「新しい戦前」という概念
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2023#9」
2023年2月27-3月5日
【まとめ】
・「新しい戦前」とは「第一次大戦」前との比較と考える。
・日本は第一次大戦前の「戦前の記憶」を改めて分析すべき。
・「第二次大戦前」の反省をすべきは中、露、イランであって日本ではない。
今週は火曜日から東南アジアに出張する予定が入っている。本来ならASEANの話を書くところだが、残念ながら、現地日程開始は水曜日となるので、結果報告は来週となる。先週以来、岸田総理のウクライナ「電撃」訪問の可能性につき、多くの方からご質問を受けたが、この話はもうしない方が良いと思っている。
むしろ今週気になったのは筆者の大好きな「朝日新聞」がやたら拘っている「新しい戦前」なる概念だ。同紙デジタル版は「タモリさんが言った『新しい戦前』どう回避する」とか、「戦争において被害を受けるのは兵士だけではない・・・、太平洋戦争で体験したように、私たち一般市民も被害を受けるのです」などといった記事を掲載している。
如何にも朝日らしいリベラルな切り口だと感心するが、実は筆者もタモリさんの「新しい戦前」という感覚は共有している。唯一違うのは「戦前」がいつか、ということだけだ。朝日の論調は一貫して「第二次大戦」を前提とするが、筆者の念頭にある「新しい戦前」とは「第一次大戦」前との比較である。では、なぜ、第一大戦前なのか。
今のロシア、中国、イランに共通するのは、いずれも「現状変更勢力」であり、目的のためなら「武力行使」も辞さないことだろう。
これに対し、今の日本は「現状維持勢力」だ。されば、昔の「日独伊」と同じことをやっているのは「中露イラン」の方ではないのか。だから筆者の「新しい戦前」とは、「第二次大戦前」ではないのである。
第一次大戦後、日本は債務国から債権国になり、一等国になると同時に傲慢にもなった。しかし、第一次大戦では戦争への関与を最小限にし、戦後できた国際連盟の主要国・列強の一員になった。日本は今こそ、この第一次大戦前の「戦前の記憶」を正確に思い出し、改めて分析すべきなのである。
どうやら、1945年以来の長い長い「戦間期」が漸く終わりつつあるようだ。勿論、朝鮮戦争から、湾岸戦争、イラク戦争まで、地球上で戦火が止むことはなかったが、下手をすると、昨年始まったウクライナ戦争パート2は、良く言っても「ポスト冷戦期」の終焉、悪く言えば、長い長い「戦間期」の終焉にもなりかねない話ではないか。
日本がこの事態をどう乗り切るかを考える際、「新しい戦前」とは「第一次大戦前」でなければならない。「第二次大戦前」の反省をすべきは中国、ロシア、イランであって、日本ではないのだ。この点を間違えると、議論は的外れの結果に終わってしまうだろう。その意味で、朝日新聞の「新しい戦前」論には、やはり違和感がある。
〇アジア
中国が24日に発表したウクライナに関する「12項目の和平案」を読んでみたが、国際関係論の大学院生だってもう少しましな文章を書くだろう。中国が本気で仲裁したいならこんな文章など発表しない。中国は「中国が中立であり、ロシアを支援しておらず、欧米とは敵対しない」と言いたいのだろうが、これでは無理だね。
〇欧州・ロシア
この12項目和平案についてロシア報道官は「全ての関係国の利害を考慮した上で、詳細に分析する必要がある」、ウクライナ大統領は「中国がウクライナのことを話し始めたということは決して悪いことではないが、実際に行動するかどうかが問われる」と述べている。当然だろう、現時点では双方とも戦争に勝つ気でいるのだから。
〇中東
パレスチナ西岸地区でイスラエル人2人が銃撃で死亡したため、イスラエル人入植者がパレスチナの村を襲撃し、1人が死亡、90人以上が負傷したそうだ。当然だろう、イスラエル新政府は「極右」的政策をどんどん進めているからだ。しかし、どれだけパレスチナ人が抵抗しても、悲しいことにアラブ諸国に本気で介入する元気はない。
○南北アメリカ
あまり報じられていないアメリカの内情を知る上で今週のデュポン・サークル便りhttps://cigs.canon/blog/security/2023/02/27_1547.htmlはとても示唆に富んでおり、一読をお勧めする。National Divorceを提唱する下院議員は「生活のすみずみまで連邦政府に介入してほしくない人々の声を代弁している」が、「同議員の主張は『PC疲れ』を感じる普通のアメリカ人には意外に強く響く」のだそうだ。
〇インド亜大陸
特記事項なし。今年はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ写真:第一次世界大戦中、中国の青島で食事をする日本軍将校(1914~1918年頃)出典:Paul Thompson/FPG/Archive Photos/Getty Images
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。