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.政治  投稿日:2023/3/30

沖縄基地問題の新局面② 「平和外交」は戦争を止められるか 


目黒博(ジャーナリスト)

目黒博のいちゃり場

【まとめ】

・沖縄は「台湾有事」や安全保障をテーマとした「ポスト・オール沖縄」時代を迎えた。

・沖縄の革新系有識者たちが促進する対話は意義深いが、中国の軍拡を批判しない傾向もある。

・沖縄基地問題の焦点は、「過重負担」の問題から「安全保障」に急速に移りつつある。

 

昨年9月の知事選で再選された玉城デニー知事は、記者会見で、台湾有事を念頭に「軍事力による抑止に頼らず、平和外交を進めるべき」と語った。

その後、県庁内に地域外交室の設置を決め、平和外交や東アジアでの交流や対話に積極的に取り組む姿勢を打ち出す。

知事を支持する革新系有識者たちもまた、「台湾有事」を起こさせないためとして、東アジア地域内の交流・対話を呼びかけ始めた。

明らかに、この二つの動きは連動しているが、革新系有識者たちの活動は、民間人が主導し、政治家の積極的な関与は見られない。その点で、これまでの「オール沖縄」系の運動とは異なる。

辺野古問題を中心とした「オール沖縄」運動が注目を浴びた時代が終わり、「台湾有事」や安全保障をテーマとした「ポスト・オール沖縄」時代を迎えたのかもしれない。

一方、「対話」を目ざす活動が、革新系が担うものばかりであり、保守系や中道系は音なしの構えである。そのため、「対話」には、反米・反日米同盟のトーンが色濃く現れ、中国の急速な軍拡や台湾への軍事的圧力を非難しない、という「偏り」も目立つ。

この記事では、「平和外交や交流・対話」を目ざした沖縄関連のイベントをいくつか紹介しつつ、一連の「対話」の試みの意義と問題点を考える。

 

<知事訪米は成果を上げたか>

玉城知事は、3月6日から11日にかけて米国ワシントンを訪問し、国務省、国防総省、議会などの関係者との会談、防衛・安保担当記者たちとの懇談、ジョージワシントン大学での講演などをこなした。知事本人は「成果があった」と胸を張るが、評価は必ずしも芳しくない。

写真:沖縄県玉城知事訪米 防衛安保担当記者との懇談会(2023年3月8日)

出典:沖縄県基地対策課

「沖縄タイムス」電子版は、知事との面談は「国務省日本部長(課長級)と国防総省日本部代行(課長補佐級)が対応し、冷遇が目立った」と伝えた。また、知事は「辺野古移設反対」を強く訴えたが、日本政府としっかり話し合ってほしいと一蹴され、辺野古以外の案はあるのか、と逆質問される場面もあった。

台湾問題では、「米国と中国は経済依存関係を深めているので、米中の軍事衝突は互いの国益を毀損する。米国は、防衛力の強化以上に、平和的な外交・対話に取り組み、有事を起こさせない努力をすべきだ」と力説した。しかし、知事の主張には、軍事的緊張関係を作り出しているのは中国、との視点が欠けていたため、米国での反応は鈍かった。

知事が中国の動向を十分把握せず、米国内に溢れる反中国感情の背景を理解しないまま「軍拡ではなく中国との平和外交を」と呼びかけたため、すれ違いが目立ったのだ。

写真:玉城知事 ジョージワシントン大学でのシンポに参加(2023年3月9日)

出典: クィンシー研究所

さらに、玉城知事が訪米中、沖縄の「民意」を訴える一方通行のスタイルに終始し、意見交換を通して米国側の見解を探る態度を見せなかったことも問題であった。交流・対話を強調してきた知事ではあるが、皮肉なことに、米国側とは「対話」しなかったのだ。「沖縄の思いを伝える」という気持ちが空回りし、意味のある訪米にならなかった。

4月から県知事公室内に「地域外交室」が設置されるが、米国や東アジアの情報を収集分析する、有為の人材を抜擢できるかが問われる。知事の周辺に情報とノウハウが蓄積されるためには、思い切った、的確な人事政策が必要になる。

 

<県主催の「アジア平和シンポ」では対話が実現できたか>

沖縄県は知事訪米に加えて、「平和のための対話」をめざすイベントも開催し、平和外交を模索し始めた。2月8日の東京でのイベントのほか、3月14日には、那覇で県主催のシンポジウム「交流・対話で創るアジア太平洋地域の平和と未来」を開催した。

写真:沖縄県主催シンポ「交流・対話で創るアジア太平洋地域の平和と未来」(2023年3月14日)

