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.政治  投稿日:2023/2/15

沖縄基地問題の新局面① 「辺野古」から「安全保障」へ


目黒博(ジャーナリスト)

目黒博のいちゃり場

【まとめ】

・今年は、沖縄の基地問題にとって大きな転換点。

・これまで「米軍基地」の過重負担が主要な政治課題であったが、今は「自衛隊基地」の増強が争点になりつつある。

・強大化する中国にどう向き合うかという「安全保障」問題が、前面に姿を現した

 

今年は、沖縄の基地問題にとって大きな転換点になりそうだ。

これまでは、「米軍基地」の沖縄への過重負担が主要な政治課題であった。ところが、今はむしろ、「自衛隊基地」の増強が争点になりつつある。「普天間・辺野古」の陰に隠れがちであった、強大化する中国にどう向き合うかという「安全保障」問題が、前面に姿を現したとも言える。

 「辺野古」から「南西地域」へ

昨年12月に象徴的な「事件」が2つ起きた。1つは、最高裁の判決により辺野古埋め立て関連訴訟で沖縄県の敗訴が確定したことであり、2つ目は、岸田政権が「国家安全保障戦略」など「安保3文書」を閣議決定したことだ。

過去四半世紀、沖縄における基地問題の中心は、常に「辺野古」であった。だが、参院選や知事選を頂点とする重要選挙が一巡した昨年秋以降、「辺野古」の影は薄くなり、最高裁の判決は駄目押しとなった。

一方、岸田内閣は上記の3文書で、防衛予算倍増と反撃能力の保有、日米同盟の一体化を打ち出した。その政策には、奄美から先島諸島(宮古、石垣、与那国など)に至る南西地域における自衛隊基地の配備拡大が含まれる。これまで、米軍基地の沖縄への集中を批判してきた勢力は、今や、離島の自衛隊強化反対に運動の焦点を移しつつある。

 基地問題で軽視された中国問題

沖縄革新勢力などは米軍基地を「迷惑施設」と呼んできた。人口密集地に、普天間や嘉手納のような巨大な軍用飛行場(途轍もない騒音をまき散らし、航空機の墜落の恐怖を抱かせる施設)が存在するのは、確かに異常である。現地で生活する人々が、「基地負担」の軽減を要求するのは当然だろう。

在日米軍基地の沖縄集中を糾弾してきた同勢力は、日米同盟の強化も非難する。その批判の矛先は常に日米両政府だった。他方で、急激な軍拡によって台湾や周辺諸国を威圧してきた中国については、なぜか沈黙し続けた。

「東アジアの中の沖縄」を頻繁に語る沖縄の有識者も、中国の動向には関心を示さなかった。沖縄県内の大学に、現代中国の専門家がほとんどいない。そのため、中国や台湾に関する詳細な情報と専門的な知見が提供されず、地元メディアは「中国問題」をスルーした。

一方の沖縄保守は、政府の財政支援を引き出す「ツール」として、米軍基地を容認する姿勢に終始し、米軍基地の抑止力としての評価や対中国政策について、踏み込んだ議論を避けてきた。

▲写真 日本周辺における中国の海洋活動の例 出典:防衛省中国情勢 (東シナ海・太平洋・日本海)より引用

 中国への懸念と防衛力強化・日米同盟の一体化

中国の国防予算は日本の6倍に達し、しかも大幅な増加傾向にある。中国からの、尖閣や台湾、周辺諸国への軍事的圧力は増している。東アジアでにらみをきかせていた米国が、アフガニスタンとイラクなどでの戦争で体力と気力を消耗し、アジアへの関与の意志が怪しくなってきた。パワーバランスの中国への傾斜を憂慮した日本政府が選んだ道は、自国の防衛力強化と日米の軍事的一体化である。

