インドネシア大統領選、年齢制限見直しの動き 背景に政治的思惑
大塚智彦(フリージャーナリスト)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」
【まとめ】
・インドネシア大統領選で、正副大統領立候補者の年齢制限変更の動き。
・40歳以上の年齢制限を35歳以上と5歳も若返らせるというもの。
・ジョコ大統領、35歳の長男を副大統領候補にしたいとの思惑か。
2024年2月に行われるインドネシアの大統領選に向けて立候補予定者を巡る各政党間の合従連衡が活発になる中、不思議な動きが今インドネシアで起きている。それは正副大統領立候補者の年齢制限を変更しようというもので、これまでの過去の大統領選では議論されてこなかった問題が急浮上しているのだ。
具体的には現在正副大統領に立候補するための年齢制限は40歳以上だが、これを35歳以上と5歳も若返らせるというもので、複数の政党が提案し、現在その変更案が果たして妥当なものかどうかが憲法裁判所で審理されているのだ。
複数の政党によるこの提案に表立って異論を唱える声が国会で出てこなかった背景には、ある特定の人物に大統領選立候補への道を開きたいという半ばコンセンサスのような暗黙の了解があったためといわれている。
その人物を副大統領候補として擁立したいという有力な大統領立候補予定者らの思惑が背景にあり、11月25日に締め切られる正副大統領立候補者の届け出締め切りに向けて今後虚々実々の駆け引きが表面化することは不可避で、大統領選はますますヒートアップしようとしている。
★年齢制限変更は大統領の長男のためか
その渦中の人物はギブラン・ラカブミン・ラカ氏で、現在中部ジャワ州ソロ(スラカルタ)の市長を務めている。そしてギブラン氏は現職のジョコ・ウィドド大統領の長男でもあり、現在の年齢が35歳なのだ。
憲法の3選禁止で次期大統領選に立候補できないジョコ・ウィドド大統領は大統領退任後に関しては故郷ソロに戻って家族と一緒に悠々自適の生活送りたいとこれまでも度々表明してきたが、憲法を改正して3選を可能にしようという動きがかつて出たほど国民の支持と信頼は高く、大統領自身は引退後もなんらかの影響力を政界に残したいとの野心を抱くに至ったといわれている。
このため自身の「後継者」として長男ギブラン市長を次期大統領選でいずれかの大統領候補者とペアを組む副大統領候補としたい、と考え始めたというのだ。
その大統領の意向を汲んだ複数の政党が「年齢制限引き下げ」を提案したという経緯が今回の背景にあるのだ。
ギブラン市長はジョコ・ウィドド大統領の後ろ盾である最大与党「闘争民主党(PDIP)」所属で党首のメガワティ・スカルノプトリ元大統領の覚えもめでたい将来有望な政治家とみなされている。
ジョコ・ウィドド大統領は自身がソロ市長からジャカルタ特別州知事を経て大統領に就任した経歴があり、同じソロ市長の職にあるギブラン市長に大きな期待を寄せているのは間違いない。
表向きは「年齢制限引き下げは憲法裁が判断することである」と冷静を装っているジョコ・ウィドド大統領だが、大統領とメガワティPDIP党首という「二大権力」への各政党や政治家の忖度が働いているとされている。
★有力な大統領候補の副大統領候補人選
現在有力な大統領候補と目されているのはプラボウォ・スビアント国防相、ガンジャル・プラノウォ中部ジャワ州知事、アニス・バスウェダン前ジャカルタ特別州知事の3人である。
これまで各種世論調査常にトップを走って来たガンジャル州知事だが、最近はプラボウォ国防相に先を越され2番手に甘んじることが増えてきている。
背景に1998年に崩壊したスハルト大統領の長期独裁政権で陸軍の特殊部隊司令官、戦略予備軍司令官と軍の要職を歴任し、スハルト大統領の女婿(現在は離婚)だったという「家柄のよい強い指導者」への国民の回帰願望やガンジャル知事を後押しするPDIPの独善性への反発などがあると分析されている。
政党の枠組みを考えるとギブラン市長はガンジャル州知事の副大統領候補としてPDIP同士でペアを組むのが順当だが、ギブラン市長の実父であるジョコ・ウィドド大統領の高い人気と支持を取り込んで支持基盤拡大を目論むプラボウォ国防相がギブラン市長を擁立する可能性も取り沙汰されるようになり、正副大統領のペアリングは複雑な様相を呈する状況になっているのだ。
★大統領の「裏切り」を指摘する声も
ここへ来てジョコ・ウィドド大統領がプラボウォ国防相に急接近しているとの情報が飛び交っている。
PDIの要職にある訳でもないジョコ・ウィドド大統領に対してあれやこれやと注文を付けて「支配」しようとするメガワティ党首に内心反発や苛立ちを抱いていたとされるジョコ・ウィドド大統領。
彼が引退後に影響力を残し、かつ長男を副大統領として送り込むことに前向きになり、人口が集中しているジャワ島での知名度がある
ガンジャル知事よりも全国的な知名度を誇り、前回の大統領選(2019年)でジョコ・ウィドド大統領に惜敗した「実績」があるプラボウォ国防相に肩入れすることの損得勘定が「裏切り」に作用しているとの見方が有力だ。
大統領選の年齢制限引き下げという降って沸いたような「変化球」に対して民主活動家などから反対の声が出ているものの、大きな流れに変化はなく、憲法裁がどのような判断を下すかに国民の注目が集まっている。
トップ写真:豪州を訪問したジョコ大統領 アンソニー・アルバニーズ首相と。 2023年7月4日、オーストラリア・シドニー タロンガ動物園
出典:Photo by Robert Wallace – Pool/Getty Images
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この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。