出典:沖縄県基地対策課提供チラシを筆者が加工

基調講演者は、元外交官でインバウンド観光や世界文化遺産などに取り組んだ高橋政司氏であった。同氏は、沖縄と太平洋諸国との共通点を基に、沖縄が地域交流ネットワークのハブになり得ると提言する。そのうえで、交流や対話が断絶すると、対立が戦争に転化しやすい、戦争を防止するために、沖縄が主体的に地域外交を展開し、交流・対話を活発に展開すべきだとの持論を展開した。

その発想は、文化外交の立場から交流・対話を重視したもので、知事の主張とも重なる。もちろん、交流や対話は重要だ。対話によって市民レベルの信頼関係が強まれば、国家同士の対立が和らぐ可能性はある。しかし、それは戦争抑止の一つの条件になり得ても、絶対的な切り札とは言えない。言論の自由が極端に制限されている中国との対話の難しさを考えるとき、対話への過剰な思い入れは現実的でない。

基調講演後のパネルには、白永瑞名誉教授(韓国延世大学)、呉俊芳助教授(台湾海洋大学)、孫歌研究員(中国社会科学院)、アリエス・アルゲイ教授(フィリピン大学)が登壇した。

パネルディカッションに、中国と台湾からの参加者が同席したことは驚きであった。しかし、台湾からの呉俊芳氏は金門島出身であり、本人自身が台湾では親中派と目されていることを自ら認める研究者であった。イベント企画者が中国に配慮したか、あるいは中国サイドから注文がついたか。いずれにせよ、この人選には中国への配慮が透けて見えた。

韓国からのパネリスト白永瑞氏は、辺野古反対運動への連帯を表明するなど、心情的に沖縄の基地反対派に近い人物である。フィリピンのアルゲイ氏は、中国による南沙諸島の強引な埋め立てと軍事基地化には一切触れなかった。軍拡では国益を守れないとする一方で、中国を牽制するために米軍との連携を強めるマルコス政権の政策にも言及しなかった。

孫歌氏が「米帝国主義」という言葉を使ったように、パネル参加者が皆、日米両国の軍拡こそ地域を不安定にしている、日米は軍拡を止めて対話を進めるべし、沖縄はそのハブになり得ると主張したことは、このイベントの特徴を表していた。

中国が軍拡を止め、台湾への軍事進攻の可能性を否定すれば、台湾だけでなく日米両国も軍事力を強化する必要がないのだが。

沖縄・台湾シンポジウムの意義と課題>

このシンポジウムは、本年2月12日に那覇で、沖縄タイムス社と「沖縄対話プロジェクト」共催によって開催された。挨拶や司会などを含めると登壇者数は14名にのぼり、3時間に及ぶ大型イベントであった。発言内容にバラツキがあったが、特に注目すべきは、稲嶺惠一元県知事による基調講演の内容と、台湾の与党民進党、野党国民党両サイドの研究者が参加したことである。

写真:稲嶺惠一元沖縄県知事 第一回沖縄・台湾対話シンポ(2023年2月12日)

出典:沖縄対話プロジェクト提供画像を筆者が加工

稲嶺元知事は、結論部分でこそ外交の重要性に触れたが、ほとんどの時間を費やして、中国・習近平指導部の外交・軍事戦略がいかに強硬であるかを具体的に述べ、備えの大切さを説いた。革新系が圧倒的多数を占める会場参加者の間には、時折当惑の空気が流れたが、彼の登壇は意義深いものだった。

台湾からの参加者2名は、独立を否定し、現状維持こそ台湾が取り得る政策という点では共通していた。

民進党系の林彦宏氏は、一国二制度が実質的に崩壊した香港の例を挙げ、中国を警戒する。中国経済は巨大だが、台湾に日米韓豪欧などを併せた西側陣営は中国の2倍の経済規模を有すると指摘し、やや強気の姿勢も見せた。一方、習近平指導部は深刻な国内課題を解決できず、権力維持のため台湾侵攻を決断する可能性もあると語った際には、会場から悲鳴に近い驚きの声が上がった。

写真:林彦宏台湾国防安全研究院助理研究員 第一回沖縄・台湾対話シンポ (2023年2月12日)

出典:沖縄対話プロジェクト提供画像を筆者が加工 

他方、国民党系の何思慎氏は、一国二制度を認め、中国との関係改善を進めることで戦争を避けられるとした。ただし、台湾人の大多数は中国への反感が強く、中国主導の(香港型ような)一国二制度は支持されないと考える。来年早々に予定される総統選挙で、独立志向の民進党候補の頼清徳氏が当選すれば、中台関係はさらに緊張すると予想した。

