沖縄基地問題の新局面③ 「自衛隊配備」で漂流する政治
目黒博(ジャーナリスト)
【まとめ】
・沖縄離島へのミサイル配備で地元住民の不安が増している。
・一般県民は生活苦に直面しているためもあり、「台湾有事」への危機感は薄い。
・自衛隊配備問題で、左右の両極が激突し、穏健派は躊躇している。
昨年冬、まさかのウクライナ戦争勃発で、にわかに「台湾有事」の可能性が語られ始めた。それ以来、沖縄では、この新しい「危機的な事態」をめぐって、さまざまな議論やイベントなどが行われてきたが、状況は刻々と変化している。しかも、政治や有識者たちの対応が必ずしも的確でないため、争点が明確になっているわけでもない。
この記事では、八重山諸島(与那国、石垣など)への自衛隊配備問題への反応を取り上げ、沖縄政治の漂流ぶりとその背景を考えてみたい。
■ 石垣市議会で2本の意見書可決の背景
安全保障の専門家の多くは、専守防衛から一歩踏み出した岸田政権の防衛力強化策を高く評価する。だが、「有事」の際に真っ先に戦域になると予想される、八重山の住民に対する情報提供の遅れは、不評を買った。
それに加えて、政府が離島へのミサイル部隊の配備と、ミサイル長射程化による反撃能力の保有を謳ったことで、一部の地元住民は、中国のミサイルの標的になるとの恐れを抱く。安保3文書の閣議決定直後の12月19日に、石垣市議会で可決された政府に対する2本の意見書は、地元住民の不安を象徴する。
どちらの意見書も、「長射程ミサイル配備」に対する住民の懸念を訴え、十分な説明を要求するものであった。会期末が迫っていたため、一本化できず、全く同じタイトルの意見書が2本可決された。
▲写真 地対空誘導弾ペトリオット(PAC-3)出典:航空自衛隊
保守系が発案した意見書は、「情報公開と住民への十分な説明を強く求める」もので、全会一致で可決された。一方の革新系が中心の意見書は、長射程ミサイルの石垣への配備への懸念がより強調される(賛成11、反対9、欠席1)という違いがあった。
興味深いのは、過半数の議員(11名)が両方の意見書に賛成したことだ。十分説明をしてこなかった政府への不満と、「有事」になれば巻き込まれる不安が、入り交じる。
■ 自衛隊基地に関する住民説明会で疑念は消えず
石垣市では、議会の要求に応じて、3月22日に石垣市、沖縄防衛局、陸上自衛隊(以下、陸自)石垣駐屯地による住民説明会が開催された。しかし、駐屯地の開設がほぼ1週間前の16日であり、順序が逆になってしまった。
▲図 陸自石垣駐屯地完成イメージ図 出典:石垣市「石垣駐屯地説明会」
しかも、説明会が1時間に限られたことなどで、革新系の多くは欠席する。また、自衛隊基地新設は既成事実であり、マスコミや一部の政治家や有識者が騒いでいるだけと冷めた見方もあった。「戦争は起きるはずがない」という楽観論、「起きたら最後だ」という悲観論、「決まっている計画を聞いてどうする」という諦めが交錯した。
市民の関心が薄らぐ中、1,000人収容の会場に約170人しか集まらず、空席が目立った。
▲写真 石垣駐屯地説明会(2023年3月22日)提供:石垣市議会議員
一方、かつて陸自部隊配備をめぐって賛否が分かれ、激しい対立を経験してきた与那国町での駐屯地説明会は、5月15日に開催された。
同町では、2008年に町議会が自衛隊誘致を決議する、それに反発したグループが、2009年の町長選挙で候補を立て抵抗したが、誘致派の外間守吉現職町長(当時)に敗れた(619票対513票)。
そして、2016年に陸自監視部隊が駐屯する。その後、一部の反対派議員が容認に転じ、町議会では現在、容認派が圧倒的に優勢だ(10議席中7議席)。
▲写真 陸上自衛隊与那国駐屯地 出典:防衛省
▲写真 防衛省与那国住民説明会(2023年5月15日)提供:与那国町議会議員
外間氏は、人口減に苦しむ同町が人口増と経済活性化を達成するには、自衛隊誘致しかないと主張したが、政府からの強い働きかけがあったとの指摘もある。
