金正恩、軍事衛星発射失敗で威信失墜
朴斗鎮(コリア国際研究所所長)
【まとめ】
・北朝鮮は「軍事偵察衛星1号機」を発射したが、失敗。
・原因は、米韓日の圧力強化で守勢に追い込まれた金正恩の焦り。
・金正恩の怒りは、間もなく開かれる党中央委員会総会の幹部人事で明らかになる。
北朝鮮は5月31日午前6時29分頃(韓国軍合同参謀本部発表の時刻、北朝鮮は6時27分と発表)、平安北道鉄山郡東倉里(ピョンアンプクト・チョルサングン・トンチャンリ)の西海(ソへ)衛星発射場で「軍事偵察衛星1号機」を発射した。
2016年の打ち上では「地球観測衛星」の打ち上げと主張し「平和利用」を口実としたが、今回の偵察衛星に関しては「自衛力強化」を主張し、米韓に対抗した軍事目的であることを隠そうともしなかった。その背景には、ロシアのウクライナ侵略、米中対立激化等がある。中露が発射を黙認するため国連安保理が機能しないだろうとの読みがあったと見られる。
だが約10分後の6時40分頃、西海上に墜落した。墜落地点は、全羅北道群山市(チョンラプクト・グンサンシ)の於青島(オチョンド)西方約200キロの海上だった。北朝鮮が日本の海上保安庁と国際海事機関(IMO)に通報した1段目の推進体の落下予想区域(忠清南道大川港の南西最大300キロ)にも届かなかった。
北朝鮮は、日本と国際海事機関(IMO)に人工衛星を打ち上げると通報した予告期間の6月11日午前0時までに再打ち上げはできなかった。北朝鮮は、軍事偵察衛星の打ち上げに失敗した直後に「可能な限り早期に2回目の発射を断行する」と表明し、日米韓は予告期間中の再発射を酔わせたが、結局実行できなかった。それほど重大な欠陥があったということだろう。
■ 韓国軍、迅速に残骸を回収
韓国軍は、北朝鮮の宇宙発射体の打ち上げから約1時間40分後の午前8時5分頃、於青島の西200キロの海上に浮かんでいた1、2段目推進体の連結部と推定される円筒形の残骸を回収した。軍関係者は、「北朝鮮が日本の海上保安庁に打ち上げを通報した直後(29日)から、水上救難艦『統営艦』など艦艇を1段目推進体の落下予想海域に出動させて待機していた」と話した。
引き上げられた残骸の表面には、「点検門13(機構組立)」とハングルで赤くはっきりと書かれていた。外観上、2012年4月に回収した「銀河3号」の1段推進体の残骸(酸化剤タンク)と似ている。
韓国軍は、当該水域に1、2段推進体などがすべて墜落したとみて、追加の引き揚げ作業に力を入れている。推進体をすべて回収できれば、北朝鮮のICBM技術力解明の「スモーキングガン(決定的な証拠)」となる可能性があるからだ。
現在までの情報では、1段ロケットは残骸とエンジンが、2段ロケットは燃料が入ったままの状態で海の底に沈んでいるという。ただ3段目の衛星部分は今のところ見当たらないらしい。はじめから衛星が積まれていなかったのか、または落下の過程で飛散したのかはわからないという。韓国軍は「正確な実体は精密分析を経て解明する予定」だと明らかにした。
■金正恩の焦りが失敗の原因
金正恩総書記は今年のはじめ、4月中での軍事衛星発射を予告していた。4月18日には「国家宇宙開発局」を視察し、軍事衛星発射を「絶対に放棄することも変えることもできない必要不可欠な先決的課題」と強調し、準備は整ったとして4月中の発射を指示した。
しかし、準備不足で延期され、5月16日に再度「国家宇宙開発局」を訪問して最終点検を行い、発射行動計画を承認し署名した。金正恩が、自身が決めた期日を延期してまで、万全を期して臨んだ上での発射失敗だった。
今回の失敗の主なる原因は、金正恩の焦りが根底にあったとの見方が有力だ。米韓日の圧力強化で、守勢に追い込まれた金正恩の焦りが大きく影響しているということだ。韓国の宇宙観測衛星「ヌリ号」発射成功も金正恩の焦りを誘ったと思われる。北朝鮮の内部情報筋は、北朝鮮軍の高位幹部が金正恩への忠誠心を示すために技術陣の反対を押し切って早期発射に踏み切ったと伝えてきた。
