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.国際  投稿日:2023/7/26

北朝鮮非核化戦略の核心は金正恩除去


朴斗鎮(コリア国際研究所所長)

【まとめ】

・米韓は米韓核協議グループ(NCG)の次官級会合を初開催。

・米戦略原子力潜水艦が、1981年以来再び釜山港に寄港した。

・拡大抑止戦略の一環として「金正恩除去作戦」が進められている。

 

米韓は7月18日、朝鮮半島有事を念頭に置いた米韓核協議グループ(NCG)の次官級会合をソウル・竜山の大統領室庁舎で初開催した。

会議には、韓国側からは金泰孝(キム・テヒョ)国家安全保障室第1次長が、米国側からはカート・キャンベル国家安全保障会議(NSC)インド太平洋調整官、カラ・アバクロンビーNSC国防政策及び軍縮管理担当調整官が参加した。これ以外にも両側NSC、国防部、外交部および軍事当局関係者が出席した。

このNCGは、2023年4月26日、米韓同盟70周年を記念して、ワシン尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領とジョー・バイデトンDCを国賓訪問した韓国のン大統領との間で発表した「ワシントン宣言」の核心となる韓米拡大抑止強化のための協議体である。

今回の初会合で特に注目すべきは、この会合に合わせて、米国の戦略原子力潜水艦(ケンタッキ―・SSBN・核兵器を搭載)が、1981年以来再び釜山港に寄港したことだ。

キャンベル氏は会見で「数十年ぶりに戦略原子力潜水艦ケンタッキ―が寄港中だ」とし、「NCGが発足し、政府を挙げての包括的な努力が、長期間続けられる意思と公約を、目に見える形で実現させることが重要だ」とケンタッキ―を展開させた背景を説明した。

■ 「拡大抑止戦略」の核心は「金正恩除去作戦」

 この拡大抑止戦略の一環として進められているのが「金正恩除去作戦」である。そこには、北朝鮮の核使用意思=金正恩を除去してこそ、北朝鮮非核化が実現できるとの米韓の認識が込められている。こうした戦略の実践は、韓国で尹錫悦政権登場後、米韓共同で現実味を帯びた形で迅速に進められている。

クラウゼヴィッツは、「戦争論」において、戦争勝利戦略の核心は、敵の急所に攻撃を集中することにあるとし、その急所を軍事力とした。

この戦略は、1990年―1991年の湾岸戦争でも適用された。アメリカの第41代大統領、ジョージ・H・W・ブッシュ大統領は、「砂漠の嵐」作戦で、クエート侵攻に出たイラク・フセイン政権の軍事力壊滅に力を注ぎ、それを実現させた。

しかし、イラクの軍事力が壊滅状態となったにも関わらず、フセインの独裁体制は倒れなかった。専制独裁国家では、軍事力が壊滅しても、独裁者が生存している限り、体制崩壊が起こらないことが明らかになったのである。

この教訓から、ブッシュJr大統領は、2003年のイラク戦争においては、軍事力の壊滅とともに、独裁者フセインの抹殺を中心目標に掲げた。そして、大統領のフセインを除去することで、イラクの独裁体制を倒すことができたのである。これで、専制独裁国家の急所が、指導者にあることが明確にされた。

 米国は、30年近くの間、「北朝鮮非核化」を主張し、様々な交渉を重ね、北朝鮮を変化させようとして、政治・経済・軍事的に圧迫し続けたが、北朝鮮の政権交代は起こらず、非核化政策は失敗に終わった。むしろ北朝鮮の「金氏3代専制独裁体制」に、核ミサイル開発の時間と資金を与える結果をもたらしたといえる。「炎と怒り」の対応で、成功を収めるかに見えたトランプ政権も、結局「対金正恩和策」に逆戻りした結果、非核化は失敗に終わった。

米国は、30年間の教訓から、対北朝鮮核抑止政策は、その「意志」の壊滅、すなわち「金正恩除去」に重点が移さなければならないとの教訓を得たようだ。

■ 金正恩除去戦略を隠さなくなった米韓

北朝鮮が、2回目の火星18型ICBMを発射実験を行った4日後の7月16日、韓国国防省は、アメリカ海軍の原子力潜水艦「ミシガン(SSGN)」」が、プサン(釜山)に入港したことを明らかにした。「ミシガン」の入港は、2017年以来だ。

原子力潜水艦ミシガンは、射程が2500Kmの巡航ミサイル「トマホーク」を150発余り搭載できる原潜だが、核兵器は搭載されていない。その代わり、特殊部隊を送り込む潜水艇を装備し、特殊部隊要員を搭乗させている。すなわち「金正恩除去作戦」を行う能力のある原子力潜水艦だということだ。こうした原潜をわざと見せつけるのは、極めて異例なことである。

韓国国防省は「今回のミシガン入港を契機に、両軍による特殊作戦訓練で、高度化する北の脅威への対応能力を強化する」と強調し、米韓両軍による「金正恩斬首作戦」を隠そうとしなかった。

■ 米国は、北朝鮮ミサイル発射前除去作戦も見せつけた

米国はまた、「金正恩斬首作戦」成功のための「ミサイル発射前除去作戦」も大々的に見せつけた。

火星18型ICBMを発射実験を事前に察知していた米国は、それを監視するためにコブラボール偵察機を、7月3日から11日(韓国時間12日)まで、朝鮮半島に貼り付けた。

そればかりか、発射状況を正確に把握するために、グロ―バルホークやU2s、海軍の対潜哨戒機P-8Aポセイドンを飛ばし、通信傍受を行う偵察機リベットジョイントまで動員した。また宇宙からは、数cmまで確認できるKH(キーホール)が監視を続けていた。

米国は、こうした万全の監視体制を見せつけただけでなく、有事に敵基地を叩く体制も見せつけた。敵のレーダ-や通信など電子撹乱のためのEA-18G(グラウラー)、敵のレーダ-網を叩くA-18Cホーネット、敵の軍事施設や地下バンカーを壊滅させるF-15Eストライクイーグル、F35Aステルス戦闘爆撃機、F-22ステルス戦闘機、そして戦略爆撃機のB-1BやB-52H爆撃機、B2爆撃機など、かってないほどの機種と機数が米本土から動員された。それだけでなく、米軍はマイクロウェーブ攻撃でミサイル半導体部品を焼き尽くすCHAMPミサイルでの訓練まで行っていた。

こうした米国の「金正恩除去作戦」に対して、北朝鮮の党副部長・金与正は、7月17日に10日以降4回目の談話を発表し、「数日前、米国が目撃したのは軍事攻撃の始まりに過ぎない」と米国を牽制。また20日には国防相・強純男(カン・スンナム)が「核兵器使用条件に該当できる」と米国を威嚇する談話を発表した。その一方で、19日に短距離弾道ミサイル2発、22日には巡航ミサイル数発を発射した。しかしこの間金正恩は姿を見せなかった。

この北朝鮮の異常なほど敏感な対応は、北朝鮮首脳部が「金正恩除去作戦」をいかに恐れているかを示すものである。今後金正恩が、どのように反応するかが注目される。

トップ写真:米国の弾道ミサイル潜水艦USSケンタッキーが釜山に寄稿(2023年7月19日 韓国・釜山海軍基地) 出典:Photo by Woohae Cho/Getty Images




この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長

1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統治構造ー」(新潮社)など。

朴斗鎮

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