写真:何思慎台湾輔仁大学教授 第一回沖縄・台湾対話シンポ(2023年2月12日)

出典:沖縄対話プロジェクト提供画像を筆者加工

これまで沖縄では、台湾を代表する二つの陣営の専門家が沖縄の公開イベントで同席し、率直な意見を交わしたことはなかったことだ。その点だけ取っても、このイベントは成功だったし、将来の対話の在り方を示唆したとも言える。

惜しむらくは、上述の3人を除けば、ほとんどの登壇者が革新系だったため、稲嶺氏や台湾関係者の問題提起が十分消化できたとは言えない。一部の沖縄の登壇者から飛び出した、「台湾は有事を招いて日本や沖縄に迷惑をかけないでほしい」との発言はその好例である。

革新系グループが企画しただけに、この類の意見が出ることは不思議ではない。しかし、中国からの軍事的圧力にさらされている台湾からの客人の前で、まるで台湾が中国と戦争したがっているかのような言辞を吐くのは、事実誤認も甚だしいうえに、礼を失した態度だったと言わざるを得ない。

 

<沖縄における対話の試みの可能性と陥穽>

筆者は、この10年余り、沖縄関連のイベントに数多く参加してきたが、そのほとんどが辺野古反対派の集まりであった。同じ方向を向く人たちを集めてどれほど盛り上がったとしても、異質な考え方からの刺激がない分、新しい視点は生まれないと感じてきた。

沖縄の有識者たちは、「アジアのハブとしての沖縄」「万国津梁」など、「アジアの中の沖縄」を頻繁に語ってきたが、東アジアが抱える厳しい現実には関心を示さなかった。このような革新系有識者グループが、戦争への危機感から、東アジアの諸国・地域に対話を呼びかけ、有識者を沖縄に招いてイベントを開催したことは、新鮮な、そして重要な試みであった。

特に、2月12日開催の「沖縄・台湾対話シンポジウム」では、台湾からの参加を得ただけでなく、保守系知事であった稲嶺惠一氏を招くなど、革新系とは異なった見解を持つ論客が参加し、多様な見解が表明されたことは、大いに評価すべきであろう。

また、このシンポでは、台湾からのパネリストへの質問やコメントが出されたが、論点の詰めを急がず、言わば「両論併記」のような形にとどめたことは賢明だったのではないか。論点の整理を次回の「対話シンポジウム」の課題として繰り越すことで、感情的なやり取りに陥らず、時間をかけて異論をじっくり学ぶ余裕を得たとも言えるだろう。

だが、懸念もある。東アジアにおける深刻な対立への認識が伝統的にゆるかった沖縄の有識者たちは、中国指導層などに簡単に利用される可能性がある。十分な情報を持たないままの交流と対話には、さまざまな陥穽が待ち受ける。

2月12日のシンポでも、中国は沖縄に情報戦を仕掛け、日米の間にくさびを打ち込もうとするかもしれない、という指摘があった。同時に、習近平指導下の中国では、有識者たちは徹底した監視下に置かれており、海外であれ、公開の場で率直に意見交換することは不可能であることを、あらかじめ想定する必要もある。

写真:沖縄・台湾シンポのチラシ 沖縄対話プロジェクト・沖縄タイムス共催(2023年2月12日)

出典:沖縄対話プロジェクト

拙稿「沖縄基地問題の新局面①」(“Japan In-depth”、本年2月15日)で述べたように、沖縄基地問題の焦点は、「過重負担」の問題から「安全保障」に急速に移りつつある。今後さまざまな論争が行なわれるであろうが、東アジアの人々との交流や対話が、沖縄に、異論に耳を傾け、建設的な議論を忌憚なく行える「場」が創られる契機となることを期待したい。

(続く。①はこちら

トップ写真:沖縄県玉城知事訪米 ヤング共和党上院議員と面談(2023年3月8日) 

出典:沖縄県基地対策課




この記事を書いた人
目黒博ジャーナリスト

1947年生まれ。東京大学経済学部(都市問題)卒業後、横浜市勤務。退職後、塾講師を経て米国インディアナ大学に留学(大学院修士課程卒)。NHK情報ネットワーク(現NHKグローバルメディアサービス)勤務(NHK職員向けオフレコ・セミナー「国際情勢」・「メディア論」を担当)、名古屋外国語大学現代国際学部教授(担当科目:近現代の外交、日本外交とアジア、英文日本事情)、法政大学沖縄文化研究所国内研究員などを歴任。主な関心分野:沖縄の「基地問題」と政治・社会、外交・安全保障、日本の教育、メディア・リテラシーなど。

目黒博

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