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.国際  投稿日:2023/2/26

核脅迫をステージアップさせた金正恩


朴斗鎮(コリア国際研究所所長)

【まとめ】

・北朝鮮は核ミサイル挑発を実戦想定の発射訓練にステージを上げた。

・韓米同盟に亀裂を入れようとするもの。

・キム・ジュエは、金正恩の後継者ではない。

 

今年に入って、北朝鮮は引き続き露骨な核ミサイル挑発を続けている。今年の挑発で特徴的なのは、発射実験ではなく、実戦想定の発射訓練にステージを上げてきたことだ。

この挑発は、食糧危機や韓流の蔓延などで、政権基盤が揺らいでいる金正恩体制を一層引き締め、核ミサイル開発の進展を見せつけることで、韓米同盟に亀裂を入れようとするものと考えられる。

1、更に露骨化する金正恩の挑発

北朝鮮は元旦にミサイル発射を行ったのに続き、2月18日の午後5時過ぎに、平壌国際空港付近から、高角度で大陸間弾道弾ミサイル(ICBM「火星15型」を発射した。高度5768km飛距離989kmに達し、66分間飛行した後、北海道・渡島大島の西側200kmの排他的経済水域(EEZ)内側に着弾した。正常角度だった場合、飛距離は1万4000kmに達すると見られ、米国本土を打撃することができる。

金与正党副部長は19日の談話で、米韓を牽制し、翌20日にも談話を発表した。そこで「大気圏再突入失敗の主張」に対して強く反論するとともに、「発射命令から実際の発射まで9時間22分かかった。これが奇襲訓連と言えるのか?」とする韓国メディアの報道に対しても、「気候条件と敵の偵察機7機がすべて着陸した15時30分から19時45分までの時間を選んでの軍事行動だった」とし、「奇襲発射という概念は、発射命令が下されて発射までかかる時間を示す意味ではない」と弁明した。

この談話発表直後の20日午前にも、北朝鮮は前日に行われた米韓合同軍事演習に対抗したとして、平安南道粛川付近から600ミリ大型ロケット砲2発を日本海(東海)に向けて発射した。北朝鮮は、「395キロメートルと337キロメートル射程にある韓国空軍基地を仮想標的に設定して射撃した」としたが、この発表を金与正談話の1時間後に行うなど、異例の連携対応を行った。

また2月23日未明には、4発の戦略巡航ミサイルを日本海(東海)に発射し、1万208秒~1万224秒間飛行して、2000kmと想定した標的を命中打撃させたと朝鮮中央通信は報じた。

2、対米・対韓挑発強化に備えて幹部の半数を入れ替え

窮地からの脱出のため、挑発の度数を強める金正恩総書記は、ロシアのウクライナ侵攻後に強まった米国と中・ロとの対立を利用して、核ミサイル発射訓練のレベルを引き上げて戦争ムードを高めている。この体制構築のために、この1年間で党・政・軍全般にわたる主要幹部の約50%を交代させた。

韓国統一部が2月16日に公開した「北朝鮮権力機構図」によると、金正恩は2022年3月以後、党中央委員会政治局委員を40%以上、書記局書記を60%以上交代させた。また統制強化のために、規律部門の党中央検査委員会委員長と副委員長を、ともに政治局委員、候補委員に昇格させたが、これは組織指導部の統制だけでは体制の安定を維持できないという不安の表れだ。

軍では軍内部配列1位だった党政治局常務委員で、中央軍事委員会副委員長兼労働党書記の朴正天(パク・チョンチョン)が、昨年12月末に開かれた党第8期第6回総会で解任されたが、これは「国防計画5カ年計画」が、金正恩の意図通り進んでいないことへの不満の現れと見られる。

朴正天の軍における主要職位は、国防相だった李永吉(リ・ヨンギル)に受け継がれ、国防相は強純男(カン・スンナム)となり、総参謀長は李テソプから朴スイルに、社会安全相は朴スイルから李テソプに交代した。