韓国軍関係者も、「今回の打ち上げは、過去より(打ち上げ手続きが)早く行われた」と明らかにしている。最近まで東倉里発射場の改修・増築などを通じて衛星体の組み立てや発射体の搭載、発射台の設置など発射過程を最大限隠すとともに、韓米の監視網を避けるために手順を短縮して急いで進めたとの観測だ。
また技術面では、より強い推力を出そうとしたエンジンの改良と既存のロケット燃料の成分調整比を変えたことが失敗の原因になったとの指摘もある。結局、大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星(ファソン)15・17」に使用された白頭山(ペクトゥサン)エンジンを改良した液体燃料エンジンで衛星発射に挑んだが、技術的な欠陥を露呈したという分析だ。
それに加え、中国に配慮して、飛行経路を南東寄りに修正したことも失敗に関係しているのではないかと指摘もある。
■金正恩の権威に大きな打撃
今回の失敗は、2012年12月の失敗とは比べ物にならない打撃を金正恩に与えた。
北朝鮮は、1998年以来2016年まで5回に渡って衛星発射実験を重ねてきた。2012年の金日成誕生100年には、世界のマスコミを集めて発射成功を宣伝しようとしたが見事に失敗した。しかしその時は、金正恩のプロジェクトではなく、父金正日の継承だったために、金正恩権威への直接的打撃は大きくなかった。
しかし、今回の発射は、2021年の第8回党大会で、金正恩が国防5カ年計画の五大重点目標の一つに軍事偵察衛星開発を掲げ、
「最優先課題」として開発を急ピッチで進めてきた肝いりの金正恩プロジェクトだ。
金正恩は今年のはじめ、4月中での軍事衛星発射を予告していた。4月18日には「国家宇宙開発局」を視察し、軍事衛星発射を
「絶対に放棄することも変えることもできない必要不可欠な先決的課題」と強調し、準備は整ったとして4月中の発射を指示した。
しかし、準備不足で延期され、5月16日に再度「国家宇宙開発局」を訪問して最終点検を行い、発射行動計画を承認し署名した。
金正恩が、自身が決めた期日を延期してまで、万全を期して臨んだ上での発射失敗だった。その衝撃は2012年の失敗とは比較にならない。
この失敗は朝鮮中央通信で報道しただけで、労働新聞を始め国内向け報道機関では報道していなかったが、失敗のニュ‐スは、徐々に北朝鮮国民の中にも広まり、非難の声が上がりつつある。
内部からの情報によると、まずは、劣悪な人民経済と比較した非難が目立つ。住民の中には「発射を成功させることもできず、またもや大金を吹き飛ばしたので、力が抜けて言葉も出ない」「今のように状況が悪い時期に、弾道ミサイルや衛星を作って発射するのが民の命よりも重要なことなのか聞きたい」などの反応が多いという。
また、開発資金を人民経済に振り向けなければならないという声も出ている。「ミサイルや偵察衛星を作るのにかかる費用や努力の0.01%でも、住民たちの食料問題に気を使ったならば、これほどまでも困難を経験しなかっただろう」という訴えだ。
失敗のニュースを住民に知らせていない問題については、直接金正恩党総書記を批判する声もあるという。これと関連しては、「なぜ失敗をそのまま知らせないのか」「元帥様(金正恩)の偉大性宣伝にさしさわるとの判断のためだろう」と噂していると消息筋は現地の雰囲気を伝えてきた。
今回失敗に対する金正恩の怒りは、朝鮮中央通信の「衛星の打ち上げにおいて現れた重大な欠陥」との表現で示されているが、間もなく開かれる党中央委員会第8期第8回総会での幹部人事でその度数は明らかになると思われる。
トップ写真: ソウル駅で北朝鮮の指導者金正恩氏の画像を映したテレビ放送を見る人々。(2023年5月31日 韓国・ソウル)出典:Chung Sung-Jun / Getty Images
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この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長
1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統