駐日ウクライナ大使、戦争終結後の復興で日本に期待
本田路晴(フリーランス・ジャーナリスト)
【まとめ】
・コルスンスキー駐日ウクライナ大使は、ロシアとの戦争後のウクライナ復興に対する日本の支援に期待。
・アジアで求められる日本の役割は「ソフト・スーパーパワーを目指すこと」。
・ウクライナ復興を成功させるには「指導者と国民が団結する」ことが不可欠。
ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領の参加で世界中の注目を集めることになった広島のG7サミット(先進7カ国首脳会議)。恒例の首脳たちの記念撮影をテレビでチラ見する程度の関心しかなかったサミットに対し、これまで関心を持たなかった私も、20日にゼレンスキー大統領が広島空港に到着してからは、翌日21日夜に帰途につくまでの一挙一動を真剣に見入った。
興奮冷めやらぬ広島から戻ったセルギー・コルスンスキー駐日ウクライナ大使を港区の在日ウクライナ大使館に25日訪ね、広島サミットの様子やウクライナ支援で今後日本に求める役割などを聞いた。
今回のゼレンスキー大統領の対面によるサミット参加は大使自身、寝耳に水だったようで、「警備の問題などもあり当初はあくまでオンラインでの参加予定だった。大統領の(広島)訪問は数日前に知らされた」という。
大使はG7(日本、米国、英国、フランス、ドイツ、イタリア、カナダ)プラスEU(欧州連合)とゼレンスキー大統領の対面による会談が実現したことを評価した上で、インドなどの招待国を交えての会議にも触れ「これまであまり接点のなかったインドネシアと韓国の大統領、インドのモディ首相と会えたことは大きな成果だ。彼ら指導者の中にはロシアのプロパガンダに影響され、ウクライナについての正しい知識がない人もいた。だから大統領による対面の会談は重要だった。すぐに理解は得られないかもしれない。でも、まずは対話を始めることが大事だった」と一連の会談を振り返った。
大使は語気を強め、「ロシアはウクライナが戦争をしたがっているように(南半球を中心とした新興・途上国からなる)グローバルサウスの国々に話し、ウクライナを貶めている。ウクライナは平和を求めている。また、領土の妥協で平和は達成できないということも知ってもらいたい」とこれらの国々に働きかけるロシアを非難した。
ロシアによるウクライナ侵攻から丸一年を迎えるのに合わせ今年2月23日、国連の緊急特別会合でロシア軍の即撤退と戦闘停止などを求める決議案が採択された。
決議案自体は大多数の国の支持を得て採択された。約30カ国が棄権、その中には今回の広島サミットに招待されたインドやベトナムも含まれていた。
■ウクライナ戦争終結後の復興で日本の役割に大きく期待
ゼレンスキー大統領は21日夜、広島市内で行われた会見で「破壊された広島の写真がバフムトに似ていた。ロシアに破壊された街が広島のように平和な街に再建されることを夢見ている」と述べた。
コルスンスキー大使は「1923年の関東大震災、第二次世界大戦(1939年〜45年)、1995年の阪神淡路大震災、2011年の東日本大震災とあったが、その度に日本は復興を果たしてきた。破壊し尽くされた都市の復興での豊富な経験はもちろん、第二次世界大戦後は国そのものを再建した。特に戦後の復興は個々の日本人の頑張りもあるが新憲法を制定し、新しい政治と議会の仕組みを作り、成長のための道筋を整えたことも大きい。日本の復興に学ぶことは多々ある」と述べ、ロシアとの戦いを終えた後のウクライナの復興での日本の支援に期待を寄せた。
大使の発言の背景には日本が憲法上の制約で、欧州や米国のような他のG7加盟国と違い、ウクライナに武器を供与し、軍事訓練を施すことができない事情への理解がある。ウクライナのロシアとの戦いで、日本は直接的な軍事支援ができなくても戦後の復興で大きな役割を果たせるからだ。
岸田首相は21日、広島市でゼレンスキー大統領と会談し、100台規模の自衛隊車両と自衛隊員が訓練や災害派遣で食べる携行食約3万食分を供与することを公表した。大使は24日、防衛省で行われた引き渡し式に出席、井野俊郎防衛副大臣から供与される資材の目録を手渡された。
