無料会員募集中
.国際  投稿日:2024/6/2

金正恩の「先代越え作戦」は成功するのか?(下)


朴斗鎮(コリア国際研究所所長)

【まとめ】

・金正恩が権力を受け継いで12年が過ぎた今、国民は飢餓に苛まれている。

・北朝鮮住民の反金正恩感情は日に日に高まっており、思想的変化も深まった。

・若者を対象にした宣伝扇動事業は思ったような成果が得られていない。

  

3、金正恩の「先代越え作戦」で思想崩壊の危機は回避できない

2012年4月、金正恩は権力を受け継いだあと、国民に「2度と腹をすかすことがないようにする」と公言したが、12年が過ぎた今、国民は当時よりも更に腹をすかせ、飢餓に苛まれている。

それにもかかわらず、金正恩は、莫大な費用をかけて核ミサイル開発を続け、今年中に3基の軍事衛星を発射するとして、5月27日午後10時44分に第1基目を発射した。だが、2分後の46分に発射ロケットは爆発し、3度目の失敗に至った。この失敗でまたもや全住民の食料数カ月分の資金が吹き飛んだ。

こうした金正恩の反民族的・反人民的行為の中で、若年層をはじめとした北朝鮮住民の反金正恩感情は日に日に高まっており、思想的変化も深まった。金正恩体制の根幹である「首領絶対思想」はいま、かつてない揺らぎを見せ始めている。

■ 金正恩体制下で若者の意識変化は進んでいる

朝鮮労働党理論誌「勤労者」2019年2月号は、ペク・ハンリョン平安北道青年同盟委員長の寄稿文を通じて、「青年を無防備で放置すれば、(アラブの春のような)想像外の恐ろしいことが起きかねない」と警告していた。

 ペク委員長は寄稿文の中で、「外部情報」流入の危険性を強調し、「『アラブの春』による政権交代の悲劇的事例が連続したことも、その国の青年が米国の吹き込むでたらめを真に受け、欺瞞(ぎまん)宣伝に足並みを合わせて踊ったからだ」と指摘した。

その上で、「(アラブでは)主に20代の青年が携帯電話を通じ、西側のインターネットに接続し、西側の宣伝資料を見て、反政府行動に合流した。青年らを無防備状態で放置すれば、恐ろしいことが起きかねないという深刻な教訓を心に刻むものだ」と分析していた。

 また、別の筆者、ナム・ミョンソンは「ソ連と東欧の社会主義国で、社会主義を崩壊させ資本主義への復活で先頭に立ったのは、ほかでもなく青年たちだ」とし、「現在も世界の多くの国々で社会の懸念材料や問題は全て青年によってつくり出されている」と主張した。

そして政権幹部と思われるオ・ヨンヒョクは「革命伝統教育を怠れば、人々が敵の絶え間ない圧力と封鎖の前で動揺し、敗北主義に陥り、革命を放棄することになり、血で勝ち取った社会主義を守れなくなる」と述べ、革命伝統教育の重要性を強調した。

こうした危機意識の中で、金正恩は新型コロナウィルス事態を利用して、北朝鮮社会を外部世界と遮断しようとしたが、一度流入した外部文化は金正恩の権威を蝕み、「首領絶対洗脳」の効果を弱めさせ続けたのである。

■ 若者層の意識変化を逆戻りさせることはできない

今回、金正恩が金日成を「太陽」の座からおろし、自身が太陽となるプロパガンダを始めたのは、この方法以外に自身の権威を高める術がなくなったからだと思われる。しかし、このプロパガンダは、一見、金正恩の権威を高めるように見えるが、その意図とは正反対に世襲体制の根幹を崩しているといえる。

4月20日から23日まで平壌で開催された朝鮮労働党第2回宣伝部門イルクン(幹部)講習会で、党中央委員会宣伝扇動書記の李日煥(リ・イルファン)は、「党組織と党宣伝部門の活動家が激変する現実に応じることができず、宣伝・鼓舞活動においてはっきりした改善がない」と指摘した。若者を対象にした愛国心、党や金正恩に対する忠誠心を引き出す宣伝扇動事業において、思ったような成果が得られていないということだ。

韓国統一部が去る2月6日に公開した「北朝鮮経済・社会実態認識報告書」では、金正恩の権力継承に対する否定的評価が、執権直前である2006~2010年の脱北者では36.6%だったが、金正恩が各種粛清などを通じて指導部内を固めた2016~2020年に脱北した人たちでは56.3%に達したと明らかにしている。

また北朝鮮版ロイヤルファミリーの「白頭血統」に対する反感も大きくなった。金正恩の父親である金正日時代に脱北した人では、白頭血統世襲に反対する回答者が30%前後だったが、金正恩が執権した直後である2011~2015年の脱北者では42.6%が否定的評価を出した。2016~2020年の脱北者は過半数を超える54.9%が白頭血統世襲に反対した。

北朝鮮は、「青年教養保障法」を制定し、若者に「社会主義強国建設のための突撃隊になれ」との思想教育を行っているが、当の若者は「なぜ党と首領、国のために命を捧げなければいけないのか」と反発している。

最近の韓国デイリーNK情報によると、20代(平壌在住)のAさんは、「『自分の幸せを投げ売って、国のためにきつい職場を選択する青年英雄』には表向き拍手を送るが、裏では『頭がおかしくなってあんな選択をしたんだ』、『人付き合いができないから、国のプロパガンダを信じてしまう」と語ったという。

このような現象に対して、北朝鮮の「社会主義愛国青年同盟の学習資料」は、「社会主義の信念で武装し党と祖国への忠誠心で燃えなければならない若者が、個人的な金稼ぎや経済的安定にしか関心を持たないのは、打開すべき問題」と記した。

韓国デイリーNKが、複数の北朝鮮の若者に、「人生の願い」は何かと問うたところ、「社会的成功」、「経済的安定」と答えが帰ってきたという。

のつづき)

トップ写真:アンガラロケット発射施設の建設現場を訪問する金正恩とプーチン大統領(2023年9月13日 ロシア・ツィオルコフスキー)出典:Contributor/Getty Images




この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長

1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統治構造ー」(新潮社)など。

朴斗鎮

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."