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.社会  投稿日:2023/6/21

受信料ならBBCに払いたい  住みにくくなる日本 その3


林信吾(作家・ジャーナリスト

林信吾の「西方見聞録

【まとめ】

・NHKはジャニーズ事務所に及び腰。

・同じ公共放送BBCは「時代の流れに合った変化」を模索。

・若い男性の性被害見て見ぬ振り。どこが公共放送なのか。

 

BBC NEWS JAPANというサイトがある。YouTubeで見ることができるので、チャンネル登録している。他にも複数のニュースサイトを登録してあって、おかげで決まった時間にTVの前に座らなくとも、興味を引かれるニュースだけ「つまみ食い」のように見ることができて、すこぶる便利だ。このこと自体は、前にも述べたことがあるかと思うが。

番組自体は英語中心で、日本語の字幕がつくことが多い。長編ドキュメンタリーが放送されることもあって、今月初めに配信された『痴漢動画の闇サイトを暴く 売られる性暴力』という番組には衝撃を受けた。

日本を含む東アジアで、痴漢の「録画中継」など、性暴力を扱った動画が闇サイトで売られ、巨額の利益を生んでいるという内容だった。

日本でも、報道番組などで痴漢の問題を扱うことはあるが、多くの場合「がんばれ鉄道警察隊!」みたいな話で完結してしまう。

このBBCのドキュメントでは、痴漢や盗撮といった映像が商品化されている実態に斬り込んで、まことに見応えがあった。

英国に痴漢はいないのかと言われれば、そんなことはない。ただ、ロンドンの地下鉄の混み具合は、日本の首都圏のラッシュアワーとは比較にならないので、通勤・通学途中の若い女性が被害に遭う確率は、やはり日本より低いのだろう。

盗撮についても同様で、私がロンドンで暮らしていた当時は、見たことも聞いたこともなかったが、今のように誰もがスマホを持ち歩いて、好きなときに写真が撮れるという時代ではなかったので、単純に比較することはできない。

いずれにせよ、痴漢や盗撮は単なる変態性欲者の所業だとしか思っていなかったものが、ビジネスとして成立していると知り、あらためて驚き呆れた。

3月には、同じくBBC NEWS JAPANで『J POPの捕食者 秘められたスキャンダル』という番組が配信されたが、本誌の読者なども、むしろこちらの方を記憶しておられるのではないだろうか。

ジャニーズ事務所の創立者(故人)が、スターになることを夢見て入所してきた少年たちに性的虐待を加えていた、という話題で、性犯罪それ自体と同時に、これまで見て見ぬ振りをしてきた日本のマスメディアに対して、手厳しいと言えるまでの批判的な扱いであった。

冒頭で触れられているが、2000年代初頭に『週刊文春』だけがこの問題を取り上げ、ジャニーズ事務所側から訴えられたが、2003年に東京高裁が「(創業者による)セクハラ行為は事実」と認定。翌04年には最高裁でジャニーズ事務所側の敗訴が確定した。

林真理子さんが、くだんの『週刊文春』に連載しているエッセイの中で述べておられたが、綺麗な男の子を持つ親に対して

「将来、ジャニーズに入れるんじゃない?」

と言うと、大抵の親は相好を崩すのだが、4人に1人くらいの割合で、

「絶対にそんなことしない。ジャニーさんになにかされるから」

という反応を示す親がいたそうだ。それくらい広く知れ渡っていたのである(6月1日号『夜更けのなわとび』より抜粋)。

たしかに暴露本も出版されていたし、広く知られた事実ではあったのだろう。私自身は、寡聞を恥じるばかりだが、基本的に男性同士のややこしい問題にはあまり関心がないので、暴露本も読んでいないし、前述の裁判についても通り一遍の知識しかなかった。

もちろん、日本のマスメディア、とりわけTV局が「見て見ぬ振り」を続けていたのは、そういう理由ではなく、ジャニーズ事務所の所属タレントに出演拒否されたら、数字(視聴率)が取れる番組を作れなくなる、ということだ。これもBBCは正しく指摘している。

この番組が配信された直後から、各方面の動きがあわただしくなり、ジャニーズ事務所側は謝罪会見を開いたし、日本記者クラブでは連続シンポジウムが開催されるなどした。

まあ、当事者がすでに他界しているので、できることは限られると言われればそれまでかも知れないが、一種の「外圧」を受けるまで動けないとは、まったく情けない。

さらに言うなら、最後までこの問題に及び腰になるのは、おそらくNHKだと予測できる。読者ご賢察の通り、看板コンテンツである大河ドラマの主演に、ジャニーズのタレントが起用されているから、というのがその根拠だ。