大使によると、約二週間ごとにウクライナの各省庁、各地域から代表団が日本に派遣され、阪神淡路大震災や東日本大震災の被害を受けた自治体がいかに復興を果たしたかなどを学んでいるという。東北地方に派遣されたウクライナの使節団は東日本大震災で壊滅的打撃を受けた農家がいかに復興を果たしたかを学んだという。
■「ソフト・スーパーパワー」としての日本への期待
ウクライナ侵攻後、結束を強めるロシアと中国について大使は「兄弟のようなものだ」と評した。その上で、「蜜月ぶりを示す両国関係には真剣に注意を払うべきだ。ロシアは恐るべき核の力を持っており、中国もそれを目指している」と両国の動向に今後は細心の注意を払うべきとした。
日本の周囲に目を向ければ、中国は南シナ海における軍事プレゼンスを強化してきた。スプラトリー(南沙)諸島の岩礁や暗礁を埋め立てて人口島を造成し、一部は軍事基地化した。
同諸島に加え、パラセル(西沙)諸島などでも中国は既成事実を重ねることで領土拡大を図り、ベトナム、フィリピン、マレーシアと領有権を巡って争っている。
大使は「チャイナ・モデル以外にも選択肢があることを他のアジア諸国に示すべきだ」と述べた上で、アジアで求められる日本の役割について「ソフト・スーパーパワーを目指すべき」とした。
中国は軍事力に依拠する形で南シナ海の支配権を無理やり強めてきた。それに対し、ソフトパワーは軍事力や経済力に頼ることなく「その国が有する文化や政治的価値観、政策の魅力などにより自分の望むことを相手にも望んでもらうようにする力」を目指さなくてはならない。
ソフトパワーの行使にはアジア諸国の支持、理解と共感を得ることが前提条件となる。一方で、ハードパワーに頼る中国は軍事力、経済力を使ってアジアにおけるプレゼンスを強め、東南アジアなどで日本は押され気味だ。
大使が言う「ソフト・スーパーパワー」を目指すには、より積極的に外交政策などの面で発信することが求められる。
広島G7サミットにゼレンスキー大統領を招き、一致団結し国際秩序を守り抜く姿勢を見せたことは、リーダーシップを発揮できる日本としての新たな魅力として諸外国には映っただろう。民主主義という普遍的価値観に加え、被爆地である広島から「核兵器のない世界」の実現に向けた取り組みへの日本の強い決意をこれまで以上に内外に示すこともできた。これもある意味、日本のソフトパワーの活用の成功例と言えないだろうか?
多くの人がゼレンスキー大統領と岸田首相が並んで平和記念資料館を訪れた後、原爆死没者慰霊碑に献花する姿に心を打たれた。「スーパー」がつくかは今後の努力次第だが、普段は恒例の首脳陣の記念撮影と共同文書の発表だけに終わるG7サミットを最高のエンターテイメントに仕立て上げた日本政府はアニメ、漫画だけでない日本のソフトパワーの奥行きの深さを如実に全世界に見せつけた。
会見でコルスンスキー大使はウクライナが学ぶべき日本人の特質として「団結力の強さ」を挙げた。大使はロシアによるウクライナ侵攻後は「大統領の元まとまっている」としながらも「その前は酷かった。ゼレンスキー大統領は2019年の大統領選で当選した時は73%を超える人気を誇っていたのに、人々は翌日から大統領批判を始めた。指導者を一度は信頼し、まずは何かをやらせてみようという姿勢に欠ける」と述べ、ロシアとの戦いの後の復興を成功させるには、第二次世界大戦後の復興を成功させた日本に倣い、「指導者と国民が団結する」ことが不可欠とした。
トップ写真:ゼレンスキー大統領が参加した広島G7サミットを振り返るセルギー・コルスンスキー駐日ウクライナ大使、後方の肖像写真はウクライナ出身のコサック騎兵将校を父に持つ昭和の大横綱・大鵬(2023年5月25日)筆者撮影
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この記事を書いた人
本田路晴フリーランス・ジャーナリスト
沖縄平和協力センター上席研究員。