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.国際  投稿日:2023/3/24

尹・岸田首脳会談の歴史的意義


朴斗鎮(コリア国際研究所所長)

【まとめ】

・日韓首脳会談は戦略的関係の再構築、米韓日連携の対北抑止力強化など歴史的だった。

・尹大統領は、否定的世論を鎮める努力を続けると思われる。

・北朝鮮の露骨な核脅迫は、主導権を失った金正恩の窮状の裏返し。

 

3月16日から1泊2日の日程で訪日した尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領は、岸田文雄首相と会談し、李明博(イ・ミョンバク)元大統領の訪日(2011年)を最後に中断していた両国首脳会談を12年ぶりに実現させた。

尹大統領は、岸田首相との首脳会談を成就させるために、左派・従北勢力と一部原告が猛烈に反対する中、「被害者支援財団を通じた第3者弁済」との解決策を打ち出し、韓日関係を正常軌道に戻した。また前政権時代に中断された「GSOMIA(韓日秘密軍事情報保護協定)」を完全正常化することで、韓日の安保体制を安定強化させた。日本側も尹大統領の訪日に合わせて、半導体3大コア素材(フッ化水素、フッ化ポリイミド、フォトレジスト)の輸出規制を4年ぶりに解除した。これで韓日関係の大きな足かせが消え、両国の交流がスムーズとなる道筋が開かれた。

尹・岸田会談はアジアの自由民主主義同盟を強化した

しかし岸田首相は、韓国左派政権による「ちゃぶ台返し」のトラウマがあったからか、今回会談の主な懸案であった「元徴用工問題」に対して、「韓国政府の措置を高く評価する」としながらも、新たな謝罪の言葉は述べず、「歴代内閣の歴史認識を継承していく」という従来の立場を繰り返すにとどめた。

ところが、この点と尹大統領の「第3者弁済方針」に対して、韓国の「共に民主党」を始めとした左派・従北勢力は、猛烈に攻撃し、伊大統領の訪日結果を「屈辱外交」「売国行為」などとののしっている。今回の首脳会談を肯定的に評価する韓国の保守系メディアでさえ、岸田首相から「謝罪の言葉を聞けなかったことは残念だ」との指摘が多い。

こうした動きについて尹大統領は3月21日の閣議で、7500字に及ぶ長文の反論を読み上げ、「韓国社会には排他的民族主義と反日を叫びながら政治的利益を得ようとする勢力が厳然と存在する」と批判した。そして「日本はすでに数十回にわたり韓国に過去史問題に対し反省と謝罪を表明している。このうち最も代表的なものは、日本の韓国植民支配に対して痛切な反省と心からの謝罪表明をした1998年の『金大中・小渕宣言』と2010年の『菅直人談話』だ」とし、日本の岸田文雄首相が追加の謝罪発言をしなかったことに対する立場を明らかにした。

また「韓国が先制的に障害物を除去していくならば日本も必ず呼応してくるだろう」とも述べた。報道によれば、尹大統領は、側近たちに、日本の「立憲民主党」中川正春議員から、「共に民主党を説得に行きましょうか」などと持ちかけられ、恥ずかしい思いだったと吐露したという。

韓日両国を妨げてきた歴史問題の深い溝を1回の首脳会談で埋められるとは尹大統領も考えていないだろう。彼の韓日関係改善方針にブレはない。韓日関係の改善こそアジアにおける自由民主主義連帯強化の要であるという戦略的視点を信念としているからだ。今後国民との対話を深め、否定的世論を鎮める努力を続けると思われる。

今回の会談は、未来志向の韓日関係とする土台を準備したこと、新冷戦下の韓日間で、自由民主主義価値観に基づく戦略的関係を再構築したこと、特には米韓日連携の対北朝鮮抑止力を強化したことなど、ある意味で歴史的会談であったといえる。

尹・岸田会談は金正恩をさらなる窮地に追い込んだ

前文在寅政権時に戦後最悪となっていた日韓関係が、今回の韓日(日韓)首脳会談で正常化されたことは、金正恩に対するさらなる圧力となっている。韓日の対立で穴が開いていた米韓日連携による対北朝鮮包囲が復元されたからだ。

特に今回の首脳会談での「GSOMIA(韓日秘密軍事情報保護協定)」の完全正常化(21日午前、韓国側は「GSOMIA」を巡る韓国側の通知2件をいずれも撤回すると日本側に書面で伝えた)が、金正恩に与えた衝撃は想像以上に大きかったようだ。

