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.社会  投稿日:2023/5/25

「休めない仕事」を見直すべき時 正しい(?)休暇の過ごし方 その7


林信吾(作家・ジャーナリスト

林信吾の「西方見聞録

【まとめ】

・小学校から高校まで、全国的に教員の不足が問題視されている。

・中学・高校の教員は、部活絡みの業務など拘束時間に見合う給与が得られない。

・教員や看護師たちが有給休暇の取得さえままならない実態を見直すべき。

  

2010年代に「ももち」と呼ばれるアイドルが活躍していた。

本名は嗣永桃子さん。

モーニング娘。などと同じ「ハロー・プロジェクト」のメンバーで、アイドル歌手というよりは、バラエティ番組の常連というイメージだった。まあ、あの世代の女性アイドルは、AKBの人気に押し流されてしまった感があったのだが。

その一方、学業との両立は立派に果たして、2010年、國學院大學教育学部に現役合格。教育実習も含めて4年でちゃんと卒業し、幼稚園と小学校の教員免許も取得したそうだ。

2017年に芸能界を引退したが、それも、幼児教育に携わりたい、という理由であった。

現在は幼稚園の先生をしているともっぱらの噂だが、詳細は分からない。まあ、すでに市井の人であるから、プレイベートを詮索すべきでもないだろうが。

さて、本題。

教職を希望して芸能界を去るようなアイドルがいる一方、小学校から高校まで、全国的に教員の不足が問題視されている。

都道府県によって数値のばらつきはあるものの、首都圏でさえ、東京都以外は定数を満たしていないそうで、その結果、本来は授業を行わない管理職が教壇に立つこととなったり、新年度の教員配置計画に際しては「奪い合い」のような事例まで見られるという。

子供が減っているはずなのに……と素朴な疑問を抱いた向きも多いと思われるが(私も当初そう思った)、そもそもこの配置計画というのが問題で、ここ数年、産休や育休を取得する教員の数が見込みを上回り、結果的に非常勤(=非正規)の教員に頼らざるを得なくなる、というケースが増えたとか。

加えて、教員を志望する学生の数が減っている。

こちらは毎年データが公表されているわけだが、たしかに西暦2000年頃には、全国平均で受験倍率15倍に達した年もあるというのに、ここ数年は3倍程度まで落ち込み、かつ漸減傾向が続いている。

もっとも見方を変えたならば、今もって募集人員の3倍にも達する数の人が、教員採用試験に挑んでいるわけで、採用試験に特化したセミナーも開講されているし、なぜ教員がそこまで不足しているのか、首をかしげざるを得ないのである。

都内の私大で教鞭を執る友人に聞いてみたところ、

「なんだかんだと言っても、教員というのは安定した職業なので、志望する学生が目に見えて減っているとは思えない」

としつつも、

「ただ、出身地の採用枠が十分でないと、意外と狭き門になってしまうのが現実」

なのだと教えてくれた。

言われてみれば、教員の大半は地方公務員で、採用は各自治体が行っている。地元出身者が有利というのは、通勤が便利で単身赴任などさせる必要がなく、かつ、自治体の財源から給与が支出されることから、納税者に納得してもらいやすい、ということであるらしい。

つまり、教員採用試験に限られた問題ではない。

ここで再び見方を変えると、わが国は深刻な財政赤字が続いており、地方の台所事情も楽ではない。当然の結果として、公務員の人件費を抑制する必要に迫られるケースが多く、教員の人件費だけ潤沢に、というわけにはいかない、という事情がある。

このことは首都圏で、財政基盤が強固な東京都だけが教員不足に陥っておらず、埼玉、千葉、神奈川など周辺の自治体は事情が異なる、というデータが如実に物語っているのではないだろうか。

とは言え、これだけでは、教員に「なりたがらない」学生が増えてきているという、もう一方の事実が説明できない。

文部科学省などの調査によると、とりわけ中学・高校の教員は、部活絡みの業務など、授業や校務以外の仕事が多すぎて、拘束時間に見合う給与が得られない。

言い換えると、

「安定した職業ではあるだろうが、決して割のよい仕事ではない」

と見なす傾向が見られるそうだ。

本連載でも述べたことがあるが、私の亡母は教師をしていたので、夕食後も茶の間でテストの採点をしている姿を見ている。

子供の頃は、そうした問題意識を持っていなかったが、あれは「サービス残業」ですらなかったということなのだろう。ただ、夏休みなどはかなりまとまった休暇が取れていたことも、やはり身近で見知っているので、結局は帳尻が合っていたのではないか、とも思う。

ただ、亡母の勤務先は私立の女子高だったので、公立の中学・高校とは色々と事情が異なる面もあったのかも知れない。

いずれにせよ、教員採用の要諦は「柔軟かつ厳格」であるべきだ、というのが私の考えである。

現時点で不足を来しているからと言って、採用基準を緩め、教員の質が低下したのでは本末転倒と言う他はない。また、自治体単位での採用には別の弊害もある。

現行の採用制度では、採用後のデータが共有されていないため、たとえば児童に対するわいせつ行為などの不祥事で教職を追われた者が、他の都道府県に移って教員免許を取得し直すと、知らぬ顔で教室に戻れる、ということが起きる。実例がある話なのだが、まだ幼い被害者がいる案件なので、詳細までは伏せさせていただくが。

最近ようやく、教員免許の更新や再取得が厳格化されつつある。何もしないよりは良いが、抜本的な対策になり得るかどうかは、未だ心許ない。

もうひとつ、いや、より深刻なのは看護・介護職の人手不足だ。

前世紀の終わり頃、バブルがはじけて「就職氷河期」などということが言われ始めた当時から、私は繰り返し、とりわけ女子大生の就職が困難を極めると言われる一方で、看護師の人手不足は全国的に甚だしいものがある、という問題をもっと深刻に受け止めるべきであると訴え続けてきた。

誤解のないように、改めて強調しておくが、看護・介護職を「女性の仕事」と考えているわけでは、決してない。ただ、小中学生の女子に「希望の職業」を問うと、看護師という答えが昔から多かったことは事実で、人気のない職業ではなかったのだ。

にもかかわらず、あまりにも過酷な勤務実態と、給与など待遇面のバランスが取れておらず、退職者の補充もままならない、という状況が一向に改善されていないのである。

教員に話を戻すと、5月22日、政府自民党は教員給与の増額を検討すると発表した。ただ、その具体的な中身は、自民党案によれば、公立学校の教員に残業手当を払わない仕組みを維持する一方、基本給を上乗せするというものだ。

昔からこういうことを「お茶を濁す」と言うのではなかったか。

教員や看護師という、社会的に極めて有用な仕事に付く人たちが「定額働かせ放題」とまで言われる給与体系で、有給休暇の取得さえままならないという実態を抜本的に見直すべきであって、小手先の「改革案」ではなにも変わらない。

トップ写真:イメージ 出典:ferrantraite/GettyImages




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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