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.社会  投稿日:2023/11/23

平均年収でも「安すぎる」・・・? こんな日本に誰がした その3


林信吾(作家・ジャーナリスト

林信吾の「西方見聞録」

【まとめ】

・平均賃金でも「健康で文化的な生活」を送るのが難しくなってきている。

・「絶望的」なまでの格差社会で、データ上の「平均」「中流」と生活実感がかけ離れてきている。

・一日3回ちゃんと食べられない子どもを救済するのは、政治がその責任を果たさなければならない。

 

「昼食は必ず500円以内」「スターバックスを我慢」「月1万5000円のお小遣いでやりくり」「ウーバーイーツの副業で成城石井に行ける」「ラーメンが贅沢、サイゼリアは神」「派遣より時給が低い正社員」「子どもの教育費、いくらかかるの?」

……これは『年収443万円 安すぎる国の絶望的な生活』(小林美希・著、講談社現代新書)という本の、帯に書かれたキャッチコピーである。

「安すぎる国の……」はサブタイトルで、帯にはより大きい活字で「平均年収でできること・できないこと」と書かれている。

国税庁が発表した『令和3年分民間給与実態統計調査』によれば、日本人の平均給与は年額443万円で、前年度より2.4%増加しているという。

これが前掲書のタイトルになっているわけで、要は平均年収に近い所得を得ている人たちの暮らし向きについてのルポルタージュである。

具体的な内容は、冒頭に引用したキャッチコピーから、およそのところは想像がつくであろうが、この年収ではなかなか厳しいものがあるようだ。

個人的には面白く読んだが、批判的に見る向きも少なからずあり、たしかにタイトルがいささか大仰に過ぎるのではないか、といったことをはじめ(まあ業界の常だが笑)、本作りのコンセプトというか切り口に対しては、いささか違和感を抱かざるを得なかった。

そもそも論から言うならば、年収443万円は本当に「平均=ごく普通」なのか、という点を見る必要がある。

平均値とは「データの合計÷個数」で簡単に割り出せるが、全体の何割がその数値に達しているか、というのはまた別問題だ。こうしたデータを見る場合、平均値とは別に「中央値」という概念があることも知っておくべきだろう。

データを数値の大きい順に並べて、ちょうど真ん中に来る数値が中央値である。

年収の問題にこれを当てはめると、ある会社を対象に、

「役員(年収900万円)、正社員(400万円)、パート(200万円)」

の3人を抽出したデータを見てみよう。3人の年収を合計すると1500万であるから、3で割った数値=平均値は500万円となるが、前述の中央値は400万円になる。

これを踏まえて、前掲書のデータよりさらに新しい『令和4年分民間給与実態統計調査』を見ると、平均年収は443万円、中央値は399万円となっている。

さらに、世帯年収の平均は545.7万円、中央値は423万円となる。こちらは厚生労働省が公開した『2022年国民生活基礎調査の概要』から割り出された。

2018年時点では、中央値が437万円だったので、やや低くなっていることが分かる。

中央値が平均値よりやや低い数値になるのは、とりたてて不自然なことでもないが、平均値が少しずつでも上昇しているのに中央値は下がっている、という点に着目したならば、また別の側面も見えてくる。

ある大手アパレル企業の経営者は、世界有数のリッチマンだが、その店舗で働くアルバイト店員の時給など知れたものである。しかも同じアルバイトでも、店長候補は時給1450円、倉庫勤務は950円といった格差があると聞く。

社名を伏せてあるのは「金額は推定」だからだが、いずれにせよ、この会社の全社員を対象に、年収の「平均値」や「中央値」を割り出したところで、一体なにが証明されるのか。

もちろん一般論としては、こうした統計データは有意義で、前述のような基礎データだけでも、ちゃんと見方が分かってさえいれば、

「一部の富裕層が所得水準の平均を引き上げている」

「中央値が下がっているということは、平均年収に満たない人が増えてきているから」

ということが容易に見て取れるのだ。

さらに言えば、男女格差や正社員と非正規雇用との格差にも注目しなくてはならない。

『令和4年分民間給与実態統計調査』によれば、給与所得者の平均年収は、男性が563万円、女性が314万円となっている(男女計457万6000円)である。

『PRESIDENT』誌などの調査では、昨今わが国では、

「年収600万円を超えたら〈勝ち組〉」

と考える人が多いようだが、前述の統計にこれを当てはめると、男性は33.4%が〈勝ち組〉にカウントされるのに対し、女性は8.2%でしかない(男女計22.6%)。

正規・非正規雇用の格差について言えば、前述のように平均年収は457万6000円であるが、正社員だけで見た場合には523万3000円となる。非正規雇用者を含めての統計とは、70万円ほども開きがある。今や日本の勤労人口の36.9%は非正規雇用なので(公益財団法人生命保険文化センター調べ)、こういう数字が出ても不思議はない。

連合(日本労働組合総連合会)の調査によれば、この春にはおよそ30年ぶりという高水準の賃上げが実現したが、これとておおむね正社員に限られた話である。

非正規雇用者の暮らし向きは、最低賃金から想像がつくものだが、今年10月にようやく全国平均1004円と大台に乗ったものの、自治体別に見ると1000円未満のケースがまだまだ多い。

冒頭で紹介した本に話を戻すと、平均年収でも外食すらままならない、ということになる主たる原因は、子どもの教育費だ。多くの人が、そのように考えている。

その一方で、非正規雇用では結婚して子どもを持つこと自体が不可能に近い、という現実に、我々はもっと着目するべきではないだろうか。くどいようだが、平均年収は年収の中央値よりやや上なので、これが「絶望的」だったら、非正規雇用者は一体どうなるのか、という話である。

実際、昨今の日本は貧困が蔓延している。

OECD(経済協力開発機構)は、その国の平均年収の半分以下しか稼げていない人を貧困と定義するのだが、今や18歳以下の日本人のうち7人に1人、一人親世帯の子どもの場合は2人に1人が貧困状態にある。

以前にも本連載で指摘したことがあるが、これはマクロで見れば

OECD加盟38カ国中でも最低レベルであるし、ミクロで見れば、一日の食事で、ちゃんと栄養バランスが取れているのは昼の学校給食だけといったケースさえあるという。事実ニュースサイトなどでは、

「うちはお金がなくて晩ご飯が出ないから、恥ずかしいけど給食を2~3人分食べます」

というナレーションと女の子の映像を流して、募金を呼びかける広告を連日目にする。

言うまでもないことだが、こうした子どもたちのことを考えれば、スターバックスを我慢するから「絶望的」とはなにごとか……という話ではない。平均賃金でも「健康で文化的な生活」を送るのが難しくなってきていることは事実であり、その理由を突き詰めて行くと、それこそ「絶望的」なまでの格差社会で、データ上の「平均」「中流」と生活実感がかけ離れてきている、というところへ行き着く。

そして、なにより重要なことは、一日3回ちゃんと食べられない子どもを救済するのは、募金などの善意に頼るのではなく、政治がしっかりとその責任を果たさなければならない、ということだ。

トップ写真:イメージ(本文とは関係ありません)出典:Yuki Kondo/GettyImages




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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