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.社会  投稿日:2021/11/26

「1票の格差」こそが問題(下) 似て非なる日英「二大」政党制 その5


林信吾(作家・ジャーナリスト)

「林信吾の西方見聞録」

【まとめ】

・英国BBCは議席配分問題で、大都市の有権者の声が選挙結果にきちんと反映されていないと断じた。

・「1票の格差」問題を解決するために大選挙区制に回帰する。

・議席数を現行の465議席から500議席に増やすことは「民主主義のコスト」として許容範囲内である。

 

英国の有権者が単純小選挙区制の改正にNOを突きつけたこと、その理由、一方日本では、そこまで選挙制度改革のハードルは高くはないであろうという点について、前回まで述べさせていただいた。

そもそも日本では、小選挙区と非拘束名簿式比例代表制が併用されており、選挙区で落選しても比例で復活できる可能性が残るため、少なくとも英国のような単純小選挙区制との比較で言えば、膨大な死票が生じるという弊害は少ない。

ただ、それならば日本の選挙制度の方がより民意を反映しやすいものとなっているのか、と問われると、これはなかなか難しい問題になってくる。

前回述べたように、そもそも民意とはなにか、と問われたならば、そう簡単に答えられるものではないからだ。さらなる「そもそも論」を持ち出せば、普通選挙という制度自体、

「最大多数の最大幸福」

という理念に基づいて築かれてきたもので、全員が100%満足できる選挙システムが実現するなどとは、最初から期待されていないのである。

そのことは大前提として認めるとしても、だからと言って現在の日本の選挙制度に問題がないとは、とても言えない。

もちろん、個別具体的な選挙結果について言うなら、勝った側にも負けた側にも、それぞれちゃんと理由がある。

実は総選挙の直前に、英国BBCが、日本ではどうして自民党が勝ち続けるのか、という特集番組を放送したが、これがなかなか秀逸だった。

地方と大都市、それぞれの有権者の声を拾い集め、総じて言えることは議席配分の問題で、大都市の有権者の声が選挙結果にきちんと反映されていないと断じた。

世に言う「1票の格差」の問題だが、さすがはBBCと言うべきか、地方にあっては、インフラ整備のための予算を取ってくるなど、利益誘導型の政治家が歓迎されがちであり、そうした政治家は多くが自民党に属している。したがって農村部が自民党の票田であり続ける、というわけだ。

たしかにデータを見れば、山陰地方の選挙区では15万票程度で当選し、首都圏では60万票を超えても落選という例がある。

これは「法の下での平等」を定めた日本国憲法14条に違反するとして、1960年代から選挙のたびに違憲訴訟が提起され、違憲判決も出されてきた。

だが、裁判所としては、三権分立の原則とのからみもあって、これまで「選挙のやり直し」を命じた例はない。今次の総選挙に際しても、弁護士らが全国で一斉に訴訟を提起すると報じられたが(NHKニュースサイト11月1日付などによる)、選挙結果を覆せると本気で期待している人など、まずいないだろう。

▲写真 総選挙の投票数を数えている様子(2021年10月31日、東京) 出典:Photo by Carl Court/Getty Images

ここで再び英国を例に取らせていただくが、かの国では5年に一度、選挙区の区割りが見直されており、できるだけ人口比とリンクさせる工夫がなされている。

さらに言えば、英国下院の議員定数は650で、我が国の衆議院の定数465よりもかなり多い。ここでは、英国の人口が日本の半分くらいであることも考慮すべきだろう。

よく、英国の単純小選挙区制について、今風に言えば「オワコン」扱いする人も見受けられるのだが、かの国の政治史をそれなりに勉強してきた者の目には、そのように決めつけるのは早計ではないか、と映るのである。

話を戻して、我が国における1票の格差の問題に対して、どのような解決策があるだろうか。

きわめて単純化するなら、比例代表制に統一してしまえばよいのだが、選挙区の区割りは政治家にとっては死活問題であるから、現実的な案とは言えないだろう。それよりなにより、乱立が加速して、どの党が勝っても政権運営が不安定にならざるを得ず、今度は逆に地方の声が国会に反映されにくくなる、といった弊害が考えられる。

そこで次善の策というか、あくまでも私案であることを明記しておくが、いっそ大選挙区制に回帰してはどうだろうか。

これまで中選挙区制と表記してきたが、政治学的な定義に従えば、ひとつの選挙区から1名だけ当選者が出るのは小選挙区制、2名以上なら大選挙区制とされるので、我が国の選挙制度も、広義には大選挙区制だったのである。

具体的には、47都道府県をそれぞれひとつの選挙区として、できるだけ人口比に沿った定数を割り振る。こうすることで1票の格差を極小化するのだ。

全体の議席数については、詳しくシミュレーションしてみないと断定的なことは言えないのだが、何度も言うように1票の格差を極小化する前提で考えると、議席数をもう少し増やすことも考えてよいのではないか。

高額の議員報酬や、領収書のいらない通信交通費への批判が高まる中、議員定数を増やせとはなにごと、という声が聞こえてきそうだが、現行の465議席から500議席に増やすくらいは「民主主義のコスト」として許容範囲内ではないかと、私は考える。

一方、参議院の定数は現行の245から200にまで減らしてよいのではないか。

こちらは3年おきに半数が改選されると決まっているので、全国を一つの選挙区、すなわち比例代表制のみとする。

こうすることで、小選挙区制と比例代表制、それぞれの欠陥を補って行くわけだ。

こう述べたなら、またまた批判が起こりそうだ。

結局のところ「地方切り捨て」にしかなるまい、といったように。

そのリスクがないとは言わないが、読者諸賢におかれては、どこにお住まいかに関わりなく、以下のことを少し考えていただきたい。

地方では新たな高速道路や新幹線の整備が次から次へと取り沙汰されるのに、首都圏の通勤ラッシュや交通渋滞は一向に解決される兆しも見えない。このようなことは、政治のあり方としても経済活動としても、果たして健全であろうか。

最後にもう一度だけ繰り返させていただくが、すべての人が100%満足できる政治や選挙などというものは、神ならぬ人間の手で実現できようはずもない。民主的な選挙制度とは、

「最大多数の最大幸福」

を目指すものであり、それ以上でも以下でもないのである。

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トップ写真:総選挙に向けて街頭演説する岸田文雄現内閣総理大臣(2021年10月27日、東京) 出典:Photo by Carl Court/Getty Images




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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