金正恩はすでに、尹政権の登場による「GSOMIA」復元を予測し、昨年末の労働党中央委員会第8期第6回全員会議拡大会議で、「米国は、日本、南朝鮮(韓国)との三角共助の実現を本格的に推し進めながら、『同盟強化』の看板の下で『アジア版NATO』のような新たな軍事ブロックの樹立に没頭している。国際関係構図が『新冷戦』システムへと明白に転換され、多極化の流れがいっそう早まっている」と情勢の厳しさを吐露していた。

そして今年の3月11日には党中央軍事委員会拡大会議を開き、戦争抑止力を「威力的・攻勢的」に活用すると決め、翌12日から潜水艦発射巡航ミサイル(SLCM)、短距離弾道ミサイル(SRBM)などを2日に1回の頻度で撃ち、武力挑発を継続する姿勢を示した。

金正恩は、米韓合同軍事演習とともに、新たに強化された米韓日三角共助を牽制するために、核・ミサイル能力の高度化を宣言した。今回の韓日会談当日の16日には、尹大統領が日本に飛び立つ3時間前に、大陸間弾道ミサイル(ICBM)を発射し、核脅迫を一段と露骨化させた。

続いて20日には、「戦術核攻撃任務遂行のプロセスに熟練するための総合戦術訓練」を18、19両日に行った。18日に手続き確認の訓練、19日に弾道ミサイル発射訓練を行い、日本海(東海)への短距離弾道ミサイル発射した。

朝鮮中央通信はこの挑発について、金正恩が立ち会い「実際に敵に攻撃を加えられる手段として、いつでも敵が恐れるように迅速、正確に稼働できる核攻撃態勢を完備してこそ、戦争抑止の重大な戦略的使命を果たすことができる」と強調したと報道した。弾頭部の核爆発調整装置と起爆装置の動作を確認し、800キロの飛距離に設定された日本海上の目標上空800で正確に空中爆発させたという。22日午前にも、北朝鮮は、日本海(東海)に向けて巡航ミサイル数発を発射した。

しかし強対強の対立局面が続く状況で、「核・ミサイル威嚇」のほかはこれといって出せるカードがない金正恩の悩み深まっている。

斬首作戦におびえる金正恩

日増しに高まる北朝鮮のこうした露骨な核脅迫は、2019年の米朝ハノイ首脳会談以降、コロナウイルス災害、国内経済の衰退、特には農業の苦境と食糧難の深刻化、そして韓国における尹錫悦政権の登場による米韓同盟の強化などによって、主導権を失った金正恩の窮状の裏返しといえる。

韓国で伊政権が登場した後、韓米同盟は急速に強化され、米韓合同軍事演習は復活強化された。今年も3月13日から23日まで米韓合同軍事演習「自由の盾(フリーダムシールド)」が実施され、北朝鮮の地下坑道をそのまま再現したトンネルで、北朝鮮の核物質を除去する訓練も行われた。

20日からは「フリーダムシールド」の一環として、来月3日まで、約1万3千人の兵力と米国のワスプ級の強襲揚陸艦「マーキン・アイランド」(LHD-4万2千トン)などが参加する大規模合同上陸訓練「双龍訓練」も実施されている。

その一方で、金正恩がミサイル兆発を行うごとに、米国の戦略資産が金正恩を圧迫している。3月19日に北朝鮮が短距離弾道ミサイルを発射した直後にも、それを予知していた米軍は、B1B2機を朝鮮半島に飛来させ、日本海(東海)で自衛隊のF16戦闘機4機と合同訓練を繰り広げ、韓国軍ともF35ステルス戦闘機4機と合同訓練を行った。この時B1Bは2回の給油を受けるほど重武装していたという。

特にこのところ精密・高度化されている米韓特殊部隊による「斬首作戦」は、その様子が度々公開され、金正恩に対する大きなプレッシヤーを与えている。最近は「ゴーストライダー」と言われているガンシップ(AC-130J)まで「斬首作戦」に登場した。

斬首作戦に必要な金正恩の生体情報は、すでに米朝首脳会談過程でほとんど把握されている。今や金正恩の一挙手一投足は、米軍の偵察兵器によって補足されていると見てよいだろう。そして要人暗殺に度々使用されているMQ9リーパー(無人偵察・攻撃機)は、韓国に配備済みだ。金正恩が、娘のキム・ジュエを連れて歩くのは、リーパーから発射される「ヘルファイヤーミサイル(要人暗殺用忍者ミサイル)に対する防護用(米軍は子供の殺害を避ける)ではないかとの情報もある。

トップ写真:2023年3月16日、首相官邸での共同記者会見で握手する韓国の尹錫悦大統領(左)と日本の岸田文雄首相(右)出典:Photo by Kiyoshi Ota – Pool/Getty Images




この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長

1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統治構造ー」(新潮社)など。

朴斗鎮

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