これもよく知られる通り、NHKは公共放送のタテマエからCMを流さず、番組内で商品名が出ることさえ好まない。

数年前『香水』という歌がヒットして、紅白歌合戦に出場が決まったが、歌詞の中にドルチェ&ガッバーナという香水の銘柄が含まれていることから、放送してよいのか、などと議論になった。昭和の記憶をたどれば、山口百恵が「真っ赤なポルシェ」と唄うべきところを「真っ赤な車」に変えられてしまったとか、松本伊代が「伊代はまだ16だから」と唄うはずが、自己宣伝であるという理由で「私まだ……」と唄う羽目になったとか、バカバカしい話ばかりではあるが、枚挙にいとまがない。

それでもなんでも、ジャニーズ事務所に対しては及び腰ということでは、それこそ公共放送の威信に関わるのはないだろうか。もちろんタレントに罪はないにせよ、そのタレントの中から被害者が出ているわけだから、性暴力に「忖度」など無用であると、どうして明確に示すことができないのか。

そのBBCだが、NHKと同様、受信料でもって運営されている。より正確にはTVライセンス料と記されることが多いのだが、NHKの受信料と同様の性質を持つものなので、本稿では受信料で統一させていただく。

世帯単位でBBCとライセンス契約を結び、年額159ポンドの料金を納める。支払わないと契約不履行のかどで刑事罰を受ける可能性があるというのも、日本と同様だ。

その金額は政府との話し合いで決められ、現在は年額159ポンド。邦貨にして3万円弱。

NHKの場合、BSなども見られる契約でクレジットカードなどによる年額一括払いだと2万4180円。このところの円安傾向(現在1ポンドは180円を超えている)を加味して考えたならば、金額もほとんど変わらない。ちなみに所得の低い高齢者世帯などは免除してもらえる。

私など、ロンドンで10年ほど暮らし、TVも持っていたのだが、BBCの受信料は払った記憶がない。おそらく同じ公共放送と言っても、フラット(集合住宅)を一軒ずつ訪ねてライセンス契約を迫ったり、料金を取り立てるということをしていないのではないだろうか。

ただ、最近英国では、この受信料制度を見直そう、という動きも見られる。

もともとスナク新内閣で文化スポーツ・メディア担当大臣に就任したミシェル・ドネラン女史は、この受信料について「不公平な税金だ」との意見を開陳したことがある人物だ。

再度「ちなみに」だが、そもそもこうした受信料制度自体、世界的には珍しいもので、ドイツやスイスの公共放送は税金で維持されており、フランスでは消費税を原資とする特別予算が充当されている。米国の公共放送は、非営利のタテマエで連邦政府や各州の政府から補助金を得ているため、視聴者に対して受信料負担は求めていない。

そうした問題以上に、視聴形態の多様化にともなって、受信料制度が時代遅れになりつつある、と言われている。

もう少し具体的に述べると、受信料で運営されているのは国内放送のみで、BBC NEWS JAPANを含めた海外向けコンテンツは、広告収入を得ている。さらに言えば、今ではTVやラジオより、情報も娯楽も全てインターネットから、という人も少なくない。

現状の受信料制度=TVライセンス契約制度は2028年3月まで有効だが、そのタイミングで大きな変化が訪れる、と見る向きも多い。

一方では、BBCが税金で維持される放送局になると、予算を握る政府からなんらかの「縛り」をかけられる可能性があるとして、受信料制度を維持すべきだという人も決して少なくないので、先行きは未だ不透明である。

ひとつ、ここではっきり述べておきたいことは、同じ公共放送でありながら、ちゃんと「時代の流れに合った変化」を模索するBBCに対し、日本の公共放送は一体何をしてくれているのか、ということだ。

個人的には、良質で見応えのあるコンテンツを供給し続けてくれるのであれば、対価としての受信料を(バカ高くならない限りは)負担してもよいと考えるものである。逆に、受信料を取り立てておきながら、若い男性の性被害に見て見ぬ振りを決め込むとは、一体どこが公共放送なのか、と言いたくなる。

トップ写真:BBCメディアシティ(英・マンチェスター)出典:Getty Images




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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