岸田政権が見切り発車のように、防衛力の飛躍的な増強を打ち出した背景には、ロシアによるウクライナ侵攻があった。中国の台湾侵攻が現実味を増したと思われたからだ。

▲写真 03式中距離地対空誘導弾 出典:陸上自衛隊Google Photoより引用

もっとも、その後ロシア軍が予想外の苦戦に陥り、危機感は薄らぐ。しかも、盤石に見えた中国の習近平体制も、ゼロコロナ政策の失敗、経済低迷などに直面し、台湾統一に乗り出す余裕はなさそうだ。さらに、台湾では、親米派与党の民進党が昨年11月統一地方選で大敗し、2024年の総統選挙で親中派の国民党が優勢とされる。習近平氏が、台湾問題の「解決」を急ぐ理由は見当たらない。

とは言え、習氏が台湾統一を諦めたとも言えず、日米両国には中国の行動を警戒する声は多い。最近、「台湾有事」をめぐって、さまざまなシミュレーションや憶測発言が出回っていた。折しも、監視用と見られる中国の気球が重要な米軍施設の上空を飛行し、米軍機が撃墜した。その後も正体不明の物体が、相次いで米国やカナダ領空内を飛行し、撃墜されている。

米国内の反中国感情が沸騰し、2月7日の一般教書演説で、バイデン大統領は中国への厳しい対応を強調した。米中関係は最悪の状態にある。さすがに、両国はこの状態を放置することもできず、近く外交トップ同士の会談が行われそうだ。

 沖縄にとって戦争は最悪の事態

台湾問題などでの中国の高圧的な姿勢を受け、日本国内でも反中感情が高まっている。そのため、日米同盟の一体化や日本の防衛力強化に国民が一定の理解を示す。ただし、沖縄における自衛隊基地機能の高度化や日米合同演習などは、諸刃の剣だ。

台湾と日米同盟の(非公式な)連携が中国の台湾侵攻を抑止できれば良いが、もしこの日米の台湾支援体制が中国の台湾攻撃を止められなければ、結果はどうなるか。台湾防衛のために米軍が沖縄の基地から出撃して、その米軍を自衛隊が支援する事態が想定される。そして、沖縄諸島の基地は、中国軍の攻撃対象となる。

島嶼県である沖縄は戦時にはもろい。極端な例は与那国島だ。同島はラグビーボールのような形状で、東西約12㎞、南北約4㎞の小さな島だが、台湾から約110㎞の位置にあり、台湾有事の際には最前線になる。島を出るルートは空路と海路に限られ、石垣島まで約130㎞、沖縄本島までは500㎞以上もある。約1,500人の島民の避難は極めて難しい。

その与那国島に、監視部隊に加えて、地対空ミサイル部隊などが配備される予定だ。昨年11月に実施された日米合同演習の際には、戦車に似た機動戦闘車が島には初めて現れたこともあり、島民はきな臭さを感じる。しかも、岸田政権が政策を十分説明しないため、与那国の人たちは政府に不信感を抱く。

▲写真 陸自機動戦闘車の行走に反対する島民(2022.11.17)提供:田里千代基町議会議員

 中国・台湾への対話の呼びかけ

沖縄基地問題は対中国戦略の一部となり、次元の異なる新しい局面に入った。危機感を感じる沖縄の有識者などが中国・台湾双方との対話を提唱しているが、十分な情報を収集しないまま、楽天的に緊張緩和や平和外交を唱える傾向が見える。まずは急がば回れで、中国と台湾の動向をしっかり観察、分析することから始めるべきではないか。

(続く)

トップ写真:与那国島を走行する陸自機動戦闘車(2022.11.17)提供:田里千代基町議会議員




この記事を書いた人
目黒博ジャーナリスト

1947年生まれ。東京大学経済学部(都市問題)卒業後、横浜市勤務。退職後、塾講師を経て米国インディアナ大学に留学(大学院修士課程卒)。NHK情報ネットワーク(現NHKグローバルメディアサービス)勤務(NHK職員向けオフレコ・セミナー「国際情勢」・「メディア論」を担当)、名古屋外国語大学現代国際学部教授(担当科目:近現代の外交、日本外交とアジア、英文日本事情)、法政大学沖縄文化研究所国内研究員などを歴任。主な関心分野:沖縄の「基地問題」と政治・社会、外交・安全保障、日本の教育、メディア・リテラシーなど。

目黒博

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