ストロングマン=権威主義者の時代到来
本田路晴(フリーランス・ジャーナリスト)
【まとめ】
・カンボジアのフン・セン前首相が4月3日、上院議長に選出された。
・カンボジアは有力な野党勢力が存在しない、実質的な人民党の“一党独裁”状態。
・世界は、自由で公正な選挙の実施など歯牙にもかけない権威主義体制に傾く危険性を帯び始めてきた。
カンボジアのフン・セン前首相が4月3日、上院議長に選出された。上院議長は国王不在または緊急時に国王代行として国家元首の任を務める重要ポスト。2月25日に投開票された上院選ではフン・セン氏が党首を務める与党・カンボジア人民党(人民党)が改選議席58議席中55議席を獲得し圧勝していた。議長選挙で3議席を獲得した野党「クメール意思党」も賛成に回ったため、フン・セン氏は満場一致で議長に選ばれた。
選出後、フン・セン氏は「国王に次ぐ、高位の役割をカンボジアの国際外交に役立てる」と決意を述べた。
これで、長男で首相のフン・マネット氏、三男で副首相のフン・マニー氏ら一族でカンボジアを支配するフン王朝は一応の形を整えることになった。
■ UNTACも今は昔
1993年5月に国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)監視の下で、曲がりなりにも“自由で公正”な選挙を実施したカンボジアだが、その後、フン・セン氏率いる人民党は徐々に、野党に対する弾圧を強め、現在のカンボジアは有力な野党勢力が存在しない、実質的な人民党の“一党独裁”状態となっている。
フン・セン氏による野党勢力の弾圧は、野党のカンボジア救国党(救国党)が躍進した2013年7月の総選挙を契機に加速した。全123議席中、人民党が前回比で22議席減らし68議席に大きく後退したのに対し、救国党が55議席を獲得する大躍進を果たした。
2012年12月30日付のオンラインニュース「オーストラリア・ネットワーク・ニュース」などによると、不正があったとして選挙結果の受け入れを拒否した救国党と、最低賃金の引き上げを求める労働組合が合流し、フン・セン首相の退陣と選挙のやり直しを求める数万人規模のデモが同月29日、プノンペン市内を練り歩いた。
一連の動きを体制への危機と見たフン・セン氏は2018年の総選挙を翌年に控えた2017年9月3日には救国党のケム・ソカー党首を「アメリカと共謀して国家転覆を企てた」と逮捕し、救国党も同年11月16日に最高裁判所より解散を命じられた。フン・セン氏率いる人民党は最大野党を排除して行われた2018年7月の総選挙で全125議席を獲得し圧勝した。
昨年(2023年)7月に行われた総選挙では、有力野党キャンドルライト党が書類不備を理由に選挙への参加が認められなかった。同党が2022年6月に実施されたコミューン(地域行政区)の評議員を選ぶ地方選挙で22.25%の票を得たことがフン・セン氏には“体制への危機”と映ったようだ。人民党はこの選挙でも125議席中120議席を獲得する圧倒的勝利を収める。
野党に議席数で肉薄された2013年の教訓を糧に、フン・セン氏は徹底的に脅威となる野党勢力を潰して選挙戦に臨み、2018年、2023年と続けて圧勝した。
■ 選挙を権力維持のために利用する新世代のストロングマン
脅威となる野党勢力を徹底的に排除して行う選挙はもはや「自由で公正」な選挙とは言えない。しかし、フン・セン氏だけが特別なことをしている訳ではないようだ。
ムッソリーニ、ヒトラーから現在のプーチン、トランプまでのストロングマン(権威主義者)たちが如何にして自らの権力を維持するために民主主義の仕組みを形骸化させてきたかの系譜を辿る『新しい権威主義の時代 ストロングマンはいかにして民主主義を破壊するか(上)』ルース・ベン=ギアット(著)小林朋則(訳)原書房によると、新世代のストロングマンが権力の座に就くために用いるのは軍事クーデターではなく、選挙となった。
「昔から選挙は開かれた社会の印であり、選挙制度の欠落は専制政治の特徴とされてきたが、新たな権威主義者たちは、権力の座にとどまり続けるために選挙を利用し、必要な結果を手にするため詐欺や投票妨害など反民主主義的な戦術を展開する」(同著、84ページ)。しかも、軍事クーデターでなく、曲がりなりにも選挙という民主主義のプロセスを踏んで、権力の座に就いているので、「その座からの追放を避けられる可能性が高くなり、罰を受ける可能性が低くなる」というのだ。
これらを忠実に実践した最近の分かり易い例が3月に約87%の得票率で圧勝したロシアのプーチン大統領だ。投票に至るまでの過程で、収監先の北極圏の刑務所で死亡した野党指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏を始めとする脅威となる対抗馬を徹底的に排除した。
フン・セン氏もプーチンも、新世代のストロングマンの例に漏れず、忠実に自らの権力維持に選挙を利用した。選挙を行う以上、表向きは民主性を装うことができる。人権にうるさい西側の批判を躱すことができるのも選挙の利点だ。
■ 後退する民主主義、増える権威主義体制
民主主義国家たる日本に住んでいると気づきにくいが、実は権威主義体制は世界の国々の半数近くを占める。
スェーデンの独立研究機関Varieties of Democracy(V-Dem)研究所が3月に公表した報告書によると、2023年に世界の平均的な人々が享受している民主主義のレベルは1985年レベルまで低下した。2009年以降、独裁化する国に住む世界人口の割合ほぼ15年連続で民主化する国に住む割合を上回っている。
2023年に、権威主義体制下に住む世界の人口は71%で2003年の50%から大幅に増えた。同報告書によれば、カンボジアもロシアも、選挙の自由と公正が保たれていない選挙型権威主義に分類される。
自由で公正な選挙により指導者を選ぶ。この当たり前のプロセスが、シロアリが家の土台を知らぬ間に食い尽くしていくように世界各地で静かに崩れ落ちつつある。
現時点で日本と共に、自由民主主義体制に分類される米国も11月の大統領選の結果次第では今後、ストロングマンが支配する「権威主義体制」に変容してしまうかもしれない。
■ 接戦となった2000年の米大統領選時に放ったフン・セン氏の皮肉
大接戦となった2000年の米大統領選で、民主党候補のアル・ゴア(副大統領)と共和党候補のジョージ・ブッシュ候補は勝敗の決め手となるフロリダ州(選挙人25人)の投票結果を巡り、1ヶ月以上に及び争った。
一連の騒ぎを見たフン・セン首相(当時)は「カンボジアから選挙監視団を派遣しようか」との皮肉を述べたが、それをもはや冗談と受け止められないほど、アメリカを含め、世界の体制は、自由で公正な選挙の実施など歯牙にもかけない権威主義体制に傾く危険性を帯び始めてきた。
仮に「もしトラ」がなった場合、トランプ氏が頼りとするのは建前の民主主義を口にするG7のリーダーではなく、プーチン、習近平といったストロングマンたちかもしれない。
トランプ氏の呼び掛けで「世界ストロングメン・サミット」が開かれれば、フン・セン氏は間違いなく、アジア代表の一人として招待されるだろう。
▲写真「新しい権威主義の時代 上:ストロングマンはいかにして民主主義を破壊するか」ルース・ベン=ギアット (著) 小林 朋則 (翻訳) 原書房 出典:amazon
トップ写真:EU/ASEANサミットで議長と務めるフン・セン カンボジア首相 (2022年12月14日 ベルギー・ブリュッセル)出典:Pier Marco Tacca/Getty Images
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この記事を書いた人
本田路晴フリーランス・ジャーナリスト
沖縄平和協力センター上席研究員。