金正恩、「火星18型」発射で鬱憤晴らし
朴斗鎮(コリア国際研究所所長)
【まとめ】
・北朝鮮で5月31日の軍事偵察衛星発射失敗後、異常兆候が頻発。
・軍事衛星の機能が玩具に等しかった事が判明し、金正恩ショック。
・窮地の金正恩、7月の「戦勝節70周年」に向け過激な挑発に出る可能性あり。
北朝鮮では、5月31日の軍事偵察衛星発射失敗後、異常兆候が頻発している。それは6月16日に開かれた、朝鮮労働党中央委員会第8期第8回総会拡大会議での、金正恩総書記の姿と会議進行で集中的に現れた。金正恩執権以降に開催された15回の党総会で、演説や発言内容が国営メディアで全く言及されなかったのは、党大会直後の党総会を除いて初めてだった。
内部からの情報によれば、金正恩は、席に座ったまま怒りをぶちまけたという。2日目、3日目の会議には参加しなかったらしい。朝鮮中央通信で報道された党総会報告も、誰が行ったかもわからない状況である。7月9日の金日成主席29周忌に、金正恩は、錦繍山太陽宮殿の参拝を行ったというが、写真は公開されなかった。
■衛星の軍事性能「全くなし」で金正恩ショック
金正恩が激怒したのは、自身が赴いて2度も確認を行った軍事衛星の発射が、失敗したことにもあるが、それよりも金正恩がショックを受けたのは、衛星とそのロケットが韓国軍にまるごと引き上げられ、軍事衛星としての機能が、玩具に等しかったことが明らかになったことである。すなわち、担当部署からの虚偽報告で金正恩が裸の王様状態にされていたことが判明したからだ。
韓国軍は7月5日、西海(黄海)に落下した「軍事偵察衛星」について、運搬ロケット「千里馬1型」と衛星「万里鏡1号」の残骸の引き上げ作業を終了したと発表した。打ち上げの瞬間から追跡して落下海域を割り出し、残骸物を多数引き揚げたという。回収した衛星を韓米両国の専門家が詳細に分析した結果、偵察衛星として軍事利用に値する性能は全くなかったとの結論を下した。
韓国軍は、「千里馬1型ロケット」や「万里鏡1号」衛星」の諸元及び写真を公開していない。それは、軍事偵察衛星打ち上げが、金正恩の最も重視する国家の威信を懸けた事業であったことから、金正恩が様々な反発と挑発を行う可能性があることが予想されることや、分析の手の内を隠す狙いがあったためと推察される。
韓国の聯合ニュースは、回収した中には光学カメラや周辺機器が含まれていたと報じた。こうした機器を分析すれば、カメラの技術水準がどの程度であったかは十分に把握できる。
また、使用された部品の精密度、輸入先、エンジンの性能や燃料の質とその配合比率など、北朝鮮が行ってきたミサイル開発のすべてが解明されただろうと考えられる。すなわち、今回の失敗で、北朝鮮のミサイル技術は、米韓に丸裸にされたと言うことだ。もちろんこの情報は、日本とも共有されるだろう。
■金正恩の公開活動急激に減少、太陽宮殿参拝も公開されず
金正恩は、ショックのあまり、健康を一層悪化させたのではないかとの分析も出ている。それは金正恩の公開活動数が激減したからである。
金正恩の公開活動は、金正恩が権力を継承した2012年上半期が81回、2013年上半期が99回、2014年上半期が92回、2015年上半期が78回、2016年上半期が68回など旺盛な公開活動を行ったが、 2017年上半期に50回に減少した後徐々に現象し、2020年には「死亡説」が流れるなどして急激に落ち込んだ。金正恩の健康悪化と関係したと思われる。
その後は、一定の公開活動が行われてきたが、今年に入って、その回数が異常に減少している。特に5月と6月の2ヶ月間の公開活動は、たった3回にとどまった。 去る4月19日の国家宇宙開発局訪問以後は、5月17日の偵察衛星発射準備委員会訪問報道、5月20日の玄哲海(ヒョン・チョルヘ)墓訪問報道、6月16日党中央位第8期第8回総会拡大会議報道が全部 だった。
7月8日、朝鮮中央通信と朝鮮中央テレビは、金正恩が、当日に祖父金日成の遺体が安置された錦繍山太陽宮殿を参拝したと報じたが、関連写真・映像は、7月12日現在に至っても出ていない。アナウンサーのコメントだけで参拝が伝えられた。金正恩の金日成命日の錦繍山太陽宮殿参拝は、2012年執権以降、2018年を除いて毎年行われ、その姿は必ず公開されてきた。
■次の登場は、「戦勝節閲兵式」か?
2012年に権力承継以後、父金正日とは異なる旺盛な公開活動を行ってきた金正恩であるが、四面楚歌状態の袋小路に入り込む中で、いつのまにか「隠遁型指導者」と呼ばれた父金正日に似つつある。
では、隠遁中の金正恩の再登場はいつになるのだろうか?金正恩の「死亡説」まで出た2020年には、順天燐肥料工場竣工式を急ごしらえしてその姿を現わした。健康状態がある程度良好であれば、北朝鮮が現在準備していると言われる「7.27戦勝節閲兵式」や再準備中の「軍事偵察衛星再発射成功」などが可視化された時点での、挑発露骨化で存在感を示すのではないかと思われる。
それは、このところ連日発表された、金与正党副部長の談話が示唆している。
金与正党副部長は7月10日、米軍の偵察機が、北朝鮮の海上軍事境界線の上空を侵犯し重大な軍事的挑発をしかけた」と非難し「米国が、われわれの警告を無視し、残酷な変事まで生じれば、それは明らかに自業自得になるであろう」と警告した。
この「談話」に対して、韓国軍は、全面否定を行ったが、これに対しても金与正は、7月11日、『当該の空域に関する問題は、わが軍と米軍の問題である。「大韓民国」の軍部ごろつきは、差し出がましく振る舞わず、直ちに口をふさがなければならない。私は、委任によってわが軍の対応行動をすでに予告した。繰り返される無断侵犯の際には、米軍が非常に危険な飛行を経験することになるであろう』と、挑発行動を露骨化させる対応を見せた。
この談話直後の12日午前10時頃、北朝鮮は平壌付近から、長距離弾道ミサイル1発を、ロフテッド軌道で日本海に向けて発射した。74分ほど飛行し、11時13分頃に北海道奥尻島の西250Km付近に落下したという。
窮地に追い込まれ金正恩が、7月27日の「戦勝節70周年」に向けて、過激な挑発に出てくる可能性は十分に考えられる。
トップ写真: ソウル駅で北朝鮮のロケット発射のテレビ放送を見るソウル市民 2023年5月31日、韓国・ソウル
出典:Photo by Chung Sung-Jun/Getty Images
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この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長
1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統