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.国際  投稿日:2023/7/10

「多臓器不全」に陥った中国経済


澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)

【まとめ】

・7月6日、イエレン米財務長官が訪中。

・台湾のエコノミスト、現在の中国経済は「多臓器不全」の状況と分析。

・不動産価格下落、地方政府債務過多、外資受注撤回、雇用悪化等の危機的状況。

 

今年(2023年)7月6日、イエレンが北京に到着(a)した。米財務長官が中国を訪問するのは約5年ぶりで、先月のブリンケン国務長官に次いで2人目の米高官となる。

4日間の滞在中、悪化している米中関係を安定させることが、彼女の訪中の重要な目的だった。

しかし、同月1日、北京は対外関係法を施行(b)した。この包括的外交関係法は、習近平政権が長年、蓄積してきた外交原則(「戦狼外交」)を合法化し、米国の「ロングアーム管轄権」(被告が当該州に所在していない場合であっても、被告がその州に最小限度の関連がある時、当該州の裁判所に裁判管轄が認められる)への対抗を目的とする。つまり北京は国内法で他国による制裁に対し報復しようとしているのではないか。

さて、中国経済が低迷する中、李強首相は多くの経済学者を集めて会議を開き、経済を救うための助言(c)を求めた。

複数の専門家らは、李強率いる国務院(内閣)が今の中国経済をどうすることもできないと匙を投げた。問題の根源は中南海にあり、習主席が米国に対抗しようと固執している限り、経済危機は相次いで発生し、救済策はないと分析している。

一方、台湾のエコノミスト、呉嘉隆によれば、現在の中国経済は、(1)不動産価格の下落、(2)地方政府の債務過多、(3)外資の受注撤回と逃避、(4)雇用悪化、と複数の危機が同時に噴出し、いわば“多臓器不全”の状況ではないかという。

呉嘉隆が指摘した問題点を具体的に述べてみよう。

まず、第1に、米不動産コンサルティング大手、戴徳梁行(Cushman & Wakefield)は、深圳のトップ商業オフィスビルの空室率が2023年上半期には24.5%にものぼるとの新たなレポートを発表(d)した。

空室率の高さから、大家はテナントを誘致するため値下げに踏み切り、今年上半期の賃料水準は、2018年同期比で28.6%も急落し、中国メディアもより悲観的な予測を発表している。

第2に、海外メディアは中国の地方政府債務をアジアでナンバー1の金融リスク(e)に挙げている。専門家は、同リスクが最大の地雷原であり、中南海はこの地雷原がどれほどの大きさで、いつ爆発するかわからないため、現状を「だらだら引き延ばす」しかないという。

7月3日、公債発行データによれば、今年上半期の地方債発行額は約4兆4000億元(約86兆6800億円)だったと、中国メディア『第一財経』が報じた(f)。前年同期の5兆3000億元(約104兆4100億円)を約17%下回ったものの、依然として高水準にある。このうち、新規発行が約2兆7400億元(約53兆9780億円)、借換債が約1兆6200億元(約31兆9140億円)で、全体の約37%を占め、古い借金の返済に充てられている。

なお、今年、地方政府の債務返済額は3兆6500億元(約71兆9050億円)にのぼるとみられる。

第3に、2021年から現在に至るまで、国際市場と技術、管理、受注、国際協力、国際分業などによる中国の輸出主導経済発展の契機は消えてしまった(g)。サプライチェーンはまだ全部は移転されていないので、東莞の工場などはまだ一部残っている。問題の核心は、欧米市場からの注文が徐々に減っている点ではないか。

注文がなくなり、労働者が解雇され、工場が倒産し、その機械設備や工場だけが残る。もし誰かがそれらを買収しなければ、スクラップとなって中国経済バブルの残骸となるだろう。

第4に、中国人力資源・社会保障部の予測によると、2023年の中国の大学卒業者は1158万人に達し、新記録を樹立(h)するという。

目を見張るのは、「BOSSダイレクト・リクルートメント」が第1四半期だけで1461万人の新規ユーザーを獲得し、前年同期比57.5%増と急増した。多くの人が仕事を失って転職市場に押し寄せている証左ではないか。

国内の就業人口(約4億0200万人)の約5分の1(約8400万人)が、新規雇用形態であるテイクアウトの配達や宅配便、ネット配車サービス等の業種で、「内巻」(内部での競争が激しく、疲労困憊)状態に陥っているという。

〔注〕

(a)『中国瞭望』

「火をつけろ! イエレンが李強と会談、中国共産党を率直に批判」

(2023年7月7日付)

(https://news.creaders.net/china/2023/07/07/2624229.html)。

(b)『万維ビデオ』

「前例がない 習家軍のこれは『最後までやり続ける』つもりだ」

(2023年6月29日付)

(https://video.creaders.net/2023/06/29/2621695.html)。

(c)『万維ビデオ』

「途方に暮れる 李強は完全に手詰まりとなった」

(2023年7月7日付)

(https://video.creaders.net/2023/07/07/2624421.html)。

(d)『万維ビデオ』

「この危機はすでに深圳にも広がっている!」

(2023年7月6日付)

(https://video.creaders.net/2023/07/06/2624080.html)。

(e)『万維ビデオ』

「いつ爆発するのか? 中南海の頭上のこの地雷原は大きすぎる」

(2023年7月5日付)

(https://video.creaders.net/2023/07/05/2623610.html)。

(f)『第一財経』

「地方債半期決算:4.4兆元で成長安定とリスク防止に貢献、下半期に新たな動き」

(2023年7月3日付)

https://www.yicai.com/news/101797987.html)。

(g)『万維ビデオ』

「治療法なし、中国経済は20年後退する」

(2023年6月29日付)

(https://video.creaders.net/2023/06/29/2621862.html)。

(h)『中国瞭望』

「状況はどれほど深刻か?困難な日々が始まったことを示唆する3つの現象」

(2023年6月13日付)

(https://news.creaders.net/china/2023/06/13/2616468.html)。

トップ写真:中国の何立峰副首相と握手するイエレン米財務長官 2023年7月8日、中国・北京

出典:Photo by Mark Schiefelbein – Pool/Getty Images




この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長

1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。

澁谷司

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