さらに、防衛省は当初、与那国に駐屯するのは「監視部隊」としただけに、ミサイル部隊の新設に唐突な印象を抱く町民が多く、自衛隊を誘致してきた外間前町長や議員たちも当惑する。
与那国に配備予定の地対空ミサイルは、あくまで迎撃用で、攻撃的な兵器ではない。しかし、監視部隊の駐屯地に、「いつの間にか」ミサイル部隊新設が決定されたことで、政府は勝手に方針を変えると警戒する向きもある。与那国配備のミサイルも、将来、敵基地攻撃が可能な長射程型に置き換えられるのではないかとの憶測を呼んだのだ。
▲写真 陸自石垣駐屯地に配備される12式地対艦誘導弾 出典:陸上自衛隊補給統制本部
糸数健一町長の言動も物議を醸す。沖縄防衛局などから得た情報を議員と共有せず、テレビのインタビューでは、「国防が一番大事」などと語るなど、タカ派色の濃い、独断専行型の同町長には、支持者からも疑義が出ている。
住民説明会では、町長は出席していたが挨拶もせず、彼が欠席したと思い込んだ町長を支持してきた住民が、激怒して「町長を出せ」と叫びながら退席する一幕もあった。駐屯地と地元コミュニティの関係は波乱含みとなっている。
■ 沖縄における自衛隊のイメージ
本土と比べると、沖縄における自衛隊のイメージは錯綜している。
共産党や社民党などの革新系左派は、そもそも自衛隊に対して否定的だ。逆に保守系タカ派などは自衛隊基地強化を歓迎する。保守系穏健派(自民党主流派など)や中道系(公明党など)は、離島への配備には肯定的だが、タカ派ほどではない。
一般県民について言えば、かつては旧日本軍との連想で、反発する人が多かったが、現在では、肯定的なイメージを持つ人が増えている。
その背景の一つとして、離島などからの陸自ヘリによる患者の救急搬送が挙げられる。自衛隊が沖縄に駐屯して以来、50年以上にわたって、1万人を超える急患を搬送してきており、今や離島には欠かせない存在だ。現時点で、沖縄出身の自衛隊員が3,000人を超えることも、県民の自衛隊に対する好感度の高さを反映している。
しかも、尖閣や台湾に対する中国の強硬な姿勢に不気味さを感じ、若い世代を中心に自衛隊への支持は広がっている。とは言え、ミサイル部隊の配備は中国を刺激し過ぎと考え、自衛隊基地の強化を支持すべきかどうか、ためらう人も少なくない。
■ 八重山諸島の空襲と戦争マラリア
沖縄戦は、日本領土内での唯一の陸上戦であった。悲惨な戦争の舞台となった本島南部は、広島、長崎と並ぶ平和学習の中心地になっている。
一方で、八重山の沖縄戦、特に空襲の被害は見過ごされがちだ。
空襲による直接の死亡者は、石垣島で113名、与那国島で38名、八重山諸島全体では178名に上り、マラリアによる死亡者は3,600名を超える。マラリアによる死は軍による疎開命令の結果だった。軍が配置されたために空襲があり、住民はマラリア蚊が生息する地域へ強制移動させられた。その戦争体験は、「軍は住民を守らない」という言い伝えを生んだ。
自衛隊基地が強化されれば、与那国は要塞の島となる。「有事」には確実に戦域になり、中国からミサイル攻撃されることが容易に想定される。しかも、小さな島の中に逃げ場はない。
台湾情勢が悪化し、戦争が確実視される場合、「武力攻撃事態等」で国民保護法が適用され、住民避難が実施されることになっている。しかし、この国民保護法は2004年に制定されたもので、もはや現状に合わない。
岸田政権は防衛力強化には注力したが、それとセットで実施すべき国民保護体制の整備では、大きく出遅れた。つまり、「有事」とはいかなる事態なのか、全体像を把握しないまま「防衛力の抜本的強化」に走った、と言われても仕方がない。
■ 一般県民の「台湾有事」への関心は意外と薄い
メディアは派手なニュースを好む。5月連休の直前に、北朝鮮の軍事偵察衛星発射計画に対処するために、防衛省がミサイル防衛システム・パトリオット(PAC3)の先島諸島への緊急配備を発表すると、同諸島での報道合戦が始まった。
記者やカメラマンたちが先島諸島に急遽駆け付けるが、「コロナ明け」による観光客の急増と重なり、宿泊施設とレンタカーの奪い合いになった。混乱を横目で見ながら「たかが人工衛星だろう」と皮肉る地元の人も多い。
