気に和気あいあいの車内
筆者提供)
写真)レトロな車内広告もそのまま
筆者提供)
写真)出発前の車内を覗き込む少女
筆者提供)
写真)こんなソフトなイベントにも乗り込む、年末特別警戒の警察官
筆者提供)
写真)車両が古いので、安全のため、すべての車両に車掌が一人ずつ車両の連結場所に立つ。
筆者提供)
現在も、A Lineはマンハッタン西側を南北に走る路線で、北のハーレムへも向かう。
A Lineを1930年代に走っていたこの、R1型車両は、1939年に作られた曲、デューク・エリントン楽団が演奏して大ヒットしたジャズナンバー「Take the A Train(A列車で行こう)」に出てくる車両で、作曲者のビリー・ストレイホーン(1915~1967)が、当時、成功した黒人エリートが多く住む、ハーレムのシュガーヒル、という場所に住んでいたデューク・エリントンの自宅に向かう途中に、R1車両が走っていた「’A’ Train(A線)」に乗り、曲の着想を得たと言われる。
当初はメロディーだけで、後に作られたと言われる歌詞にはこうある。
”ハーレムのシュガー・ヒルへ行くんだったら、
“A”列車に乗りなさい
もし、Aトレインを逃してしまうと、
一番早くハーレムへ行く方法を逃してしまうよ”
並行してハーレムに向かって走る、現在はCラインと呼ばれる路線が各駅停車であるのに対して「A Train」は急行列車である。その様子が歌詞に歌われている。
https://www.youtube.com/watch?v=KG9htI6yzSs
ミッドタウンの42丁目の駅から、R1型と思われる車両でハーレムに向かって行く様子がこのビデオクリップには映し出されているが、なんとも楽しい雰囲気である。楽しいハーレムに行こう、という曲である。
アメリカ国民の4人に一人(1,300万人)が失業したと言われる世界大恐慌の時期、大量の失業者を使って、エンパイヤステートビル、クライスラービル、ロックフェラーセンターが作られた。中でも、エンパイヤステートビルの建築の速さは今日まで伝説となっているが、大不況は過去のもの。そこから抜け出して新しい世界に向かおう、という思いが込められた曲だとも感じる。
写真)「A列車で行こう」の歌詞に歌われた「シュガーヒル」145丁目駅
筆者提供)
「ノスタルジア・ライド」でこのビンテージ車両「R1」は毎週土曜日、1日4回往復運転され、12月最後の土曜日まで運行される。
ちなみに現在のA Lineを「A Train」として走るのは冒頭で紹介した、今年2023年に走り始めた、川崎重工の最新鋭車両「R211」である。
写真)「”A Train “ Kawasaki R211」。ニューヨーク地下鉄が誇る最新車両。
筆者提供)
NYに年末来る機会があったら是非「ホリデー・ノスタルジア・ライド」を利用して見て欲しい。乗車賃はなんと普通の地下鉄に乗るのと同じ料金だ。
写真)この車両について詳しく説明してくれた鉄ちゃん。自らのコレクション持参。
筆者提供)
古き時代に思いを馳せる時間を与えてくれるこのイベント。自身への素敵なホリデープレゼントになること、うけあいだ。
トップ写真:1930年代の服装に仮装した一般客 )筆者提供
あわせて読みたい
この記事を書いた人
柏原雅弘ニューヨーク在住フリービデオグラファー
1962年東京生まれ。業務映画制作会社撮影部勤務の後、1989年渡米。日系プロダクション勤務後、1997年に独立。以降フリー。在京各局のバラエティー番組の撮影からスポーツの中継、ニュース、ドキュメンタリーの撮影をこなす。小学生の男児と2歳の女児がいる。