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.国際  投稿日:2022/5/17

コロナ感染爆発で金正恩体制痛手


朴斗鎮(コリア国際研究所所長)

【まとめ】

・感染爆発は「建国以来の国家動乱」。国家的行事への大量動員や、劣悪な医療体制、面従腹背的虚偽報告の悪習が感染拡大を加速。

・公表は「外部支援」狙いか。危機意識高め、金日成生誕110周年に贈り物も出せず不満募らす住民の統制強化との見方も。

・食糧不足の春窮期に入る北朝鮮。穀物価格高騰で深刻な飢餓の恐れ。「最大の危機」との声も。

北朝鮮はこれまで新型コロナウイルス感染者ゼロを主張してきたが、ここに来て発熱者が爆発的に増えていると朝鮮中央通信が報道した。発熱患者の爆発的拡大から見て、発熱者が新型コロナ感染者だと見て間違いない。

この新型コロナウイルス蔓延の危機的状況に対処するために、金正恩総書記は5月12日に朝鮮労働党8期8回政治局会議を開いた。続けて政治局非常協議会を13日、15日に連続して持った。13日の政治局協議会では「建国以来の国家動乱」と金正恩は語った。

15日の協議会で金総書記は、「国家が調達する医薬品が薬局を通じて住民に適時に、正確に行き届いていないのは、その直接的実行者である内閣と保健医療部門の活動家が現在の危機状況に対する認識を正しく持てず、人民への献身的奉仕精神を口で唱えるだけで積極的に乗り出していないことに起因する」と述べ、自身の指導力欠如は顧みず、内閣と保健医療部門の無責任な活動態度と組織・実行力について強く批判した。

また、「党政策の実行を法的に強力に保証すべき司法、検察部門が医薬品保障に関連する行政命令が迅速かつ正確に施行されるように法的監視と統制をまともに行えずにおり、全国的に医薬品取扱および販売であらわれているいろいろな否定的傾向を正すことができずにいる」と指摘。「何の責任も、呵責も感じず、何の役割も果たせずにいる」として自身の責任を棚に上げ、中央検察所所長を強く叱責した。

■ コロナ防疫でも裸の王様だった金正恩

朝鮮中央通信によると、5月15日午後6時現在、4月末からの累計発熱者(感染者)は約121万3550人となり、約56万4860人が治療中で死者は50人に上ったという。

こうした事態を見ると、感染者ゼロを自慢していたことがいかに空虚だったかがわかる。北朝鮮では金正恩に関する行事や軍事パレード映像で、全国民が金正恩を「偉大な首領」と崇め、「一心団結」がなされているかのように宣伝しているが、実際は金正恩に正確な情報すら伝えられておらず、彼が裸の王様状態であることがわかる。

韓国のある脱北者ユーチューバーは、北朝鮮の報道を鵜呑みにして、「今回の発表で、これまで北朝鮮で感染者がいなかったとの私の主張が証明された」などと頓珍漢で手前勝手なことを言っているが、感染者ゼロの状態から2週間あまりで一気に121万人もの感染者が出るわけがない。

この感染爆発の背景には、金正恩の権威を絶対化するための4月の金日成誕生110周年行事や、いわゆる「朝鮮人民革命軍(抗日パルチザン部隊)創建90周年」イベントに全国の住民や軍人を大量動員したことがある。

■ 感染を加速させた北朝鮮の劣悪な医療体制と虚偽報告の悪習

北朝鮮の劣悪な保健・医療状況は世界が認めるところだが、この劣悪な状況がコロナウイルスの蔓延を加速させた。それは労働新聞の報道を通じてもうかがうことができる。

新聞は、軽症発熱患者を治療する方法のひとつとして民間療法を紹介し、「スイカズラの花を一度に3~4グラムずつ、またはヤナギの葉を一度に4~5グラムずつお湯で煎じて1日に3回飲む」と説明した。また、口腔衛生を守るためには「塩水でよく口をゆすぐべき」と助言していたというから驚きだ。

こうした状況は、北朝鮮当局がワクチンや治療薬だけでなく診断キット、マスク、消毒剤、口腔用剤のような基本的な防疫物品すら十分に確保できていないことを示している。

これまでは都市のロックダウンや、国境封鎖などでなんとか拡散を抑え込み、発症した感染者を「かぜ」などと騙して隔離したり、死亡者に他の病名を付けて処理するなどの欺瞞策で、金正恩式防疫態勢を「先見性ある偉大な措置」などと宣伝し「感染者ゼロ発表」を続けてきたが、ついにその化けの皮がはがされることになった。

5月初めに中央防疫司令部から、中国でのコロナ感染拡大に注意を払いつつ、各道の非常防疫指揮部は防疫事業を綿密に行なえとの指示がなされ、同時に、防疫事業の実態点検のために、「交方検閲」(道間の相互検閲)を行うよう指示が下されたが、この指示も形式的に済まされていた。北朝鮮の悪習である面従腹背的報告習慣は根強く残っているということだ。

■ なぜ今大騒ぎなのか?

では、なぜ隠し通して来たコロナウイルスの拡散を今回大々的に公開したのだろうか。

まず考えられるのは、感染者が平壌を中心に同時多発的に伝播、拡散し、いわゆる1号行事(金正恩参席の行事)参加者から感染者が出たことだ。金正恩は金日成誕生110周年行事を利用し数万人の各部門参加者と写真を撮るなどの接触を行った。その中に感染者(軍人とも言われている)がいたということだ。また感染規模の広がりと感染速度の速さに驚愕して外部支援を要請するシグナルとして公開したとも考えられる。

だが一方で、金日成誕生110周年に何らの贈り物も出せなかった金正恩への不満の高まりを抑え込む策略だとの見方も根強い。危機意識を高めた金正恩が、コロナウイルスの拡散を口実に住民統制を一段と強化しようとしているという見方も根強い。

北朝鮮では、毎年春から初夏にかけて春窮期に突入する。前年の収穫の蓄えが底をつき、人々が飢餓に苦しむ時期だ。合法、非合法の貿易や国内の商業活動が盛んに行われていた数年前なら、市場で食べ物を買い求め、乗り切ることもできた。しかし、新型コロナ拡散以降、状況は一変した。

北朝鮮政府が国境を封鎖し、貿易を停止させたために、食糧や農業に必要な物品などが外国から入ってこなくなり、この時期の食糧不足がより深刻化している。そして上昇傾向にある穀物価格が、人々をさらなる飢えへと追いやっている。韓国デイリーNKの内部情報筋によれば、巷では「6月までが危ない」「最大の危機だ」との声が上がっているという。

どちらにせよ、核ミサイル開発とともに金正恩の最大の業績とされてきた「コロナ防疫」が、いとも簡単に崩れ去ったのは、金正恩体制にとって極めて大きな痛手となることは間違いない。

トップ写真)北朝鮮に関するニュースを見る人々(2022年5月4日 韓国・ソウル)

出典)Photo by Chung Sung-Jun/Getty Images




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