この奇妙なコントラストは、沖縄全体で起きていることでもある。ほとんどの沖縄県民にとっての最大の関心事は、コロナで受けた生活への打撃と物価高騰だ。離島への自衛隊配備に関する論争や「対話」の試みなどは、庶民とは無縁のエリート談義と受け取る人が多い。
■ 政治勢力の弱体化と安全保障をめぐる政策論争の空転
辺野古埋め立てに反対する保革相乗りの「オール沖縄」陣営は、県民の反政府感情に乗って次々と大型選挙で勝利し、一時は沖縄政治の主流となった。
しかし、この陣営は、激しい反基地感情に依存していたために、問題が長期化し、辺野古埋め立てが進むにつれて、勢いを失うのは自然の流れだった。保守系や経済人が脱落し、今や、「オール沖縄」ではなく「オール革新」だと揶揄される。
また、コロナ禍の影響で生活苦にあえぐ人々は、基地反対ばかりを叫ぶ革新系から離れ、経済重視の保守系を支持するようになって、同陣営の退潮に追い打ちをかけた。そこで、彼らは起死回生を狙って、米軍基地から自衛隊配備の問題へと運動の重心を移そうとしている。
革新系は、米国が中台対立を煽っていると主張する。確かに、イラク戦争などのように、米国は無責任で破壊的な行動を取ることがあるが、現在、東アジア情勢を不安定にしている最大の原因は、中国の急速な軍拡と台湾への強硬な統一圧力である。それを指摘しないところに、反米路線から脱却できない、この勢力の限界がある。
他方の保守系も問題を抱える。主流派は経済に関心が集中しがちだ。しかも、議員は個人商店化し、安全保障については、情報の収集と共有を怠り、積極的に取り組まない。
目立つのは、保守系非主流のタカ派である。中山石垣市長や糸数与那国町長の、極端に中国を敵視する言動が注目を浴びている。日本政府が中国に遠慮し過ぎると感じ、フラストレーションを抱えてきた保守系の一部は、この強気の首長たちを支持する。
左右の両極が突出し、激しくなじり合う中で、保守系主流や中道は、安全保障の話題を避ける。中台間の緊張や防衛政策について、客観的で冷静な議論がなされないまま、感情的な対立と躊躇が、沖縄政界を覆っている。
■ 地域外交と対話の試みの成果は?
沖縄県庁内に新設された地域外交室、そして有識者たちが企画する対話プロジェクトが、どのような成果を生むであろうか。同じ立場の人間同士が「対話」して盛り上がっても、厳しい現実を変えることにはつながらない。根本的に違う互いの立場を認めつつ、率直な意見交換ができるかどうかが問題である。
玉城知事は7月に訪中するという。中国の有識者や要人との会談はどのような内容になるであろうか。友好セレモニーで終われば良いが、中国の主義主張を了解してしまうことが懸念される。知事が、中国指導層の世界観や戦略をどこまで認識しているかが試される。
2023年に入り、沖縄の政治情勢は大きく変わった。状況は流動的であり、どのような方向に向かうのか、まだはっきりとは見えない。政府の沖縄政策もまだ大雑把なままだ。それだけに、これまでより注意深く沖縄を見守る必要がある。
トップ写真:与那国島の航空自衛隊のレーダー塔(2022年4月13日与那国島)出典:Photo by Carl Court/Getty Images
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この記事を書いた人
目黒博ジャーナリスト
1947年生まれ。東京大学経済学部(都市問題)卒業後、横浜市勤務。退職後、塾講師を経て米国インディアナ大学に留学(大学院修士課程卒)。NHK情報ネットワーク(現NHKグローバルメディアサービス)勤務(NHK職員向けオフレコ・セミナー「国際情勢」・「メディア論」を担当)、名古屋外国語大学現代国際学部教授(担当科目:近現代の外交、日本外交とアジア、英文日本事情)、法政大学沖縄文化研究所国内研究員などを歴任。主な関心分野:沖縄の「基地問題」と政治・社会、外交・安全保障、日本の教育、メディア・リテラシーなど。