李永吉の中央軍事委員会副委員長任命は、軍の規律を確立し、核兵器の小型化を中心とした軍の作戦・戦術能力の強化と対韓国侵略体制確率のための措置と見られる。

3、軍のさらなる私兵化を狙う「キム・ジュエ」の登場

金正恩は、内部統制を強化し、「軍の私兵化」を更に進めるために、娘の「キム・ジュエ」を、昨年の11月のICBM 「火星17号」発射実験場に登場させた。これは、北朝鮮の4代世襲を既成事実化する一方で、軍の使命を、金正恩だけでなく、その家族までも守ることだとするプロパガンダ戦略の一環とみられる。

2月8日の人民軍創建75周年軍事パレードでも、「キム・ジュエ」に再びスポットライトが当てられたが、そこに新たに編成された「金正恩決死護衛部隊」が姿を見せたのは偶然の一致ではない。

こうした一連の演出を見て、最近、一部韓国や米国の専門家、日本の北朝鮮ウォッチャーが、この娘を「金正恩の後継者だ」などと囃し立てた。これは北朝鮮の政治体制と社会的風土をよく理解していないことからもたらされたものだ。

この娘は金正恩後継者ではない。その理由の第1は、そもそも男尊女卑の伝統が根強く残り、階級的身分制度に基づく世襲的首領独裁制が国体となっている北朝鮮社会では、女姓が指導者となる政治基盤が存在しない。

金正恩体制を支える朝鮮労働党中央委員会メンバー百数十人の中で、女性は数人しかいないし、最高指導機関のメンバーである政治局常務委員や政治局委員にいたっては一人もいない。権力構造が女性指導者を支える仕組みになっていないのである。

妹の金与正や儀典係の玄松月が目立つのは、彼女らが金正恩に近い特殊な女性であり、最高指導者に挑戦できない存在であるからだ。兄の金正哲が幽閉状態にあり、異母兄の金正男が暗殺されたこととは対象的だ。

第2に、男系の血統で一族の家系を綴る朝鮮半島における夫婦別姓(現在日本で議論されている夫婦別姓とは次元が異なる)の風習とも関係する。朝鮮半島では夫の姓だけが子孫に受け継がれ後世に残ってゆく(現在の韓国ではこうした伝統に変化が出ている)。嫁いだ女性の姓は子供の代では消えるのである。

こうした伝統の社会で、王朝権力を女性が受け継げば、王朝の血筋とは異なる夫の姓が次世代に受け継がれ、ロイヤルファミリーの姓が変わることになる。例えば金正恩の娘が同じ金氏の男性と結婚すれば姓は変わらないが、それ以外の李氏とか朴氏とかと結ばれれば、その子供は、李氏、朴氏の性を名乗ることとなり、その王朝は金氏王朝ではなく李氏王朝、朴氏王朝となる。すなわち北朝鮮が金日成を始祖とする金氏の国家、白頭の血統を受け継ぐ国家ではなくなるということだ。

第3に、現在の金正恩にとって、娘をわざわざ後継者とする必要がない。韓国の国家情報院が把握している情報では、金正恩にはすでに二人の男の子がいると言われている(愛人の子供を加えるとその数はもっと増える)。男子の子供がいるのに、わざわざ王朝の血統が変わる娘を後継者にする理由はない。

第4に最高指導者の情報を国家の最高機密と位置づけている北朝鮮で、次期権力を担う後継者情報を、ここまであからさまに公開するのはありえないことだ。二人目の息子も出さないでいるのは、第1子の男子にもしものことがある時のスペアにと考えているからだろう。

第5は、後継者の公式化が公開された途端、権力は2つに分かれ、金正恩は沈みゆく太陽となる。まだ30代の金正恩が、それを覚悟してまで後継者を公式化するとは考えられない。

サプライズを演出することの好きな金正恩だ。今後も様々なプロパガンダを仕掛けてくると思われるが、それに惑わされると、金正恩の術中にハマることになる。

トップ写真:日米韓三国防衛訓練の様子(2023年2月22日)出典:Photo by South Korean Defense Ministry via Getty Images




この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長

1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統治構造ー」(新潮社)など。

朴斗鎮

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