米・日への中国人留学生問題
澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)
【まとめ】
・米国への中国人留学生が激減している。
・中国人留学生による米国内でのスパイ活動が問題となり、ビザ発給条件が厳格化。
・中国人の学生は次善策として日本を目指している。
周知の如く、近年、米中関係はぎくしゃくしている。最近、米上空に飛来した「中国偵察気球」問題で、更に両国関係が悪化した。ブリンケン国務長官が訪中し、米中関係改善を模索する直前だったからである。結局、バイデン政権は、直近8日で(「中国偵察気球」1つを含む)4気球を撃墜した。
さて、ここでは、まず、世界で最も人気の高い留学先である米国への中国人留学生“激減”について取り上げたい。未来の米中関係に多大な影響を及ぼす公算が大きいからである。
2022年上半期、米国が中国人留学生に発給した学生ビザ(「F-1」)は前年同期比で3割減少(a)した。米国務省によれば、昨年1~6月の中国人への「F-1」発給件数は3万1055件で、コロナ流行前の19年同期の6万4261件から半減している。
今年(2023年)1月25日、米移民税関捜査局は、留学生等に関する最新データを発表(b)した。その結果、米国で学ぶ留学生の数は再び100万人を突破し、コロナ発生前の水準に近づいていることがわかった。
また、今年1月時点で、「F-1」(プラス「M-1」<専門学生ビザ>)の学生数は108万人に達している。コロナ流行前の2020年の114万人と比べても、わずか5.4%の減少にとどまった。
ただ、主要な留学生を送り出す国側に変化があった。2020年1月と2023年1月の米国への留学生の出身国トップ10の動向を見ると、1位が中国からインドへシフトしつつある。
話が、若干、横道にそれるが、米国の大学院(修士・博士課程)に留学している中国人留学生は約15万人だという。他方、インド人留学生は約22万人(うち修士課程は19万人以上)である。彼らの間では、短期留学して米国で就職を希望する人が多い。
実は、米国で就職を志す留学生の主要なビザプログラムである「H1-B」の発給先は、インド出身者が圧倒的に多く、2021年度の発給率は全体の71%と刮目すべき数字だった。次に、中国が続くが、そのシェアはわずか12.4%とインドの6分の1にも及ばない。
閑話休題。中国人留学生の減少理由だが、トランプ政権は、中国からの留学生による米国内でのスパイ活動の脅威に直面した(d)。そこで、米国の安全保障上、中国人留学生のビザ発給条件を厳格化している。そのため、中国の大学で科学、技術、工学、数学 (STEM)の4つ分野を専攻した卒業生は、米国留学に必要なビザの取得が事実上、ほぼ不可能になったという。
中国共産党にとって、(スパイ活動は別にしても)中国人留学生が、世界最先端科学技術を誇る米国で学ぶ事ができないのは、将来、大きな痛手になるのではないか。
そこで、中国人の学生は次善策として我が国を目指している(e)。日本は、米国には及ばないにせよ、先進的科学技術が発達しているからだろう。他方、日本の一部大学では、積極的に中国人留学生を受け入れようとしている。けれども、それは、米国同様、日本の安全保障上、必ずしも好ましくない傾向かもしれない。
ところで、かつて、中国人学生の日本留学ブームが3度あった(f)。
1回目は、19世紀後半、日本の明治維新による「近代化」を学ぶためである。特に、日清戦争(1894年~95年)後、日本に関心を持つ中国の若者が急増した。その中には、周恩来(明治大学政治経済科<現、政治経済学部>に通学したという)や廖承志(父・廖仲愷と母・何香凝の子供で、東京の新宿区大久保で生まれた。いったん、帰国して中山大学で学ぶが、留学のため再来日)がいる。
2回目は、1979年から始まった「改革開放」以降である。中国の若者が先進国・日本の優れた知識を得て、自らの能力を高めようとした。
3回目は2010年以降で、「80後(80年代生まれ)」「90後(90年代生まれ)」「00後(2000年代生まれ)」の学生である。中国国内に一部富裕層が生まれ、日本への私費留学が容易になったためだろう。
ちなみに、日米欧を目指す中国人留学生は、中国の「学歴社会」を反映している。例えば、北京大学や清華大学などの「重点大学」(有名大学)を卒業すれば、良い就職先を見つけやすい。だが、そうでない大学の卒業生の場合、コネがないと就職が困難である。そこで、箔を付けるために海外留学する。できれば、修士号取得が望ましいのではないだろうか。
〔注〕
(a)『The Wall Street Journal』
「米の中国人留学生ビザ発給、コロナ前水準から半減」
(2022 年 8 月 12 日付)
(https://jp.wsj.com/articles/chinese-student-visas-to-u-s-tumble-from-prepandemic-levels-11660261836)。
(b)『Redian新聞』
「米国移民税関法執行局の最新データ:留学生が再び100万人を超えたが、中国人留学生は3割近く激減」
(2022年2月2日付)
(https://redian.news/wxnews/246634)。
(c)『CNN』
「中国人留学生の入国規制、中国よりも米国にとって損失か」
(2021年10月1日付)
(https://www.cnn.co.jp/world/35176892.html)。
(d)『レコード・チャイナ』
「米国留学が困難になった中国人学生は日本を目指す、早稲田大学が積極受け入れ姿勢」
(2022年4月24日付)
(https://www.recordchina.co.jp/b893135-s38-c30-d0198.html)。
(e)『東洋経済ON LINE』
「米国留学生の3分の1が中国人である理由」
(2016年10月26日付)
(https://toyokeizai.net/articles/-/140984)。
トップ写真:合同遠征基地リトルリーグで連邦捜査官に輸送するために、気球から回収した資料を準備する水兵2023年2月10日 バージニア州バージニアビーチ
出典:Photo by Ryan Seelbach/U.S. Navy via Getty Images
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この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長
1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。