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.政治,.経済  投稿日:2022/12/17

防衛3文書改定と日本経済 防衛産業はどう育成?【日本経済をターンアラウンドする!】その7


西村健(NPO法人日本公共利益研究所代表)

【まとめ】

・防衛3文書改訂、懸念したいのは防衛費増額に伴う影響、なかでも防衛産業の育成。

・防衛産業を育成すると同時に厳しい管理スタンスも必要になる。

・防衛産業への天下り規制、政治献金規制、厳しい政策評価や査定、飴と鞭の効果的な業界指導なども構想すべき。

 

防衛3文書の改定が閣議決定。岸田首相が会見で述べたように、「戦後の安全保障政策を大きく転換する」ことになった。

背景に、防衛力があることで外交においても力を持つこと、平和外交も裏付けがないと力を持たないという認識が岸田首相にはあったのであろう。国際政治の現実を踏まえた方針転換である。

今回、GDP比2%を達成するため、5年間で総額43兆円という防衛費の増額とそのための増税方針を理由に岸田政権への批判も多かった。しかし、防衛3文書改定は自民党公約に明確に掲載されていることも確かである。

▲【出典】自民党、令和4年 政策パンフレット

公約を岸田首相は果たしているだけと言ってもいい。ウクライナ情勢で国際情勢は大きく変わった。軍事費の対GDP比は1.75%である中国のプレゼンスの増大や台湾への侵攻の可能性を踏まえて、当たり前のことを当たり前にやったということで評価したい。しかし、懸念したいのは防衛費増額に伴う影響、なかでも防衛産業の育成という面である。

まずは、防衛3文書の改訂の内容を確認しよう。

実際何が変わるの?

国の外交・防衛政策の基本方針である「国家安全保障戦略」、10年程度の間に保有すべき防衛力の水準を定めた「国家防衛戦略」(防衛計画の大綱)、5年間にかかる経費の総額や装備品の数量を定めた「防衛力整備計画」、この3つが大きく変わることになる。

特に、国家防衛戦略では、敵のミサイル発射基地などをたたく「反撃能力」を保有することが明記される。反撃能力とは「日本に対する武力攻撃が発生し、弾道ミサイルなどによる攻撃が行われた場合、武力行使の3要件に基づき、攻撃を防ぐのにやむをえない必要最小限度の自衛の措置として相手の領域でわが国が有効な反撃を加えることを可能とする「スタンド・オフ防衛能力」などを活用した自衛隊の能力」と定義される。

1957(昭和32)年に国防会議と閣議で決定された「国防の基本方針」、1970年(昭和45年)刊行された防衛白書では「わが国の防衛は、専守防衛を本旨とする」と明記され、これまで専守防衛は防衛政策の基本となってきた。そのため、専守防衛と言う防衛政策自体の「大転換」になる。これからは、他国が弾道ミサイルで日本攻撃の準備に入った場合、自衛の範囲と解釈され、発射直前にミサイル基地をミサイルで叩けるようになるからだ。

防衛産業をどう育成?

装備品が動かせる状態にある稼働率は5割、弾薬の備蓄は防衛省の見積もりで必要量の6割であるなど、有事の際、組織的な戦いを継続できるという「継戦能力」の不足が専門家から指摘されている。そのため、ある程度、防衛予算を増やさざるを得ないのも確かである。ロシア、中国、北朝鮮、周辺環境を考えると国防費は国家にとって「保険」のようなものでもある。そして、国家防衛戦略では防衛産業を「防衛力そのもの」と位置づけ、生産基盤を強化することが明記される。

たしかに、国内の防衛産業というと戦闘機関連は1100社、戦車関連は1300社、護衛艦関連は8300社あるが、利益率が低く、撤退する企業が相次いでいる。そのため、防衛産業の育成もある程度は必要だろう。防衛装備品と技術の海外移転に関しても官民連携の強化は必要なものだろう。

▲図 【出典】防衛省作成資料、プロジェクト管理(取得プログラムの分析及び評価)

しかし、その育成の度合と連携のやり方が問題なのだ。寡占市場であり、言ってみれば市場価格もないようなもの、性能・機能優先のため機能追加などでコストが拡大しがちである。「利益を出しにくい」という意見もあるものの、ある意味「高額のもの」を政府が買わされることになりかねない。

コストが当初計画から膨張する構造が指摘されていることもあり、防衛省では、分析評価における見直し・中止の検討、共同履行管理型インセンティブ契約制度、作業効率化促進制度が施行されているし、頑張ってはいる。

▲図 【出典】防衛省作成資料、プロジェクト管理(取得プログラムの分析及び評価)

しかし、防衛産業が民間企業並のコスト削減努力を十分しているとは個人的には思えない。防衛産業の大手企業の年収水準も高い、ビジネスとして相当に恵まれていると思う。

防衛費増大をきっかけにして、メーカーの集約・再編、製造工程の業務改善・業務効率化、国際競争力向上、厳しい工数管理などのコスト削減促進など、防衛産業を育成すると同時に厳しい管理スタンスも必要になるだろう。

防衛産業をきちんとコントロール

アメリカでは軍産複合体による政治への影響力が強く、軍事費の削減がかなわないできた。そもそも、日本の過去の悲惨な歴史も軍需産業が促進した面もある。軍需工業動員法や軍用自動車補助法で軍需工業の裾野が広がって、武器輸出商社が日本陸軍の統制下に創設され儲けていった。総力戦に備えるために国内軍需工業の充実が求められるというなかで、軍需産業が拡大していった。

戦争の悲劇は「軍部の暴走」ということで片付けられがちではあるが、裏の側面が軽視されている。軍需産業が儲けた時代を我々は教育で学んでいないし、そういった話は大っぴらにされない。筆者は大学時代に著名な経済学者から「儲かるからだよ、戦争は」と言われ面食らったことを覚えている。育成する側とされる側が馴れ合いにならないよう、政治と経済のつながりも厳しく律するべきだろう。防衛産業への天下り規制、業界からの政治献金規制、厳しい政策評価や査定、飴と鞭の効果的な業界指導なども構想すべきではないか。

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トップ写真:記者会見する岸田文雄総理大臣(2022年12月16日) 出典:首相官邸




この記事を書いた人
西村健人材育成コンサルタント/未来学者

経営コンサルタント/政策アナリスト/社会起業家


NPO法人日本公共利益研究所(JIPII:ジピー)代表、株式会社ターンアラウンド研究所代表取締役社長。


慶應義塾大学院修了後、アクセンチュア株式会社入社。その後、株式会社日本能率協会コンサルティング(JMAC)にて地方自治体の行財政改革、行政評価や人事評価の導入・運用、業務改善を支援。独立後、企業の組織改革、人的資本、人事評価、SDGs、新規事業企画の支援を進めている。


専門は、公共政策、人事評価やリーダーシップ、SDGs。

西村健

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