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.国際  投稿日:2023/8/12

大統領選まで半年 インドネシア焦点は副大統領候補者の人選に(下)


大塚智彦(フリージャーナリスト)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

インドネシア、正副大統領ペアを有権者が投票する直接選挙制。

・世界最大のイスラム人口国だけに、イスラム教徒の投票行動が影響。

・副大統領候補は、政党間の合従連衡か、イスラム組織から選ぶかが重要。

 

インドネシアの大統領選は正副大統領のペアを有権者が選択して投票する直接選挙制であり、その選択結果が次期政権の根幹をなすことになる。

フィリピンの場合は大統領と副大統領は個別に投票が行われる。このためドゥテルテ前大統領の政権ではレニー・ロブレド副大統領という野党候補が当選し、大統領の政策に時として反対するというある意味でバランスのとれた体制が制度的に可能だった。

こうした制度の違いからインドネシアの大統領選では大統領候補とペアを組む副大統領候補の人選が極めて重要な要素となる。

ガンジャル・プラノウォ中部ジャワ州知事「闘争民主党(PDIP)」から大統領候補者として指名を受けているが、副大統領に同じPDIPの候補を選んでPDIP票で固めるか、あるいは与党第二党の「ゴルカル党の有力者を迎えて政党連合でより広い支持を狙うのかが焦点となる。

★第二党ゴルカル党からの副大統領候補

政権与党第二党のゴルカル党はスハルト長期戦権を支えたゴルカル(職能集団という公務員組織)の流れを汲む政党で地方公務員や教育界、スハルト元大統領の支持層と全国的な票田を有しており、PDIPとしても勝利を確実にするためには必要不可欠な連合といえるだろう。

7月27日にアイルランガ党首(経済調整相)はPDIPのプアン国会議長と個別会談しており、大統領選に向けたPDIとゴルカル党の何らかの調整が行われたとみられている。

第二党のゴルカル党の有力者を副大統領候補に据えたいのはPDI以外の政党も同じだが、ここへ来てアイルランガ党首に対して司法長官事務所の特別犯罪担当者が食料油産業の汚職事案に関連して事情聴取したとの報道が流れた。

このためアイルランガ党首以外にリドワン・カミル西ジャワ州知事などの別の人物がゴルカル党から出馬する可能性もでてきた。

★様々な副大統領の候補者

アイルランガ党首の他にも副大統領候補として名前が取り沙汰されているのは若者や女性の支持が高い実業家のサンディアガ・ウノ観光創造経済相、総合メディアグループを率いる実業家エリック・トヒル国営企業相、スシロ・バンバン・ユドヨノ前大統領の息子、民主党アグス・ハリムリティ・ユドヨノ党首、イスラム政党「民族覚醒党(PKB)」のムハイミン・イスカンダール党首、元PKB幹部で第四代大統領アブドゥルラフマン・ワヒド(グス・ドゥール)氏の次女イェイニー・ワヒドさん そして前述のゴルカル党リドワン・カミル西ジャワ州知事など現段階では実に多士済々の顔ぶれである。

★鍵はイスラム勢力の取り込みか

7月に入ってイスラム政党PKBがムハイミン党首を大統領候補とすることを明らかにし、これまでの3有力候補によるレースに参戦することを明らかにした。

PKBは正式メンバーが約3000万人といわれるインドネシア最大のイスラム組織「ナフダトゥール・ウラマ(NU)」を背景にするイスラム政党でその抱える有権者数は選挙の度に大きな影響力を発揮している。

インドネシアにはイスラム政党が複数あり、これまでに大半がガンジャル知事、アニス知事のいずれかを支持する姿勢を明らかにしている。

さらに正式会員数約60万人、シンパ数は約3000万人ともいわれる第二の組織「ムハマディア」、権威あるイスラム教指導者の組織「インドネシア・ウラマー協議会(MUI)」などが存在している。

NUは農村部などに支援者が多く、ムハマディアは都市部の若者や有識者の支持が多いと一般的にいわれている。

現在の2期目のジョコ・ウィドド大統領の副大統領はNU総裁、MUI議長を歴任したマアルフ・アミン氏であり、大統領選挙を戦う上でイスラム勢力の支持取り付けがいかに鍵となるかを象徴しているといえる。

こうしたことから3有力大統領候補は今後、政党間の合従連衡でぺアとなる副大統領候補を選ぶか、それとも大票田をもつイスラム組織から指導的あるいは有力な副大統領候補を選ぶかを選択することになるとの流れが極めて強くなっている。

支持政党を持たない無党派層も多いインドネシアの有権者だが、世界第四位の人口約2億6000千万人の約88%がイスラム教徒であるという世界最大のイスラム人口を擁する国だけに、大統領選挙の行方にもイスラム教徒の投票行動が大きく影響してくる。その際にNUやムハマディア、MUIなどの全国的イスラム組織の支持取り付けが勝敗決め手になる可能性は高い。

今後10月の正副大統領候補者の届け出締め切りを念頭にして、ますます副大統領候補の選択が激化することは間違いなく、インドネシアから目が離せない状況が続くことになる。

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トップ写真:アルジュナ寺院群で挨拶する中央ジャワ州知事ガンジャル・プラノウォ(2022年9月3日、インドネシア・バンジャルネガラ)出典:Photo by Robertus Pudyanto/Getty Images




この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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