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.国際  投稿日:2021/12/26

金正恩政権は窮地に「2022年を占う!」北朝鮮


朴斗鎮(コリア国際研究所所長)

【まとめ】

・2021年、経済停滞と金正恩の健康悪化も重なり、政権は発足以来の危機に。

・2022年は新型コロナ、自身の健康問題、民心の離反、米朝関係など課題の解決者困難。

・「第2の苦難の行軍」は2022年も続き、金正恩政権はますます窮地に追い込まれていくに違いない。

 

2021年の北朝鮮状況は一言で言って、1月の朝鮮労働党第8回大会で提示した新経済5カ年計画達成のための体制固めと幹部への鞭打ち、そして国民への耐乏生活強要に終始する1年だったといえる。それはまた金正恩の権威が低下する1年でもあった。

2021年にさらに停滞した経済と低下する金正恩の権威

2019年末に中国から始まった新型コロナウイルスの蔓延は、北朝鮮における2020年からの「正面突破戦」を「新型コロナウイルス突破戦」に変えた。しかし強力な国連安保理制裁が維持され、風水害の後遺症も癒えないままでは北朝鮮経済の回復は望むべくもなかった。経済はさらに停滞し、金正恩の健康悪化も重なって金正恩政権は発足以来の危機を招いた。

金正恩政権は「自力更生」という国民財産収奪政策で苦境からの突破を図る一方で、コロナ防疫を口実に国全体を監獄化し、国民の目と耳と口を塞いだ。情報をはじめとしたすべての分野で統制は強化され、北朝鮮の国民生活は1990年代の「苦難の行軍」以来の悲惨な状態となった。

その結果、金正恩の指示命令は至るところで通じなくなり、彼の現実無視の命令は軍首脳からも拒否されるに至った。軍序列トップで核ミサイル開発を牽引してきた党中央軍事委員会副委員長の李炳哲(リ・ビョンチョル)及び国防省首脳までもが金正恩の命令を忠実に実行しなかったとして更迭・粛清された。

■ 2021年後半から強化された金正恩称賛宣伝

こうした状況の中で、2021年後半から金正恩の権威を高め、彼への絶対忠誠を求める記事が労働新聞を始めとした北朝鮮官製メディアに頻繁に登場するようになった。

2021年5月に入って金正恩を「首領」と表現する用語を多用する労働新聞の個人署名論説記事が次々と掲載された。この現象について、韓国国家情報院は10月に、金正恩総書記を祖父・金日成、父・金正日と同格にする動きだとの情報を流した。

韓国メディアはこの情報に追随し、金正恩が「最近になって『首領』と呼ばれ始めた」と一斉に報じ、日本でも複数の大手メディアがそれを報じた。一部日本の学者・ジャーナリストは、「首領」との用語は金日成にだけ使われる用語だと曲解し、金正恩を金日成、金正日と同格にするものだなどと騒ぎ、韓国発の情報を拡散させた。しかし、金正恩に対する「首領」表現は、金日成や金正日と同格にするものではない。

北朝鮮の首領絶対独裁制のもとでは、当代の最高権力者を一般的に「首領」と呼称する。したがって現在の金正恩を「首領」と呼ぶこともある。そうしたことから労働新聞の個人署名入り論説などで金正恩を「人民の偉大な首領」などと形容した文章が見受けられる。

だからといって朝鮮労働党の創建者である金日成や金日成を神格化した金正日との同格化が公式化されたわけではない。それは金正恩の権威を強調し、金正恩に絶対服従させるために使ったものだと言える。

北朝鮮の公式文献では、金日成、金正日と金正恩を明確に区別するために、金日成に対しては「偉大な首領」、金正日に対しては「偉大な領導者」または「偉大な将軍様」、金正恩に対しては「敬愛する金正恩同志」または「敬愛する総書記同志」と格付けされている。現在、労働新聞社説や「わが民族どうし」などで正式報道するときにはこうした格付が厳格に守られている。

▲写真 文在寅韓国大統領と金与正北朝鮮労働党中央委員会副部長(現在) 2018年5月16日、板門店にて 出典:Photo by South Korean Presidential Blue House via Getty Images

■ 2022年に突きつけられた課題

2022年に北朝鮮の金正恩政権がどのような方向に進もうとしているかは、まもなく12月末に開かれる朝鮮労働党第8期第4回中央委員会総会で明らかになるだろう。この総会では多分、経済5カ年計画初年度(2021年度)の目標は成功裏に達成されたと総括するに違いない。そうしなければ低下する金正恩の権威を立て直すことができないからだ。しかし実態はそれとはかけ離れている。

こうした中で2022年に金正恩政権の前に立ちはだかる課題は一つや2つではない。

まず新型コロナウイルスの変種「オミクロン株」の襲来問題だ。これで国境閉鎖は継続せざるを得なくなり、北朝鮮の経済的孤立は続くと予想される。国民の飢餓状態は解決できないだろう。金正恩の看板である「人民第一主義」がどこまで貫けるかが問われる正念場を迎えることになる。

次に金正恩の健康問題だ。12月17日に錦繍山太陽宮殿で行われた「金正日死去10周年追悼式」で見せた金正恩のやつれ顔は、健康に問題があることを改めて全世界に知らしめた。彼の健康に問題がないとしているのは、韓国の国家情報院だけだ。

3番目は金正恩健康問題と関係した金与正の浮上だ。金与正の再浮上は、金正日死去10周年の追悼式でも確認された。金与正の金正恩への忠誠が確固たるものであるとしても、彼女の周りに集まった人たちが必ずしも金正恩に忠実とは限らない。権力中枢での混乱が予想される。

4番目は金正恩からの民心の離反だ。2021年だけを見ても住民の金正恩政権に反対する動きはあちこちで見られた。軍の食料供給問題と関係して軍中枢の不服従も表面化した。またエリート層の離反も目立っており、年末には彼らをなだめるために平壌での食料特別供給を行わざるを得なくなった。2022年も民心の金正恩からの離反は続くとおもわれる。

5番目は米朝関係だ。国連安保理制裁と米国の独自制裁は、この1年間何一つ緩和されなかった。任期末の文在寅政権が、金正恩への置き土産として捧げようとしている「終戦宣言」も金正恩の思惑通り進んでいない。非核化を前提としない「終戦宣言」にバイデン政権が同意していないからだ。また2022年3月に韓国の野党が政権を握れば、これまでのように韓国政府を利用した対米交渉は困難となるだろう。

こうした難問を金正恩政権は解決できるのだろうか?どう見ても解決は困難に見える。北朝鮮の「第2の苦難の行軍」は2022年も続き、金正恩政権はますます窮地に追い込まれていくに違いない。

トップ写真:テレビニュースで金正恩を見るソウル市民(2020年5月20日) 出典:Photo by Chung Sung-Jun/Getty Images

【訂正】2021年12月26日21時38分 太文字部分を訂正

訂正前)3番目は金正恩健康問題と関係した金与正の浮上だ。金与正の再浮上は、金正死去10周年の追悼式でも確認された。

訂正後)3番目は金正恩健康問題と関係した金与正の浮上だ。金与正の再浮上は、金正死去10周年の追悼式でも確認された。




この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長

1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統治構造ー」(新潮社)など。

朴斗鎮

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